クリスマス④
クリスマス当日。
その日も学校は普通にあって、放課後、夜九時までという条件で、俺の家でクリスマスを過ごすことになった。
守山さんと俺の家は自転車で一時間レベルで離れていて、夜遅く、ひとりで帰すのはすごくためらわれる。
ので、守山さんは、お母さんに車で送り届けられる形で、我が家にやってきた。
「いらっしゃい、守山さん」
「うん、お邪魔するね」
ワゴン車から降り立った守山さんの肩には、ボストンバッグ。準備は主に俺のほうですることだったのだけれど、はて。
それに、車から出る前から、守山さんの頬は赤く色づいていた。冬の寒さのせいでないというなら、いったい何なのか。
「守山さん、まさか、風邪?」
悪い予感がして、クリスマスの未来予想図はがらがらと音を立てて崩れる。
世の中の流れというやつに乗って、いやそんなものがなくても、守山さんとふたり、時間を過ごしたい。
けれど、風邪なら、休んでいるべきなのだ。
「違う違う! それは、えーと、だから」
守山さんは恨めしそうに、まだ車で待っていた自分の母親をにらむ。
「お母さん、もう散々楽しんだでしょ。早く帰って、また迎えに来て」
「はいはい。けど、本当に迎えに来ていいのかしら。本当に? 気が変わってたりしない? 私もお父さんとふたりきりになりたいんだけど?」
「い、い、か、ら。ほらもう、知らない!」
ボストンバッグを肩にかけなおし、守山さんは玄関で扉を開けて待つ、俺のほうまで雑な早歩きでやってくる。
守山さんが我が家に来るのはいい。
ただ、華恋さんを放置するのも気が咎めた。
なのでそちらをうかがうのだが、華恋さんは、笑顔で小さく手を振ると、車で走り去った。問題ないらしい。
扉を閉めて、すでに靴を脱いで上がっていた守山さんに追いつく。
「守山さん、本当に風邪とかじゃないんだよな?」
「うん。ただ、お母さんに散々からかわれて遊ばれただけ」
「ああ……」
運転席から、娘相手でなければ、いや娘相手だろうとセクハラが成立しそうな文言を、助手席の守山さんに並べ立てる母親の図。
普段の華恋さんの振る舞いから、納得はたやすかった。
「その、お疲れ様。何か淹れるよ。いつもの紅茶で、砂糖は一杯だよな」
「ううん、大丈夫。準備は徹くんに任せることになったんだし。そのくらい」
ボストンバッグをリビングのソファのかたわらに置いて、守山さんはキッチンのほうに入る。
少し様子をうかがっていたが、よどみない動きだ。
特に手伝うこともなさそうで、紅茶が入るのを待とうと、ソファに座る。
テレビでもつけようかとも思うのだが、異様な存在感を放つ物体がすぐそばにある。
中身が詰まったボストンバッグ。
張り詰めるほどでないにせよ、置かれた今もしっかり筒状の形を保っている。これが中身がすかすかだったなら、形が潰れるものだ。
中に何が……。
「お待たせ」
守山さんは、ローテーブルに紅茶を置いてくれる。
「ありがとう」
紅茶を一口。うまい。ところでボストンバッグの中身は何だろな。
「気になる?」
「いや、まあ、そりゃあね?」
まさか中身はクリスマスツリー、とかでもなかろうし。
ちなみにツリーは用意してある。長年飾ってなかったものを一日前に掃除しなおし、飾り付けた。そのツリーはリビングの隅に設置した。
ではプレゼント、というセンもあったが、大きすぎやしないだろうか。あるいは量があるのか。どうも違う気がする。
わからない。
ボストンバッグの中身が何なのか、わからない。
そうだ、紅茶を飲むんだ。紅茶の砂糖とレモンによって頭の回転のギアを上げ、この謎を解き明かすんだ。
「お泊りセット」
「んぼほぁ!?」
噴き出した紅茶がきらきらと宙を飛ぶ。
せっかく掃除していたのに、自分で汚してしまった。
「もう徹くんたら、しょうがないなあ」
紅茶と、俺の唾液の入り混じった汚物を、守山さんはハンカチで拭いていく。
新しいハンカチはまた買ってお詫びするしそのハンカチはこちらで捨てておきます。
「え? いいよそんなの」
ハンカチを鼻の下に一度持っていってから、守山さんはボストンバッグのサイドポケットに仕舞いこむ。いま嗅ぐ必要あった?
「お泊り……セットって、いやいやいや。お母さんが迎えに来るんでしょ? 来るんだよな? 来ると言って!」
「不幸な事故って、いつ何時起こるかわからないよね?」
俺の隣に座りつつ、守山さんがそんなことを言い出す。
なにをイイ笑顔で物騒な。
「お父さんとお母さんを、今年くらいは二人きりで過ごさせてあげたいじゃない? そうなると私、家にいれないじゃない? そうなると、徹くんの家に泊まるしかないじゃない? というわけでお泊りセットを持ってきました」
「ははあ、なるほどなー」
なるほどじゃないぞ!?
