【コミックス①発売記念SS】ピアとルーファスの夏祭り(後)
この世界にあるとも知らなかった、打ち上げ花火を見上げて言葉を失う。
大声で誰かの名前が叫ばれたあと、一発ずつ、丁寧に、夜空に黄色や赤の花が咲いていく。
「スタン領の地方の風習でね。この一年、亡くなった領民の数だけ打ち上げるんだ」
「死者を弔い、偲ぶ花火ということですね……」
前世、お盆にそういう風習がある地域の存在を聞いた事がある。日本産のスマホゲーム〈マジキャロ〉に似た世界だから、そのあたりも似てくるのだろうか?
「王都でもここまで凝った花火を作る職人はいない。ピアに是非見て欲しくて」
歓声の合間に、ルーファス様が微笑みながら教えてくれる。
「きれい……」
一発打ち上がり、大輪の花を咲かせるたびに、亡くなった人の家族と思われる人が、何度も何度も懐かしい人の名前を大声で叫ぶ。天まで届けというように。
「私も……いつか打ち上げてもらえるのかな……」
我知らずポロリと本音が漏れてしまった。
私は早速大好きになってしまったこのスタン領で、穏やかな余生を過ごすことができる?
悪役令嬢の運命を回避して、ルーファス様と一緒に歳を重ねておばあさんになって、ここでこのように弔ってもらえる?
それとも、前世の私のように、〈マジキャロ〉の私のように、ひとりぼっちで……
「打ち上げるよ」
私の思考を遮るように、ルーファス様が力強い声をかけてきた。
ハッとして、ルーファス様を見上げると、彼が真剣な表情で私の瞳を射貫く。
「ピアは私と結婚して、このスタンの領民になるのだもの。領主夫人も領民に間違いない。私とピアの子どもが必ず上げてくれる」
「必ず……ですか?」
悪役令嬢である私は、スタン領の領民どころか、国外追放されてこのアージュベールの国民でもないかもしれないのに?
「必ずだ。また先日みたいに書面にしておく? 私はピアと100まで生きるから、花火の打ち上げはあと90年も先の話だ。確かに書いておかないと忘れるかもね?」
ルーファス様がそう言って茶目っ気たっぷりにウインクするものだから、私もそれに乗っかるほかない。
「……ふふっ、そうですね。忘れちゃうかも」
ルーファス様がテーブルの下で、そっと私と手を繋いできた。
私が弱気になりそうになると、さりげなく察して、こうして引き上げてくれるルーファス様。
「ピア、我々は死ぬまで一緒だし、死んだ後もあの花火の先で待ち合わせして、今日のように手を繋いで天国に駆け上がるんだ」
「……ルーファス様が手を繋いでくれるなら、絶対迷子になりませんね」
「迷子になってもいいよ。ピアと一緒ならそれも楽しい」
そう言ってルーファス様は、繋いでいない手で果実水の入ったグラスを私の頰に押し当てた。
「キャッ! 冷たいっ! もう! ルーファス様ってば!」
「はははっ!」
なぜ……こんな素晴らしい人が、私を婚約者に据えおいてくれるのか、わからない。
わからないけれど、ただただ嬉しい。
「本当に……ありがとう、ルーファス様」
私はなんとか涙を我慢して、ニッコリ笑ってみせた。
すると、ルーファス様は両目を細め、私の瞳を真っ直ぐ見ながら、手を持ち上げて、繋いだ指にキスを落とす。
「ピア……さっきの話は冗談でもなんでもない。私はこの手を離すつもりはないから。覚えておいて」
「る、ルーファス様……こんな人目につく場所で……」
私が心臓を高鳴らせて、アワアワと動揺すると、
「皆、花火に夢中だから、気づかないよ」
確かに周りを見渡せば、皆の視線は遥か頭上に釘付けだ。
そんななか、私だけが……指先の感触に囚われたまま。
「ピア……真っ赤でかわいい。ちょっと他人には見せられないな……。よし、道が混み合う前に我々は一足先に戻ろうか?」
「は、はい!」
ゴミを二人で片付けて、まだまだ盛り上がっている広場を後にする……離れ離れにならぬよう、手を繋いで。
「ピア、楽しかった?」
「はい。お肉もドリンクも最高でした」
「そう、来年も来ようね」
「……はいっ!」
本当は先の約束をするのは怖いけれど……一年後くらいなら、きっと大丈夫。
毎年一年更新の約束をしながら、いつかそれが当たり前になって、おじいさんおばあさんになってもこうして手を繋いで、夏祭りに来れたなら……。
足元を見ながらそんなことを考えていると、ルーファス様が声をかけてくれる。
「……明日は午前中時間があるから採掘に行こうか? ただし、涼しい時間がいいから早起きだよ?」
「……嬉しい! 採掘のためならば、早起きくらいどーってことありません!」
ルーファス様に暇な時間があるわけがない。気が沈んでいた私のために、たった今、予定を空けたのだ。感謝しつつ、その心遣いを無駄にしないために、気がつかないふりをする。
「じゃあ決まりだね。ああでも、朝から花を摘んでピアに持っていくのは、ちょっと無理かな……」
「ルーファス様。今夜、こんなに大きな花火を見せてもらえました。明日朝の分のお花はもういただいたのと同じです」
「ピア、花よりも採掘の時間を確保するほうが優先ってこと?」
「ち、違います! お花……毎朝泣くほど嬉しいです。ルーファス様……だけだもの」
私に花を贈ってくれる、特別な人。
「そう? ならばよかった。私にとってもあの時間は大事だから」
いつのまにか打ち上げ花火は終わっていた。私たちはリリリという気の早い秋の虫の声を聞きながら、ルーファス様のエスコートで馬車に乗り込み、しりとりをしながら家路についた。
それから毎年、夏はスタン領で過ごすようになった。花火は本邸のバルコニーからも見ることができた。
どの夏も特別だけれど、いつも隣には、約束どおりルーファス様がいてくれた。
今後とも弱気MAX、コミックスのみならずWeb、書籍共々、
ご愛顧くださいますよう、宜しくお願いします_φ(*´ω`*)
小田




