【6巻発売記念SS】奥さんには内緒の話(前)
旧Twitterアンケートで今回のSSの内容を募ったのですが、他の追随を許さぬ圧倒的支持……
というわけで、みんな大好きルーファス祭り!٩( 'ω' )وわっしょい!!
いろんなルーファスを詰め込んでいます。今日明日お楽しみください。
二人の新婚時代のとある夜の話です。
国依頼の測量から二週間ぶりに帰ってきたピアは、夕食の間楽しそうに旅の様子や調査の苦労を語るーー疲れをごまかしながら。
「それで、マイクがイノシシが出たから、馬車の外に出ないようにって言って、犬たちだけ馬車から下ろして……イノシシってキバがあるから心配していたら、30分ほどで無事駆除しましたって。みんな無事でよかったあ」
「……イノシシくらいなら、マイクやダガーたちにとって、敵ではないよ。安心していい」
「マイクもそう言ってました。でもそれが何回も続くから『今夜、イノシシ鍋にしたら?』って言ったらマイクが変な顔をして……ひょっとして、この世界……じゃなかった、アージュベールではイノシシ食べる習慣ってなかったですっけ? 外国の本で読んだのかな?」
「いや、イノシシは食べるけど、今回は先を急いでただろう? また今度ね」
「はい! そうそう、現場検証中に二度も崖崩れがあって、お手伝いのギルドの方が上から落ちてきた岩に当たったんです。大怪我を負って、その日にうちに王都に搬送されて……大丈夫かしら。お見舞いに行きたいのですが」
「わかってる。彼は既に治療は済んでるよ。医療院で手厚い看護を受けているから安心して」
「よかった。とっても大きな岩で、一歩間違えば私のほうに転がってきたと思うのです。でも、私の調査では、崖崩れの心配のないところだったのに……私の判断ミスです。申し訳ない……。あーあ、自信無くすなあ……」
「一歩間違えば……か」
「ルーファス様、私、スタン侯爵家の役に、少しは立ちましたでしょう……か?」
恐る恐るといった風に聞いてくるピアの姿に、胸がつまる。
「……もちろん。ありがとう、ピア」
共に早めにベッドに入ると、ピアは数分でスウスウと寝息を立てた。
「二週間の調査はピアには体力的にきつい……また痩せてる」
抱きしめた体の細さに心配になる。
ピアには楽しく思いどおりに生きてほしいけれど、体を壊しそうなら別だ。
「ピア、体重が戻るまで当面、遠方の測量は延期だ……それが誰の命令であれ、ね」
隙間なく寄り添い、黒髪をすきながら、一時間。
ピアが完全に夢の中に入ったのを確認し、頰にキスをしてそっとベッドを離れる。椅子にかけたガウンを羽織り、寝室を出る。
書斎に入ればマイク、領地から駆けつけたトーマ。サッと立ち上がり私に頭を下げる。
「今回の状況、時系列に説明して」
思ったよりも低い声が出た。
◇◇◇
陛下が王命をピアに下したのが、そもそもの発端だ。
国の東南の山間地で、大規模な崖崩れが発生した。そこは山あいではあるが、川沿いの紅葉が見事な場所で、宿場町ができており、そこそこの人数の住民が住んでいる。避難生活をしている彼らのために、早急に復旧までの道筋をはかりたいということで、今後の災害予測のために、ピアが呼ばれた。
事態の緊急性も重大性もわかる。
問題は、陛下……つまり国が、ピアが未だ危険と隣り合わせの存在であるという認識がなかったことと、私が不在中に、直接ピアに使者を送ったことだ。
真面目なピアが、緊急の陛下の命令に従わないわけがない。
ピアは私に伝言を残し、その時揃えられる人数で、現場に向かってしまった。
「襲撃は行きに2回、調査地で3回、帰りに1回の計6回です。うち、行きの二度目と調査地の最終日が十人規模でした」
「……ピアに近づける前に、悟られる前に始末するようにと常日頃言ってるけど?」
青ざめ、うなだれるマイクに変わってトーマが一歩前に出る。
スタン侯爵家使用人トップーー影も含むーーであるトーマは今回の失態の責任を取り、警備体制の見直しをするために領地から馬を飛ばしてやってきた。
「申し訳ありませんでした。ピア様が単独で遠方に動く可能性は正直全く想定しておりませんでした。ルーファス様が不在であれば、せめて侯爵家でワンクッション入ると……。王都配置の影も、外遊中の閣下と、隣国との急な会議に閣下の代理で出向くことになったルーファス様に人数が割かれ、領地からの応援も間に合いませんでした」
