【コミックス②発売記念SS】激務の合間に……(後)
今日まで祭り〜わっしょ〜い٩(^‿^)۶
「次は私ですね……わ、『得意の歌を一曲歌う』が来ちゃった! これはルーファス様に引いてもらおうと思ってたのに……」
「残念でした。そう言えば、先日、父に歌って寝かしつけてくれたんだって? ありがとう。その曲でいいよ?」
ルーファス様が爽やかな笑みで、私に早く早くと促す。
「ええっ、なんで知ってるのですか!? もう……」
もちろん私に音楽の才能なんてない。人前で歌うなんて恥ずかしくて死んでしまう。なぜこんなことを書いたのか……私のバカ……。
私はせめてとドアそばをチラリと見て。
「お、お願い、マイク、サラ、一旦席外して……」
「嫌です」
「マイク〜ぅ!」
マイクはキッパリハッキリ断った。マイク兄さんは、このようにたまーに意地悪だ。まあ、ここが意地悪を言えるくらい安全な場所だということなのだけれど。研究室のマイクはいつもピリピリと神経を張り巡らせて、私を守ってくれているもの。
マイクはすぐに目尻を下げ、穏やかな笑顔に変わった。
「冗談ですよ。ルーファス様、ピア様の一曲分、持ち場を離れてよろしいですか?」
「いいよ。サラ、マイクと一緒に庭に出て、ついでにバラを摘んできてくれる? ロックウェルのお義母上へお土産に持って帰ってほしい」
「それは奥様が喜ばれます! 最近ロックウェル邸は、ナスやらオクラやら野菜のお花しか咲かない……と嘆いてらしたので」
「サラ、ロックウェルの庭事情をバラさないで!」
私がくわっと牙を剥くのを誰も気にも止めず、
「ではサラ、どうぞ」
マイクがサラをエスコートして、二人はいそいそと部屋から去った。
私は大きく深呼吸し、覚悟を決めて、真っ赤になりながら短い童謡を歌いあげた。だんだん声が小さくなったのは許してほしい。だってお義父様と違ってルーファス様は起きているんだもの……。
「……本当に子守唄だった! 女性の好みそうな恋歌を歌うと思ったのに」
「だから、流行りには疎いんですって。こんなに歌う機会があるのなら、今度コンサートにエリンに連れて行ってもらって、新しい歌仕入れなきゃ……」
「コンサートや歌劇……ね……」
ルーファス様が何やら考えているけれど、私は自分を落ち着かせるためにお茶をゴクリと飲んで、手でパタパタと顔に向けて仰ぎ、気持ちを切り替える。
「はい、次はルーファス様ですよ」
「うん……『片脚で立って100数えろ』。命令に全く一貫性がないな。……はい終わり」
「早っ! さあ、次々行きましょう! えっと……『寝る時は堅い枕とふわふわの枕、どちらが好きか?』これも、プレゼントのためにルーファス様に答えてほしいやつだったのに」
「ピア、私に枕をプレゼントしてくれる予定だったの?」
「はい、人生の半分は睡眠中なんですよ! 良質な睡眠こそがルーファス様の健康維持につながるのです!」
私は前世のTVショッピングのキャッチコピーのようなセリフをよどみなく言った。
「私はふわっふわの枕に頭を沈み込ませて寝るのが好きです。せっかくだから、ルーファス様のお好みも教えてください」
「ピアが抱き枕になってくれたら、よく眠れると思うね」
「ふおっ!」
誰よこんな意味深に取られる質問を書いたやつは! 私だよ!
そういえば、枕と言えば、ラッキー問題? を仕込んでいたんだけど、この流れだと……。
「私の番だね。次はここで……『相手を膝枕してあげる』ん?」
「あー! それも私が引くはずだったのです。ことごとく裏目裏目〜!」
「ピア、私に膝枕してくれるつもりだったのか?」
あまりのルーファス様の驚きぶりに、なんだか気まずくなる。もっと軽い行為に考えていたのだけど。
「えっと……まあ、はい。このくじを作っているときに、兄が覗きに来まして、本当にルーファス様をリラックスさせたいなら、この項目は入れとけと強く推してきて……私の膝枕なんて、ちっとも心地よくないと思いますが……」
「……素晴らしい。義兄上の研究費用は今後全て私が持つと伝えてくれ」
「はい? えっとでも、ルーファス様が引いたので、結局私の膝枕は無しです」
私はちょっと助かった! と思いながら、神妙な顔で頷いた。すると、ルーファス様も頷き返した。
「そうか。次回のお楽しみだね。じゃあ、ピア、私の膝に頭を乗せて。さあどうぞ」
「えっ、ルーファス様に膝枕……ですか?」
「だって、そういうゲームだろう? 私は絶対に負けたくない。ほら、おいで!」
まあ、そういうゲームなのだから……しょうがない……のか?
