【書籍化記念SS】ルーファス様の誕生日
大貴族は嫡男の誕生日には盛大なパーティーをするところも案外多い。人脈を作り、将来的に子ども世代の派閥を固めるために。
そういった催しがあれば、婚約者として避けられない。引きこもりの私はどうしたものかと思っていたら、ルーファス様は誕生会などしないとのこと。
「うちに人を集めたら下手に勘ぐられてしまう。両親もそんな暇はない。だから誕生日といっても特に感慨はないね。ああ、両親は成長に見あったプレゼントをくれるよ。土地とか株とか……」
土地……何もかも低級貴族の我が家と違うようだ。
「そうですか……気持ちだけでもお祝いしたかったのですが……」
昨年はまだ体調が思わしくなくて、あとからハンカチを渡したのだ。リベンジと思っていたのだけれど。
「ピアが……祝ってくれるの?」
ルーファス様が目を見開いた。ルーファス様だって、昨年の私の誕生日にグリーンの可愛い髪飾りをくれたのに。変なの。
「あの……お邪魔でなければ」
「……ありがとう。じゃあ私と一緒にケーキを食べてくれる?」
◇◇◇
新緑がキラキラと眩いルーファス様のお誕生日、約束のお昼すぎにスタン邸に赴く。
「いらっしゃい、ピア」
ルーファス様がいつも訪問するときよりも、少しだけフォーマルな装いで迎えてくれた。
「お誕生日おめでとうございます!」
私も今日はワンピースではなくて、薄紫色のドレスだ。お義母様を真似てみた。
「ありがとう、ピア。今日は風が爽やかだから、外にテーブルを用意したよ。おいで」
ルーファス様にエスコートされて、お義母様監修の色とりどりのカーネーションやダリアが咲く庭に行くと、いつもはがらんとした四阿に居心地のよいソファーが置かれて、お茶とお菓子が美しくセッティングされていた。
「うわあ、素敵! これではまるで私の誕生日みたいです」
「喜んでもらえてよかった。さあ座って」
私たちが隣あって座ると、侯爵家のメイドさんがお茶を淹れ、お菓子を私たちのお皿に盛り付けて下がった。
「では、ルーファス様、お誕生日おめでとうございます! これ、私からのプレゼントです。どうぞ」
「ありがとうピア……ようやくだ。内緒なのは私へのプレゼントだからとわかっているものの、むざむざ愛らしいピアを外に出すことになろうとは……辻馬車で隣が義兄上と女性だったからまだ我慢もできたが……」
「??? 我慢? お腹空いてるのなら、先に何が食べては?」
「いや、こっちの話。早速開けさせてもらうよ」
無骨な革工房にラッピングという概念はないので、私が水色の薄紙で包んだ。ルーファス様はそれを丁寧に開いてくれた。
そうして出てきた白い小箱をルーファス様が開けた。
「これは……財布?」
「はい。兄と一緒に革工房に出向いて、作っていただきました。ルーファス様にはお財布など不要だとは思ったのですが、ひょっとしたらアカデミーの学生になったとき……」
「使うよもちろん! すごいね。ここにはコインも少し入るのか。このポケットはちょっとした注文書などの覚書を入れるためかな? かさばらないし、軽い! 義兄上のアイデアかい?」
ルーファス様があちこち確かめながら、目を輝かせてくれる! 兄に限らず男性とはこういうものが好きなのかもしれない。
「私が革の素材と色を選んだのですが、いかがでしょう?」
「そうか……黒はピアの色だからね。この財布に触れるたびにピアを思うことができる」
「……は?」
いや、黒は冠婚葬祭なんでもOKの万能色で、私の色ではないはず。
「二人でアカデミーの学生になったら、街中をデートしよう。そのときはこの財布から全てを支払うよ」
よかった。絶対に必要なものではないかもしれないけれど、喜んでいただけた。
「えへへ、実はそのお財布、私と兄とお揃いなんですよ」
