【小説⑤コミックス③同時発売記念SS】ピアのアカデミー慰労会(前)
二人が結婚して一年目のアカデミー学期末の話になっています。
クッキー被害者は皆、ほぼ日常生活に戻っています。
いろんな事件盛りだくさんだった新婚一年目だったが、ようやくあれこれ片付いて、学期末となった。
「ピアちゃんや〜」
いつになく上機嫌で、我が上司、ラグナ学長が私の研究室にやってきた。
「学長いらっしゃいませ、いかがされましたか?」
私が勧める前にソファーに向かう学長に、話が長くなりそうだとお茶を淹れた。わきに控えるマイクが手際よくシュガーポットの砂糖を注ぎ足している。
よっこいしょとソファーに座り、足を組んだ学長はいつになくご機嫌だ。
「ここ数年、ゴタゴタしておったから開催できんかったが、殿下はじめ毒に苦しんだ者たちの体調もほぼ快復したし、今年は久々にやろうと思っておる!」
「えーっと何を?」
「決まっとる。年度締めの慰労会、打ち上げじゃよ!」
「打ち上げ?」
慰労会、打ち上げとは……皆で派手にどんちゃん騒ぎする、アレだろうか?
「ああ、ピアちゃんは初めてか。これまで学生の身分も持つピアちゃんを誘うわけにはいかんかったからな。これは純粋に研究者や講師陣のお楽しみじゃから」
「なるほど。私が完全に学生から切れたから、資格が生まれたんですね」
「うむ。日時は月末の休み前、会場は王都東山の中腹の『ローズガーデン』じゃ。もちろん貸切!」
「「『ローズガーデン!!』」」
私とマイク、二人揃って声がうわずってしまった。『ローズガーデン』とはその名のとおり、なぜか年中バラが咲き誇っているという噂の高級料亭だ。
高位貴族高級官僚の密談や接待が日々行われ、この国のみならず海外の王族もお忍びでやってくるという噂の……もちろん一見さんお断りだ。
「そ、そんなとこに私なんぞが足を踏み入れてもいいのでしょうか?」
「当たり前じゃ。我がアカデミーの正規研究員のくせに何を言っておる」
「お、お待ちください。ピア様の宴席への参加は、主に一言相談の上返事させてください」
マイクが急いで口を挟む。
「おう……そうじゃった。ピアちゃんにはおっそろしい夫がついておったな。ほっほっ」
「お、夫!」
慣れない言葉に、顔に血が集まる。
「夫でしょうに」
マイクが呆れたように呟いた。
◇◇◇
「『ローズガーデン』で慰労会? ふーん」
ルーファス様は私の話を聞きながら、興味なさそうに自分のネクタイを引き抜いた。
「はっ! そういえば、会費を聞くのを忘れておりました。天下の『ローズガーデン』……あまりにお高いなら、欠席したほうがいいですよね」
「ピア、値段は問題じゃない。全くね。ピアも私もあの店の一番上のフルコースを食べられるくらいは稼いでいるから」
「えっと、ではどういう問題が?」
「……いや、行ってきていいよ。ローズガーデンならおかしな食べ物を提供することはないだろう。今後のことを思えば他の先生方との付き合いも必須だしね。楽しんでおいで。ああでも、念のために影はつけるよ。でも雰囲気を壊すような真似はしないから安心して。マイク、ローズガーデンの支配人に、私の妻が参加するから、ウエイターの制服を二着準備するようにと伝えておいてくれ。くれぐれもよろしく、と」
「つ、妻!」
慣れない呼ばれ方に、今度は全身から顔に血が集まってきた。
「妻でしょうに」
マイクがはあっとため息をついた。
◇◇◇
ソワソワしながら研究室での一日を終え、いよいよ慰労会の夜だ。
人見知りでチキンの私に、単独で『ローズガーデン』に乗り込むことができるはずもなく、学長に同伴させてもらうことにした。