「で、では、失礼して……ヨイショ……」
私はソファーの座面に両足を揃えて乗せて、そろそろと体を倒した。
ルーファス様が背中を支え調整してくれて、私の頭はルーファス様の膝に収まった。
「ええとルーファス様、私の頭、重くないですか?」
「全く。ピアこそ私の膝の寝心地はどう?」
「えっと……」
「忌憚のないご意見をどうぞ?」
「ルーファス様の膝枕、硬いです」
私の後頭部に、カッチカチの大腿四頭筋が当たる。羨ましい。私も鍛えよう。
ルーファス様は体を揺らして笑った。
「そりゃそうだろう。ピアはふわっふわが好みだものね。でも今日は我慢して。あーもう、ピアと一緒なら一瞬一瞬が楽しい。じゃあ、寝心地がいいようにクッションを挟もうか?」
ルーファス様が左手で背もたれ用のクッションを取り、私の背中をそっと浮かせて彼の脚との間に押し込んだ。
「これで、どう?」
「わ……」
どう? どうって……近い近い近い!!!
私を見下ろすルーファス様の麗しいお顔が、とんでもなく近い! 今、私の視界はルーファス様が全てだ。
「ふ、ふわっふわですが……落ち着きません」
「どうして? 膝枕って命令を書いたのはピアだろう?」
そうです私ですっ! お兄様め〜!!
ルーファス様が、私の髪を指先に巻きクルクルと遊びながら、ますます私の瞳を覗き込む。鼻と鼻が当たる!
大好きな人の呼吸を、体温を、意識してしまう。
「もう……ルーファス様……わかってるくせに……恥ずかしいの……」
私が涙目で訴えると、ルーファス様のグリーンの瞳が濃くなった。
「真っ赤になってる……ピア、どうしようもないほどかわいい」
ルーファス様の両腕が私の顔を取り囲み、右手のひらで私の前髪を上げ、覆いかぶさるように額にチュッとキスをされた。鼓動が一気に早くなり、もうのぼせそうだ。
でも……やっぱり嬉しい……。
そしてそのまま頭を押さえ込まれ胸に抱き寄せられた。
「はあ……卒業まであと二年……私は我慢できるのか……?」
何やら思案をはじめたルーファス様の腕がゆるまず、だんだん息苦しくなってきたので、私はキスの衝撃から慌てて立ち直り彼の腕をトントンと叩く。
「……る、ル、ルーファスさまっ、マイクとサラが戻って参ります。もう、膝枕終了です! 次は私のくじの番です!」
「はいはい」
私はなんとかルーファス様の脚の上から脱出し、あみだくじに戻った。再び隣あって座ったものの、ルーファス様は腕を私の肩に回してぐいっと引き寄せ、私の頭に顔を乗せて、私の手元を覗き込んでいる。この適当なあみだくじにそこまで乗り気になってもらって……何よりです。
「ええと、『尊敬する人は誰ですか?』」
「ラルフ義兄上だね」
「うそぅ!?」
訝しげにルーファス様の表情を窺うと、案外真剣だった。
「じゃあ私の番だ。『相手の肩を揉んであげる』か。ふーん」
「ええっ!? それも私がしてあげようと思ってたのにっ! ………ルーファス様? ……ひゃんっ!くすぐったい! でも気持ちいい〜なんでマッサージまで上手なの〜!」
ルーファス様が私の髪を胸の方に流し、両手で線対称に、私の首すじから肩をリズミカルに揉み解す。
「ピアは同じ姿勢でずっと研究してるからね。肩ガチガチだ。よいしょ!」
ルーファス様の親指が、的確に肩甲骨と背骨のあいだのツボをとらえる。
「そ、そこ、そこです! 今日は私がルーファス様の疲れを取る予定だったのに、結局私が癒されてる〜! なんだかごめんなさーい」
私はゴッドハンド相手にもはやなすすべがなく、とろけそうだ。
すると、私の両肩にあったルーファス様の手が、私の体の前で交差して私を引き寄せ、背中を包んだ。右耳にダイレクトにルーファス様の声が響く。
「癒されてるよ。こんなにもピアが私のことを思ってくれていると実感できて……うん、私もすっかり疲れが取れた。ありがとうピア」
私の辣腕婚約者様リラックス計画は空回りしっぱなしだったのに、優しくフォローしてくれるルーファス様。
いつか本当に、ルーファス様のお役に立てるお手伝いができればいいのだけれど……。
◇◇◇
帰宅時、車中でサラに、私とルーファス様の様子は庭から丸見えだったと呆れた表情で聞かされて、私のライフはゼロになった。
次の休み、ルーファス様が自作のあみだくじを作ってにこやかに待ち構え、私は今日以上に羞恥に悶え死ぬことを、このときの私はまだ知らない……。
改めまして、弱気MAX、ピアルーファス大好き!と言ってくださる読者の皆様、
本当にありがとうございます。応援を励みに頑張ります!
今後とも、コミックス、書籍、Web、全て、どうぞ宜しくお願いしますm(_ _)m
小田ヒロ