「お揃いは嬉しいけど……義兄上も一緒なんだ」
ルーファス様が苦笑する。
「はい、兄はイニシャルも一緒ですね。でも兄のものは茶色です。私はルーファス様と同じ黒です。私もこのお財布で早くお買い物に行きたい。採集のさいの足元の草を払う小さめの鎌を買いたいので、今度は刃物屋さんに兄に連れて行ってもらおうと。で、もっとお金が貯まったらカッコいい道具入れを……」
ルーファス様が急に私に真っ直ぐ向き直り、ニッコリ笑った。
「ピア、今後の買い物は私と行くんだよ?」
「え? だってルーファス様お忙しいし……鎌ですよ?」
「ピア、鎌であれ鍋であれ大根であれ、買い物は婚約者の私と行くものなんだよ?」
「……ホントですか?」
小学生でも一人でおつかいに行けていた前世を持つ私はついつい疑ってしまう。
「ピア……スタン家は敵が多いんだ。君ももう、狙われる立場……ダメだ。こんなことを知らせてはピアが萎縮する。のびのびとしているのがピアの良さなのに」
「ルーファス様?スタン家がどうしました?」
「どう言えばいいかな……あのねピア……今回の買い物、どれだけ人目を引いてたか知らないだろう? どんなに地味な服を着ようと、ピアの育ちの良さと人の良さは心に孤独を抱えている男を引き寄せるんだ。今回何度、知らない男に声をかけられた?」
確かに数回道は聞かれたけど……大げさだ。それに兄がいたもの。ちゃんと手を握ってたもの。そう言うと、
「はあ……その義兄上も競争ごとと無縁な人間独特の、優しげな面立ちをしてるだろう? 私たちみたいなギスギスした世界に生きてるものにとっては、ロックウェル兄妹は揃って癒し系なんだよ」
「私はともかくお兄様もですか!?」
兄もハイエナ女子に狙われてるの? いや、もしかしたらハイエナ……男子? まさかの前世でいうBL???
「……工房でも楽しそうに職人と相談してたと聞いた」
「そりゃあ高価な買い物ですもの。満足いく出来になるようにプロの意見をきちんと取り入れたほうがいいでしょう?」
「愛想良くする必要ないだろう? ピアの笑顔がどれだけの破壊力かわかってるのか?」
私が無防備すぎるから、外出するなってこと? もうわけがわからない。
「せ、せっかくルーファス様のために足を運んだのに……。そんなに怒るのなら、もう買い物なんか行きません……」
ただ買い物に出かけただけで、こんなにあれこれ注意されることになろうとは。なんだかどっと疲れて俯いた。王都って、貴族って本当にあれこれうるさい。田舎のロックウェルに戻ったときに、好きなだけサラと買い食いしよう。
はあ……と小さくため息をついた。
するとルーファス様が息を呑んだ。
「違う! ピア! 義兄上か私が一緒ならいいんだ! ……ごめん! 守りが必要なのも真実だけど、ピアが私のいないところで楽しそうにしていたと聞いて、悔しかったんだ! 相手がたとえ、兄上であっても」
「私が楽しそうに見えたのなら、ルーファス様がこのお財布を見たときに喜んでくれるお顔を想像していたからです……」
つい上目使いのジト目で睨んでしまう。
「……っ! ピア、くだらない嫉妬で水をさしてすまない!」
嫉妬? 嫉妬に関する話題なんてあった? ますます困惑して、眉間にシワが寄る。
「それに……あんな兄ですよ?」
「あんなって……ラルフ義兄上は賢い方だと思うよ? 研究分野での輝かしい功績はさることながら、権力との絶妙な距離の取り方とかね。将来家族になれること、本当に誇りに思っている。ピア。この財布、本当に嬉しいから! 全面的に私が悪かった。今日は私の誕生日なんだ。機嫌直して?」
そう言って美少年に下から覗き込まれたら、許すほかない。
「……もう怒ってません」
「よかった」
