【コミックス②発売記念SS】激務の合間に……(前)
お久しぶりです。
コミックス②巻の時間に合わせて、アカデミー入学後、ルーファス父の病気のあとの初夏が舞台になります。
「はあ……」
「いかがされました? ピア様」
私が就寝前に明日の準備をしながら、ついため息をつくと、すかさずサラが気にかけてくれた。
「ルーファス様ね、お義父様のお手伝いで、最近アカデミーにいらっしゃらないの」
「それで、ピア様は寂しい、と?」
サラが私の白衣を洗濯済みのものと取り替えながら、微笑ましそうに口の端を上げる。
「もちろん会えないのは寂しいけど、それ以上に心配よ。学業に仕事、いくら時間があっても足りないくらい忙しいはずよ」
それも私の研究と違い、ルーファス様のお仕事は国の根幹を支えるものなのだ。プレッシャーが違う。
「プレッシャー……ルーファス様ならば大丈夫では?」
「サラ……ルーファス様はルーファス様だけど、16歳なのよ?」
どれだけ賢く大人びていても、16歳は16歳だ。
「ピア様は、ルーファス様のそのお忙しさを、肩代わりしてあげたいと?」
「肩代わりなんて、素人の私にできっこないよ……。でも、お手伝いとはいかないまでも、せめてリラックスできる時間を作ってさしあげたい……何か、簡単にホッと息抜きできることってないかなあ?」
サラは人差し指を顎に当てて考えてくれた。
「そうですねえ。では差し入れなんてどうでしょう? 庶民はよく、恋人に手作りのお弁当やお菓子を差し入れ……はっ! ピア様、申し訳ありませんっ! 悪気はありませんよっ!」
ジト目で睨みつける私に、サラは慌てて謝った。
私はとにかく料理が苦手だ。そもそも食材にたどり着く前に、オーブンが爆発したり、買ってきた卵から次々とひよこが産まれて厨房中大惨事になったり……もはや呪いレベル。
母と料理長から厨房への出禁をくらっている。
「でも、差し入れっていうアイデアはちょっといいよね」
しかし、市販品で、スタン侯爵家のシェフの料理よりも美味しいものなどあるわけがない。
「食べ物でなくてもいいのでは?」
サラが戸締まりを確認しながら提案した。
「逆に聞くけど、食べ物じゃない差し入れって何?」
「……んもう! 正直なところ、ピア様の差し入れならば、なんだってルーファス様はお喜びになりますって! メモ用紙にファイト! と書くだけでもよろしいですよ、きっと」
「サラぁ、そんな投げやりな……」
いよいよめんどくさそうにするサラに向かって口を尖らせながら考える。
「でも手書きのメモか……自作で……なるほど……」
◇◇◇
その週末、スタン邸に招待された。
「ルーファス様、お久しぶりです。お義父様のお加減はいかがですか? お義母様もご在宅ですか?」
ルーファス様の自室に招かれ頭を下げれば、待ち構えていた彼に手を取られ、いつものように、ソファーに隣あって座る。
既に温かなティーセットが傍に準備されており、付き添いのサラがもはやスタン家の使用人のごとく手慣れた様子でカップに注ぎ、私たちの前に出してくれた。
「はあ……ほんと久しぶりだね。二週間ぶりだっけ。会いたかったよ。父の……風邪も回復して、一昨日から母と外遊中だ。だから、執務室がストップして時間ができた」
「それは……微妙ですね」
つまりお義父様が外遊から戻られて、執務室が動き出したら、溜められた仕事でますます激務になるということだ。
「まあ、今心配してもしょうがない。それよりも本当に今日はスタン侯爵邸でよかったの? どこかに出かけてもよかったのに」
外出すれば、ルーファス様の周りには人が集まる。リラックスできるはずがない。ルーファス様が本当に気を抜いて……今のようにシャツにパンツ姿でくつろいで過ごせるのは、このお屋敷以外ないのだ。
「今、メガネをクリス先生に調整に出しているのです。日中どんどん気温も上がり暑くなりそうですし、今日はこのお屋敷でのんびり遊びましょう!」
「遊ぶの?」
ルーファス様が目を見開いた。
「はい!」
「ふふ、私を遊びに誘うのなんてピアくらいだよ。で、何をする? スローン?」
ルーファス様は面白そうにくすくす笑うと身を乗り出した。
スローンとは、玉座を取り合うゲームで前世でいうところのチェスだ。
「そんな100%私に勝ち目のない遊び、私がもちかけるわけがないでしょう?」
「へーえ、ピアにも勝ち目のある遊びなんだ」
「全ては運次第の遊びです」
私は手提げから普段レポートを書くのに利用する紙を取り出した。私の手書きの線や文字がごちゃごちゃと書かれている。
「これは?」
「あみだくじです」
「あみだくじ?」
私があみだくじについて説明をすると、ルーファス様は興味深そうに聞いてくれた。
「ふーん。同じ場所にゴールすることはないんだ。面白いね」
「はい。で、私がこの折り曲げたゴールの部分に質問や命令が書いてあります。引いた人は必ずそれを実行する、というお遊びです。交互に引いて、実行できなかったほうが負け。題して『あみだくじゲーム』。いかがですか?」
「例えば、どんな命令が書いてあるの?」
「私もくじを引くのですから、不可能なことは書いてません。そもそも……チキンの私が、大それたこと、書いてるわけないでしょう?」
とにかく肩の凝らない遊びを……と思って考えたこの遊び、深く考えず、のんびりとした時間が過ごせればそれでいいのだ。
「言えてる。いいよ。でもたとえ遊びでも、私は勝負ごとは全力でいくからね」
「え〜、あくまで遊びですって。では、不正がないように、ルーファス様、横線を数本書き足してください」
「うん」
ルーファス様は言われるままに、二本付け足した。
「では、言い出しっぺの私から!」
私は左から二番目の線の先に「ピア」と書いて、ジグザグとあみだの階段を下っていく。その様子をルーファス様も顔を寄せて見守る。
たどり着いた右端の折りたたまれた部分捲ると、
「『好きな動物は?』という質問でした。答えはダガーとブラッドです!」
「そこは『犬』じゃないの? ダガーとブラッド限定?」
「……限定です。私は臆病なので、やはり初めて会う犬は怖いです。でも、ダガーとブラッドはじめ、スタン家の犬たちは、お利口さんばかりでしょう? 辛抱強いし私に噛み付いたりしないとわかってるから、安心して抱っこできます」
「そうか……今後新しい犬をピアにつけるときは、最初に嫌な思いをさせないように気をつけるよ。……となると、あいつらの子犬が間違いないか……そろそろ訓練に移るよう指示しよう。なるほど、では次は私だね」
ルーファス様はど真ん中の線を選ぶと、さらりとRと書いてそのまま線をたどり、紙をめくった。
「『嫌いな食べ物は?』だって」
「ルーファス様、嫌いな食べ物なんてありますか?」
いつもお食事は綺麗な所作で、残さず召し上がるけれど。
「うーん……しいていえば、匂いの強いキノコかな」
「まあ、知りませんでした」
「誰にも言ったことないよ。でもこのゲームは互いのこれまで見落としていた一面を知ることができていいね」
ルーファス様がバカにせず付き合ってくれる。よかった。
本日コミックス二巻、発売されました╰(*´︶`*)╯
皆様是非二巻のピアも、ご自宅に連れて帰ってください!