ピアのここぞの行動力を舐めてはいけない。
「私より、ピアを守れと命じている」
「いえ、どちらも、完璧に守らねばならぬのです。重ね重ね、深くお詫びいたします」
深々と頭を下げて、微動だにしない二人に、ため息をつく。
「顔を上げろ。で、敵は?」
「6件中5件は外国人でした。ピア様を誘拐し、その知識を欲したものと」
「まさか、スタンの国境から入国を許したんではないだろうな?」
右の眉を上げて尋ねる。
「それだけはありえません。スタン領の国境は24時間体制で見張り、全て見つけて始末しています。尋問によると、D国とF国です。南から入ったと言ってます」
「ふーん、ずいぶん遠くから来たな」
「ピア様の業績が彼の国にまで届いたというところでしょう」
「調査地までたどり着き、崖崩れを起こさせたとは、なかなか優秀だな。現場を混乱させ、ピアに怪我を負わせ、意識のない状態で連れ出そうとしていたのか?」
「おそらく」
「ピアの身代わりになった影には十分な治療をするように。元気になったら恩賞を出す」
崖崩れで怪我をしたギルド員はもちろん影の一人だ。落石からピアを庇った結果、全治三ヶ月の大怪我。これがなんの備えもないピアであれば、怪我では済まなかった。
「犯人は情報を引き出すだけ引き出して消せ。所詮この国に入国記録がないのなら、いないのと同じだ。……うん、その二国との貿易は一旦停止するとしよう」
陛下に文句など言わせない。言いもしないだろうが。
他国にやってきて、その国の高位貴族を傷害誘拐未遂だ。立派な国際問題。強い態度で望まねばつけ上がらせる。
「それで、崖上で岩を崩した残りの一件は、オークス伯爵家だって?」
驚くべきことに、オークス伯爵家は今回の調査地の領主だ。
「動機はなんと言ってる?」
よそ者に……たとえ陛下の指図であれ……自分の土地の地形を暴かれるのを嫌ったか? 短絡的すぎる。災害を防ぐには多少のリスクは必要だというのに。
「……スタン侯爵家との縁を強固に繋ぎたかった、と」
「……は?」
マイクの返事の意味がわからず、考え込むと、トーマが言葉を添えた。
「はっきり申し上げます。オークス伯爵家にはルーファス様の一つ下の令嬢がおり、かつてルーファス様の婚約者を決めるにあたり、ピア様と並んで候補に上がっていたそうです」
「……そうなのか?」
オークス伯爵家は我が派閥、考えられないこともない。だが、さすがに八歳当時の私が選んだわけではない。
「閣下は覚えていないと。釣書くらいは集めたかもしれないが、早い段階でピア様にしぼり、ルーファス様も異を唱えなかったため、二番手も三番手もない、と」
スタン侯爵家は選んだものは確実に手に入れる。つまり二番手以降など不要なのだ。
人差し指で、ソファーのアームをトントンと叩きながら、整理する。
「つまり、崖崩れで運悪くピアが死ねば、自分の順番が回ってくると思ったと? 派閥の一員なだけでなく、縁故になれば、スタンの幹部になれると欲を出した?」
マイクは気まずそうに頷いた。
あの、たぬきに似たオークス伯爵は、私の義父になりたかったのか。思わずクスクス笑いが起こる。
「あーおかしい」
『ルーファス様、美味しい大根が取れましたよ! 召し上がっていかれませんか?』
泥を顔につけ朗らかに笑う、先日の義父の様子が脳裏に浮かぶ。農民が少しでも豊かになるように収穫量を上げるべく、全身全霊で野菜を品種改良する、敬愛してやまないピアの父上。あのお方以外をお義父上と呼べと? ありえない。思わずギリッと歯を鳴らす。
「ルーファス様、お怒りはごもっともですが、覇気を抑えられませ」
トーマに言われて、ふうと息を吐き、マイクに続きを促した。
「オークス伯爵令嬢は、いまだ婚約者もいない状況です」
親が愚かなツケを子が被っている。哀れなことだ。
「どこにいる?」
「はい。国内の……それもスタン派の貴族ということで、消さずに隣に入れております」
我が屋敷の隣家は、ピアはただの中年の商人夫妻の家と思っているが、実はうちの詰め所だ。
「行こう」
弱気MAX6巻、本日発売です!
皆様の夏休みに、ぜひピアとルーファスをご一緒させてください╰(*´︶`*)╯♡