ティーカップがカタカタと震える。
九時には帰るって決めたじゃないですか!
どうなっても知りませんことよ!?
「なーんて、冗談。お母さんはわかんないけど、お父さんは絶対迎えに来るよ」
「なんだそっか! はははは……あーよかった」
守山さんの自分を守る力は信頼しているけれど、万一ということもあるからな。二重に三重に、安全策があることに越したことはない。うちの母親にも今夜は絶対帰ってきてくれと泣いて頼んだし。
笑顔の俺に対して、守山さんは眉間に浅いしわを作っていた。
「そんなに私が九時には帰ることがうれしい?」
「九時までっていう時間制限付なら、俺も絶対守山さんを大事にできる自信があるからな。絶対……? いや、うん、絶対。嘘つかない」
自分で自分の口走った言葉に疑問符を浮かべてしまう。
仕方ないよな。俺が情けないのもあるが、守山さんがかわいすぎる。
邪なことを考えないほうがおかしい。
「けっこうフクザツ。……私は別に、ひどいことされてもいいんだけどね」
やめて! 俺の決意を砕きにこないで!
その彼女に言われたいセリフランキングベスト10をここで使うのはどうかご容赦ください。
俺が黙りこくったところ、守山さんも口を閉ざす。
俺にとって、気まずい沈黙の時間が流れる。
――不意に、守山さんの手が太ももに置かれた瞬間、俺は音速でリモコンを手に取りテレビをつけた。
いまの夕方の時間帯は、ニュース番組をやっている。
ちょうどクリスマスのイルミネーションを特集していた。
「わぁ、きれいだねぇ」
ため息をもらすように、守山さんはつぶやく。
本当は、こういうところに一緒に行ったり、おしゃれなレストランでディナーを、とかできたらよかった。
しかしいろんなしがらみで、それはできなかったし、守山さんも、賛同してくれた。
クリスマスを過ごすのは、俺の家で、ということで。
ただその、クリスマスといえば何をしたらいいのか。
俺はわかっているつもりで、いまいち自信を持てていなかった。ということで知り合いに聞いてみたところ、
「肉。あとケーキ食べる」
「親しい人と一緒に過ごすだけでいいんじゃないかな?」
「家にいるべきです。間違っても外に出てはいけません。先輩は死にます。あ守山先輩がいたんでしたねチッ」
「ぜひウチの店でディナーを食べていくべきよ。持ち帰りも可」
「神を冒涜するような悪魔の儀式<サバト>を……」
最後のは無視した。
あと知り合い少ねえな俺。
とりあえず肉とケーキを食べればよいことはわかったので、夕食はそれとなる。
問題はそれ以外の過ごし方だった。
恋人とクリスマスといえば……いちゃいちゃ、セッ……いやいやいやいや!
それは絶対だめなやつだからな!
なし。ノー。ナンセンス。
どうやって過ごすかは、ある程度は考えた。それでも、本当にこれでいいのか、まだ、俺は……。
「徹くん?」
「え、あ、何?」
「だから、ちょっとお風呂場のほう借りるねって」
「ああうん自分の家だと思って好きに使ってくれていいけども」
「それはプロポーズ?」
「……俺としても、もうちょっと凝りたいし、プロポーズではないです」
「あはは、そうだよね。じゃ、ちょっと借りるね?」
守山さんはボストンバッグを肩に担いで、リビングから出ていった。
はて、結局、あのバッグの中身は何だったのか。
答えを出せぬまま、ぼーっとテレビを見ていると、スマホに電話がかかってきた。
めぐむからである。
「はいもしもし」
『あ、いま大丈夫? 服とか脱いでたりしないでしょうね。あたしイヤだからね知り合いのプレイに付き合わされるとか』
「お前は俺と守山さんを何だと……服はばっちし着てるよ」
『そ。ならよかった。実はちょっと気になること聞いちゃって。なんだかもやもやして、つい電話かけちゃったのよ』
「メッセじゃなくて、急ぎか?」
『あんた守山さんを孕ませたって本当?』
なんかつい最近も同じ疑いをかけられた気がする。実の母親から。
「事実無根……でもないけどそんな事実はない」
『あーそー、いやさ、あんたと守山さんが産婦人科から出てくるのを見たって噂を聞いてね?』
病院に付き添いはしたが、産婦人科でなく呼吸器科である。
「とりあえずそれ嘘だから。産婦人科じゃない」
『泌尿器科?』
「いや呼吸器科……そのオッサン脳やめろ」
『だって、いくとこまでいっちゃったのかって。違うならよかったわ、会うたびに気を遣わなくちゃならないのかって気になっちゃって。じゃね』
何だったんだ……。
肩の力は抜くことができたが。
まさかそこまで計算して……るわけないか。めぐむだものな。
「徹くん、お待たせ」
「ん? 別に……」
電話が終わったところを見計らったように、守山さんは戻ってきた。
振り返るとそこには、ミニスカサンタ天使が降臨なすっていた。
も、もうちょっとだけ続きます・・・。




