【コミックス①発売記念SS】ピアとルーファスの夏祭り(前)
コミックスの時間軸に合わせて、出会った頃の二人の話です。
10歳の夏、初めてルーファス様のスタン領を訪れた。
一番の楽しみは化石の発掘なのに、太陽が一番高い真昼に採掘するのはダメだとルーファス様がおっしゃる。王都に比べれば北国のスタン領はずっと涼しいのに。
「ピア。ここは涼しいけれど、日差しは強いんだ。油断してはダメ。そもそもピアは病み上がりだろう?」
「で、でもですね!ようやく、示準化石となるシダが出てですね……」
「ピーアー!! 今日は一年で一番暑い日なの!」
「……はぁい」
なので、食堂の大きなテーブルで測量結果を地図に書き込んだり、ようやく発見した化石の不必要な土を刷毛で払ったりして過ごす。
ふと、顔を上げると窓の外が茜色に染まっていた。ずいぶんと夢中になっていたようだ。
「ピア、研究はキリがいいところかな?」
声の方に振り向くと、ルーファス様がドア枠にもたれていた。
「ルーファスさまっ! ルーファス様こそもうお仕事終わったのですか?」
なんと、ルーファス様はお義父様の代理として、もう領政に携わっているのだ。10歳で政治……こういう人のことを神童と言うのだろう、と思う。
いやもしかして、この世界では、10歳でルーファス様レベルの知能が標準だったりして!だとしたら、私、まずいんじゃないの??? いや、兄は私と大差ないし……
「うん。必要な指示は出したからね。それよりもピアの都合が良ければ町に降りないか?今日は夏のお祭りなんだよ」
「お祭り!! うわああ、行ってみたいです!」
そういえばスタン領に来てもう二週間も経つのに、私は屋敷とルスナン山脈の山肌の往復しかしていない……。
「じゃあ、サラ、ピアの部屋のクローゼットに、平民風のワンピースがあるから、それを出してあげて」
「かしこまりました」
「え?着替えるのですか?」
「うん。簡素なものにね。祭りを楽しんでいる皆を萎縮させたくないだろう?」
さすがルーファス様。気遣いの人だ。
「じゃあ私も着替えてくるね。エントランスで待ち合わせ。いい?」
「はーい」
部屋に戻り、私は、サラが出してきた、グリーンと白のギンガムチェックの木綿のワンピースに着替える。
「お祭り用の服が必要なんて知らなかったわ。来年からは自分で準備して持ってこなくちゃね」
「ピア様のお洋服は来年どころか再来年分まで、ありとあらゆる用途のものがクローゼットに並べられております」
「え?なんで? まさかうちがカツカツの懐事情だから心配されてる?」
サッと血の気が引く。
「単純にピア様を自分色に染めたい……コホン。王都からの荷物が増えないようにではないでしょうか?」
「なるほど。荷物が重たくなると、馬が可哀想ってことね!やっぱりルーファス様はお優しい……」
「……まあ、そういうことにしておきましょう」
エントランスで待ち構えていたルーファス様は、ほぼ私の化石の発掘に付き合ってくれる時の格好……ブーツが普通の革靴になっただけだ。
「おまたせしました」
「うん、行こうか」
ルーファス様と手を繋ぎ、家紋のない馬車に乗り込む。お祭りの会場から少し離れたところで人目につかないように降ろしてもらう。
「ピアは土地勘がないのだから、決して手を離してはダメだよ? はぐれてしまうから」
「わかりました」
ルーファス様が賑やかな通りに向けて、私の歩調に合わせて歩いてくれる。
「今日は二人きりなのですか?」
「自分の領地で、自由に歩けないようではおしまいだ。まあ、実のところそこここに護衛は潜んでいるけれどね……コホン。とりあえず、二人で楽しもう!」
スタン領の安全には自信がある、ということなのだ。
「……はいっ!」
スタン領都の中心街は華やか、というよりも頑丈さに重視した街並みだった。
「一見、どこがなんの店だか分かりづらいだろう? でも今日のようなお祭りでは各店舗店先に出店するから、欲しいものを売る店がどこにあるのか、探しやすい」
「なるほど……あ、右は文房具やさん?ガラスペンか〜涼しげですね〜」
「買う?」
「いえ、お財布と相談しながら、吟味します」
父に今回持たされたお小遣いは3,000ゴールド。家族へのお土産を買ったあとに、残る金額は……。
今日使えるお金を計算しつつ、ルーファス様の案内を聞きつつ、人の波に乗って歩くと、メイン会場と思われる広場に出た。
広場の中心では老いも若きも輪になって踊り、それを囲むようにテーブルと椅子が置かれ、皆思い思いに露天で買ったご馳走を食べている。
