【コミックス①発売記念SS】ピアとルーファスの夏祭り(中)
◇◇◇
ピアを見送ったルーファスは、店主ボルグに先程とガラッと違う落ち着いた口調で話しかけられた。
「若様、噂の若奥様ですね。トーマ殿が惚れこんでますよ? どちらの生まれで?」
「ロックウェルだ」
「ロックウェル……。金の匂いを嗅ぎつけられない大馬鹿者という噂と、その頭脳で国を支える忠義者という相反する噂がある王都そばの伯爵家でしたっけね? 閣下と若様がお認めになられたということは、後者だったと」
「お前、はっきりものを言うね……まあそのとおりだ」
ルーファスは右眉を上げて、少しボルグを睨みつけ、受け取った串にソースをかけた。
「なるほど……あのように愛らしく見えて、実は才女であり、やがてこのスタン領を潤してくださるお方だということですね」
「お前の言うことに間違いはないが、私にとってそこは重要ではないかな」
「商人の我々にとってはそこが一番重要なもので……おっと、そんな怖い顔で睨まないでくださいよ。それにしても……ふふっ、スタンのお膝元にいながら、大金持ちである若様にたかる気配もない……若き日の奥様もプライドゆえに同じ行動でしたが、今日の若奥様の場合は、奢ってもらえる可能性すら考えていないようでしたね」
ボルグは髭で覆われた顎をさすりながらニンマリ笑った。
「……そうだね」
「で、若様はそんな若奥様が可愛くてしょうがないと。同じ串から食されることを許されるほどに」
「まあね」
「串を二本に分けるおせっかいを言い出さなかった私を褒めてください!」
「うるさいな」
ルーファスが邪険にそう言うも、ボルグは気にする様子もなく、ケタケタと笑った。
「若様自身が大事に思われる方と出会われたのならば、次代のスタン侯爵家とスタン領は安泰ですね。結局のところ、領の安寧は領主一族がお家争いなどにならず、仲睦まじいことが全て。いやよかった。おや? 早く若奥様の下に戻ったほうがいいですよ。若奥様、注目されています。ああ、ダンスを見ながら楽しそうにニコニコ笑って……うん、じわじわくる可愛らしさだ。お、若い衆に声をかけられて……」
ルーファスの表情が固まる。
「そういうならば、早く飲み物を作ってくれ」
「はい、まいどあり〜」
ルーファスは代金を払い、器用に、串の載った皿と二つの飲み物を持ち上げる。
「ではルーファス様、このスタン領商工連合会会長ボルグめが、商工会のみならず自警団やギルドにも、若様の意思、あまねく周知いたします」
ボルグは一瞬だけ祭りに似合わない真剣な瞳をして、ルーファスに小さく頭を下げた。
「頼むね。ピアには父の影をつけているけれど、我が領土、特にこの領都で私のピアを怖がらせるような事態があれば、私は容赦しないよ?」
「それほどまでに……かしこまりました」
◇◇◇
「ピア!」
ひとりならば一緒に遊ぼうと声をかけてくれた、少し年上の少年たちへの対応に涙目で四苦八苦していると、ルーファス様が串焼きのいい匂いを漂わせながら、駆けつけてくれた。
「ほ、ほら、ちゃんと合流しましたっ! ご安心ください」
「そ、そっか。迷子じゃなかったんだ! じゃあね〜!」
少年たちはルーファス様の顔を見ると、何故か顔を引き攣らせ、別方向の屋台に向けて逃げるように? 去っていった。
私は肩の力が抜けて、テーブルに手をつきげっそりしていると、
「ピア、大丈夫?」
ルーファス様が食べ物をテーブルに置いて、私の肩を抱く。
「私がひとりぼっちでお祭りに来た可哀想な子に見えたらしくて、声をかけてくれたようです。スタン領の皆様はお優しいですね。でも、人見知りの私には……厳しい試練でした」
不意打ちで初対面の人と喋るというのは、私にはハードルが高すぎる。バクバク鳴る心臓に思わず手をやる。
「そっか。遅くなってごめんね」
「いいえ、婚約者として失格ですよね。もっときちんと応対しないといけないのに……」
「いや、ピアはこのままでいいよ。ピアが人あたりよくスマートに応対なんてしたら、危険が増える」
「は?……えっと、とりあえず熱いうちに食べましょうか?」