ルーファス様は私の手を取って、指先にそっとキスをした。
本当は優しい人だとわかっているから、怒りなど続かない。たぶん私がいつまでも貴族らしくできないから心配してくれてるのだ。
私たちは気を取り直してお茶をいただく。華やかな香りに互いに高ぶっていた心がクールダウンした。
「あれ? このカラフルな革紐はなんだい?」
ハッとした。
「そ、それ、やっぱり無理なので返してください」
もらった革紐をアレンジして同封していたことをすっかり忘れていた。でも、この完璧キラキラ美少年に渡していいシロモノではないと、ルーファス様を目の前にしてしみじみ痛感した。私がそれを取り返そうと手を伸ばすと、ルーファス様に箱ごと遠ざけられる。
「この箱に入っていたということは、これも私へのプレゼントなんだろう? どうやって使うの? 教えて?」
こうなると、ルーファス様は諦めてくれない。私はしょうがなく白状する。
「それは……レザーミサンガと言いまして、お守りです」
「お守り?」
「手首や足首に願い事をしながら結びつけるのです。はめっぱなしで入浴の際も外しません。で、その紐が自然に切れたときに願いが叶う……と言われてる、縁起物のおもちゃみたいなものです」
「ピアが……私のために編んでくれたのか?」
ルーファス様は私のミサンガをうやうやしく手にのせた。
「お財布は結局工房の親方が作ったもの。何か私の手が入ったものを差し上げたいと思ったけれど、ルーファス様刺繍はお好みでない様子……このグリーンの若葉のような革紐がルーファス様の瞳に似てるなあと思って、ブルーと茶色と三色使ってルーファス様の健康と幸福を願って編んだのですが……どう見ても侯爵令息にはショボ……貧相です。返してください」
「カネでも権力でもなく、ただ私の健康と幸福を祈って……祈る時間を作って……マイク! これ、手首に巻いて結んで!」
「ルーファス様!」
ルーファス様はあっという間に右手に片結びしてしまった。どうしよう。服の袖口から案外のぞいて目立つ……。
「ピア、ありがとう。ピアが私を思って用意した財布とミサンガ? のおかげで最高だ。一生大事にするよ!」
「ミサンガは大事にしちゃダメです! 切れてなんぼ! 切れたら願いが叶うのです! そんなに気に入ったのなら、毎年お誕生日に編んで差し上げますから」
「……そっか、毎年祈ってくれるの? ではピアの誕生日には私がミサンガを編んで贈るから」
ルーファス様は目を潤ませて、私をぎゅっと抱きしめた。
「ふあっ!?」
「君って人はほんとに……。絶対に……離さない。誕生日だけでなく、生涯」
突然のハグに息が止まりそうになる! ドギマギする!
でもルーファス様の呟きは、例の「予言」を念頭に言ってくださってるのだとわかった。離さないから、国外追放なんてさせないから安心しろと。やはり優しい。
私もそっと手をルーファス様の背にまわし、額をルーファス様の肩にのせた。
そのあと私は、当たり前のようにルーファス様の膝の上に乗せられて、大勢のギャラリーの前でお菓子を食べさせられ、私のライフはゼロになった。
ルーファス様が耳元で囁く。
「……こんな幸せな誕生日は初めてだよ。ありがとう、ピア」
私たちはたまにケンカして、仲直りして、もっと仲良くなる。
ずっと先の未来、ルーファス様がおじいさんになっても、キャロラインではなく、私がミサンガを渡せたら……。
二人が関係を構築中の、幼い日々の話でした。
こうした時間を重ねるごとに、互いを理解して、ルーファスのピアへの溺愛が加速していきます?
というピアとルーファスの「弱気MAX」、読者の皆様の応援のおかげで本になりました!
本当にありがとうございます!
今後ともよろしくお願いします_φ(*^▽^*) 小田