「いい匂い……」
「今日はこの広場で夕食にしようか?」
「いいんですか? シェフがもう準備してくだっさってるなら申し訳ない……」
「ふふ、ピアは思いやりがあるね。大丈夫。実は最初からそのつもりだったから」
「ならば遠慮なく楽しめますっ!」
思いやり云々の問題ではない。ご飯の準備をしていたのに、急に「今日はいらない」と簡単に言われることが、一番腹が立つ!という母の愚痴を、耳にタコができるくらい、聞かされてきただけなのだ。
手を繋いでキョロキョロと物色していると、そこらじゅうに香りを振り撒きながら網の上でジュウジュウ音を立てて焼かれている、牛の串焼きが目に止まる。
「すごい。最高級ステーキに出来そうなお肉を豪快に……」
「ああ、あの串焼きはこの町の名物だよ。寄ってみよう」
列に並び、自分の番が来て、背伸びして網の上の肉を見る。このお肉たち、私の顔よりデカいよ……。
「これは若さ……ルーファス坊っちゃん、いらっしゃい!おや?お友達ですか?坊っちゃんは、うちの肉が好きですもんね〜!紹介してくれてありがとうっす」
ヒゲも髪もモジャモジャの大柄の店主は、当たり前のようにルーファス様に声をかける。
なんだ、ルーファス様、しっかりバレてるじゃん……まあ、水戸黄門的な完全なお忍びなんて、所詮不可能なのだろう。特にここはルーファス様の自領なのだ。
「いや、私の最愛だ。ボルグ、よろしくね?」
店主は目が零れ落ちるんじゃないかというほど瞠目した。
「……そうですか、なるほど。配下に徹底しておきます」
ルーファス様はこのお肉を熱烈に愛しているらしい。私も徹底されました! いつかサプライズで買ってきてあげよう。
「こんばんは、ピアと申します。よろしくお願いします」
私が頭を下げると、店主とルーファス様は何やら目配せをしたあと、
「こんばんは、ピア……嬢ちゃん。うちの串焼き食べていくかい?」
「実は、先程からとっても美味しそうだなって……おひとつくださいな」
看板には一串500ゴールドとある。両手で持つほどの大きさで500ゴールドなんて破格だ。
「ピア……食が細いのに、こんなに大きい串を食べられるの?」
ルーファス様が首を傾けて心配する。
確かに……串には大きめのお肉が6個も刺さっている。多分完食できない。でも食べてみたい。でも食べ残すなんてもったいない……。
私が今日一番しょーもない葛藤をしていると、待ちきれないお腹がグゥーっとけっこう大きく鳴った。
恐る恐る顔を上げると、ルーファス様も店主も私から顔をそらせて肩を揺らしていた。聞こえたよね……くうぅ……。
「コホン、ルーファス様、やっぱりどうしても食べたいです。お手伝いしてくれないでしょうか? 交代交代に一個ずつ食べるってダメですか?」
私がお腹を押さえつけて、恐る恐るおうかがいすると、
「同じ串を交代に?……ピアとならば、喜んで」
ルーファス様は夕焼けが反射したのか、顔が少し赤く見えた。
「よかったあ!」
私は斜めがけしたポシェットから母のお下がりの赤い財布を取り出して、100ゴールド硬貨を五枚取り出した。
「では一本ください!はい!」
私がお金を店主に差し出すと、ルーファス様がその手を止めた。
「ピア、お金は私が……」
「ルーファス様、大丈夫です!こういう機会のために、父がお小遣いを持たせてくれたのです。ルーファス様との初めてのお祭りでのお買い物で使ったって、父に報告しなきゃ。きっと喜びます。そもそも私が食べたいんですから!」
私がお財布をちゃらんちゃらんと振りながらそう言うと、ルーファス様は目尻を下げた。
「そうか……ふふっ、私にご馳走してくれるのか。嬉しい。ボルグ、受け取って」
「……はいっ! 毎度あり! 嬢ちゃんにイッチバン美味しいところあげような」
「やったー!」
やはり、スタン領の顔であるルーファス様と一緒だと、おまけしてくれるのだ! ご利益! ありがたや!思わずバンザイする。
「ピア、では私が飲み物代は払うね。何がいい?」
「飲み物! 確かに暑いから喉が乾きました。ではルーファス様のオススメでお願いします」
「OK。ピア、私が運ぶから、ピアは席を取っておいてくれる?」
私は振り返って、広場を見渡す。
「確かに人が増えてる! これから何か目玉イベントが? ルーファス様、では私、場所を探してきます!」
私はルーファス様に見送られ、いつのまにか混み合っている広場に空席を探そうと、足を踏み出した。