「ピアちゃん、ずいぶんと地味な格好で来たのう」
私は今日は、深いグリーンのベルベット地の落ち着いたワンピースだ。アカデミーの研究者はやはり貴族が多めではあるが、少なからず平民もいる。ドレスのようないかにも貴族然とした服は避けたいとルーファス様に相談すると、このハイネックでロングのワンピースを勧めてくれた。
『私もピアは全く目立つ必要はないと思っている。まだまだ肌寒いから暖かめのこれを着て、隅っこで美味しいものを食べてきたらいいよ。ローズガーデンは魚の香草蒸しが絶品だよ』
もちろんルーファス様はローズガーデン顔パスらしい。そしてその絶品のお魚料理を美味しく食べられるようにか? ルーファス様お見立てのこのワンピースは体のラインが全くわからない……つまりお腹まわりがゆったりAラインしつらえだ。
「袖なしのドレスでも大丈夫な完璧な空調とわかっていように……ピアちゃんをどうにも隠したいようじゃのルーファスは。ワシのところに来た返信の『楽しませてやってください』っていうのは脅しじゃろうなあ」
「え? ルーファス様は気持ちよく送り出してくれましたけど? それはさておき学長は……今日は気合いが違いますね」
かたや、学長はいつもの黒いローブを脱ぎ捨てて、黒いタキシードに赤いツヤのある蝶ネクタイ姿だ。お年寄りがオシャレした姿は……ちょっとかわいい。
「カッコいいじゃろ? どうしても負けられない戦いがあるんじゃ」
「ええ。学長とっても素敵です。でも負けられない戦いって……?」
「ああ、ピアちゃんには関係ない。ピアちゃんは、ご馳走をたーんと食べときなさい。わしのオススメは魚のテリーヌじゃ」
魚料理にハズレがなし! のようだ。
王都の灯りを見下ろす高台に、そのお店はあった。
「着いた。ピアちゃん、わしの格好、大丈夫かの? 髪が絡まってたりしとらんか?」
「いえ、髪もお髭もバッチリチャーミングです」
馬車が止まり外から扉が開くと、学長がよいしょと言いながら先に降りて、私に手を差し出してくれた。私はそのエスコートをありがたく受けて、ステップを降りた。
『ローズガーデン』ーーどれだけ煌びやかな建物かとワクワクしていたけれど、ひっそりとした外観だった。しかし玄関はいかにも重厚な、彫刻が施された一枚板だった。
「わが国の至宝であらせられるラグナ・ケリーアカデミー学長、本日は当店にお越しいただき恐悦至極に存じます」
学長の肘に手をかけて、キョロキョロと周囲を見ていたら、いつのまにか正面にビシッと髪を上げ、隙のない装いの中年男性がいて、深々と頭を下げていた。
「アルベルト、わざわざ出迎えありがとう。今日は楽しませてもらうよ。あースタン博士、彼はこの店の店主、アルベルトじゃ」
この方がルーファス様のおっしゃっていた支配人らしい。
「はじめまして。アージュベール王立アカデミー所属のピア・スタンと申します。よろしくお願いします」
そう言って略式の礼をすると、支配人が慌てた声を上げた。
「あ、頭をお上げくださいっ! スタン夫人に頭を下げさせたなど知れれば、この王都で商売などできませんっ。宰相閣下、宰相補佐様には日頃より大変……お世話に。何卒今夜はお寛ぎくださいますよう、何卒何卒……」
「あ……どうぞそちらこそお気楽に……」
ルーファス様、彼にどういうプレッシャーを与えているのだろうか?
「寒い! ピアちゃん、早く中に入ろう!」
そう言ってブルッと震えるおじいちゃん学長。私は慌てて学長の背に手をまわし、ともに室内に入った。
本日、小説5巻発売されました!
今日より三日間、MAX祭りをお楽しみください。わっしょい٩(^‿^)۶