私がルーファス様に椅子を勧めると、ルーファス様が固まった。
「ピア、なんで椅子にアンモナイトハンカチを敷いてるの?」
「もちろん場所取りです。ルーファス様が来るまでに、三人も相席を申し出られちゃって……連れがいますと何度も言うのに、声が小さいのかわかってくれなくて……」
「そ、そうか、ならばしょうがない……かな? 私が来たからハンカチは返すね」
「あ、そのまま今日はルーファス様のものとして使っていただいても……」
「いやいい。次期領主として致命的な評判を立てられたくない」
ルーファス様は、せっかくのアンモナイト刺繍を内側に畳んで、私に返した。そして飲み物のグラスををそれぞれの前に、二人の間に串焼きのお皿を置きなおした。
「ピア、お先にどうぞ。お腹すいてるだろう?」
バレているのに断るのも白々しい。
「はい。ではいただきまーす!」
私は紙皿に載った串を握り込んで、カプッと一番先にあるお肉に噛みついて引き抜き、口をもぐもぐさせながら、串を順番待ちのルーファス様に差し出した。
ルーファス様は歯を見せて笑いながら受け取り、彼もパクッと食いついた。
「モゴモゴ……おーいしーい!」
「そう? よかった」
ルーファス様が、私に串を返す。そうやって交代交代に食べる。
「とーっても柔らかいですね」
「だろう? うちに自生している牧草がこのように柔らかく、旨みのある牛を育てるらしい」
「タレが絶妙です! 甘辛い!」
「ピアの食欲が増進されたのなら、連れてきた甲斐があったね」
二人で食べたりおしゃべりしていると、ルーファス様の下には代わる代わる大人が顔を出し、余計なことを話さず頭だけ下げて去っていく。次期領主だと気が付きつつ、でも、お祭り気分に水をささないように……という配慮のようだ。
その度に私は緊張して、膝の上に手を置いてかちんこちんに固まってやり過ごした。
「あのっ、ルーファス様、人気者ですね」
「まあ、幼い頃からこの辺りはちょくちょく顔を出しているからね……これで隅々までピアの存在が行き渡るだろう」
ああ、お祭りに連れてきてくれたのは、私の紹介の意味もあったのか、と今更ながら思い当たった。
でも私のこの没個性的な顔立ちなど、皆様すぐ忘れてしまうのではないだろうか? だってお義母様はあんなに華やか……。まあ比べてもしょうがない。
「ルーファス様、この果実水、ベリーですか? 甘いのにさっぱりしてて夏にピッタリです。ルーファス様の飲み物は何ですか?」
「私のは柑橘系の果実水だよ……これもかえっこする?」
味が違うのならもちろん試してみたい! スタン領の食べ物にハズレはないのだ!
「良いのですか? ありがとうございます!」
ワクワクとルーファス様から受け取って一口飲んだ時、周囲が何故かどよめいた。
「……同じグラスから飲み物を口にするのは、夫婦同然の親密すぎる行為だと言われていることなど……ピアが知るわけないか。まあいい。その行為を私が受け入れていることが周知されれば、今後ピアに無礼を働くものなどいなくなるだろう。悪い虫もつかないだろうし……」
私が氷で冷えた、さわやかなレモン水もどきを堪能している間、ルーファス様が何やらつぶやいていたけれど……私が余計に飲み過ぎちゃったのか?
「ルーファス様、とっても美味しいです! 代わりに私のベリーの果実水もどうぞ!」
「ありがとう……うん甘酸っぱくて美味しい。ピアのようだ」
私に合わせてゆっくりしたペースで食べながら(だって肉がデカイ……)、皆様のダンスを眺めて、お祭りを楽しんでいると、日が落ちた。あまり遅いとおじいちゃん執事のトーマさんが心配するかもしれない。
「ルーファス様、そろそろ帰ったほうが……?」
「あとちょっと待って。もうすぐだから。ほら、ピア!」
シュルシュルシュル……と遠い昔聞いたことのある音が耳に入り呆然としていると、爆発音とともに、夜空に大輪の花が咲いた。
「うそ……」
今世初めての打ち上げ花火だった。
弱気MAXコミックス一巻、本日発売されました!
これも村田先生と、これまで応援してくれた読者の皆様のおかげです。
感謝です!!m(_ _)m




