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クリスマス③




 俺は立った状態で、手錠でベッドと繋がれ、後ろからは守山さんに抱きしめられている。


 ここから逃れられる人類がいるならぜひ教えてほしい。

 たぶんそいつは人間じゃないもっと別の何かだ。


「ねえ、徹くん」


 手を回すことで、守山さんは俺の腹から胸をなで回していく。

 どこでそんなテクニック覚えたんスか。

 誰だ守山さんに入れ知恵したやつはありがとうござますじゃないおのれよくやったあこれも違くね?


「どこ行くの?」


「雉撃ちにちょっと」


 鼻で笑われた。


 いや、軽くツボに入ったのか? くぐもった笑い声がつづく。


「ふざけないで、真面目にお話しよう?」


 守山さんと俺の体の密着度合いが増していく。

 体の表面積の半分くらいが、お互いに触れ合っているんじゃないかっていうほどに。


「守山さん、一旦、離してもらいたいんだけども」


 そして落ち着こう。ひっひっふーひっひっふー。


「嫌です。逃げるつもりでしょ」


「じゃなくて、逃げるんじゃなくて、その、そうだ、後ろからもいいけど正面からもいいなって」


 抱きしめられる力が増す。

 地味に苦しい。


「そんなの、なんだか恥ずかしいので、だめです。でも、うん、徹くんが望むならね、それは私も応えるよ? けど、攻めるのはいいけど攻められるのが苦手なのかもね?」


「守山さんギブギブ」


 腹に回されている腕をタップする。


「私の心の準備が整うまで、少しだけ、待っててね。ずっと前から準備はできたはずなのに、おかしいね? ほんともう、なんだか今顔が熱くって、もうちょっと、冷ます時間が欲しいの。ほんとにもう、徹くんは、不意打ちが大好きなんだから。あのときも、そうだったよね」


 だめだ自分の世界に入ってらっしゃる。


 そうこうしていると、本日二度目、部屋のドアがノックされる。


「莉世、そろそろ病院に行くじか、ん――」


 入ってきつつ、華恋さんは喋っていたが、娘がその彼氏に抱きつく姿を目にして、その心境はいかなるものか。

 うちの母親だったら警察に通報している。


「いまお父さんのカメラ持ってくるからそのままでね」


 何をする気ですか。

 いやわかるけども!

 わかるけれどもわかりたくない!


「勘弁してくださいませんこと!?」


 とっさに出たのがお嬢様口調なの、どうなってんだ俺の頭の回路。

 今更ではある。


「冗談冗談。一割」


 笑って手を振りながら、華恋さんは否定してくれる。


 冗談にしてもせめて半分で。あとやさしさもオプションでお願いします。


「莉世、徹くんを離しなさい。あなた病院行く時間でしょう?」


「えー?」


 締まる力は、幸いにしてゆるんだ。

 代わりに、守山さんがぐりぐりと背中に額を押しつけてくるようになった。


「行きなさい」


 二度目、華恋さんも強い口調だ。


 病院に行く予定があったなら、ぜひ行くべきだ。そこは俺も強く賛成する。


「守山さん、病院なら、ちゃんと行ったほうがいい」


「でも」


 俺からも説得してみるが、守山さんは抵抗する。


「徹くん、帰っちゃったりしない?」


 か細い声で聞かれれば、一生帰らない宣言までしそうになる。

 マジで冗談にならない発言になりそうで、本能がストップかけた。


 発言はあくまで、平和に、穏当に。

 テンションとか勢いとかだけの発言は気をつけよう。


「守山さんが病院に行くなら、俺は帰らない」


「そうよ莉世。私が徹くんを帰さないもの」


 俺の後ろに隠れる守山さんを、華恋さんは覗き込むようにして諭しにかかる。


 ていうか帰れないと思うんですけどね。

 手錠には繋がれたままですし?

 ピンで解錠するスキルとか身につけられないもんかな。


「……わかった」


 ようやく、守山さんが離してくれる。

 少し名残惜しい気がしたが、それはそれ、だ。


「じゃあ徹くん、莉世のアルバム見ながら待ってましょうか。幼稚園のからあるのよ」


「やっぱり病院行かない」


 ああ元の木阿弥。


 再び渋りだす守山さんに対し、華恋さんは困ったように頬に手を当てた。


「あらどうしたの莉世」


「お母さんが徹くんに変なもの見せようとするからでしょぉ……」


「変なものってあなた、自分の写真を変なもの扱いだなんて」


「お父さんもお母さんも面白がって変なとこまでたくさん撮るからじゃない!」


 変なとこまで……ごくり。


「守山さん、ここは俺に任せて病院に」


「アルバムが見たいって顔に書いてる!」


 顔を手を覆って、守山さんはベッドに座り込んでしまった。そのまま寝転がり、小さく丸まった。


「もうやだぁ……」


 ちょっと、いやかなりかわいい。

 自宅で、母親の前だからか、守山さんがすっかり子どもっぽくなっている。


 この姿をもっと見ていたい気持ちに駆られる。


「莉世、安心しなさい」


 そこは母親、落ち着いた様子で、娘のそばに寄り添った。


「徹くんのことはきっちり私が監禁しておくから」


 あ、ついに監禁って言いましたね。

 人がその言葉を必死に避けてたのに。

 言っちゃいますかー。事件化しません? しませんか。


「お父さんで慣れたものよ」


 いま、俺は彼女の母親の罪の告白を聞いてんのかなあ。

 守山さんのお父さんといえば、クマもかくやというほどガタイがよかった。

 そんな人を監禁していたという。

 あるいは、華恋さんのせいでああまで強くならざるを得なくなったのかもしれない。


 俺、あそこまでなれるかなあ……。絶対むりだ。

 人間、分を知ることって大事だし。あとたとえ鋼の肉体を手に入れても勝てる気しないし。


「お母さんのばか、徹くんもばか」


 守山さんから罵られる。

 心地いいのでもっとプリーズ。


「困った子ねえ。じゃあ、こうすればいいじゃない。手錠をつないで、じゃない、手をつないで病院に行く。これならいいでしょう?」


 守山さんが胎児ポーズからすっくと復帰する。


「徹くんに手錠をつないで、じゃない、手を繋いで病院に?」


 うーんたぶん俺の意思は反映されないんだろうなあ。

 いや構わないんですけどね。なんとなく思わずにはいられなかっただけ。


 あとは、俺としても、手錠を外してもらえるのはありがたい。


「そうしよう守山さん。俺もそのほうがいい」


「徹くんも、そう思う?」


「うんうん超思う」


 このままだと変態性癖に目覚めそうな気配あるし。


「じゃ、一緒に病院、行こっか。えっと、手錠の鍵はっと」


 そこからは話はスムーズに進んだ。


 手錠を外してもらい、守山さんと手を繋ぎ、家を出る。

 そのまま最寄のバス停まで行き、バスを待つこと十数分。


 手を繋ぐ時、恋人繋ぎよりもっと別の何かを味わった。


 痴漢の手つきっていうのか、なんかそういうの。


 この場合は痴女って言い表したほうがいいのかも、なんて益体のないことを考えながら、バスに乗車中も、されるがままだった。


 それでいていつも通り会話ができるんだから守山さんは改めてすごいと思った。まる。


 ともあれ、無事病院に到着する。

 肝心の診察は一時間ほどで終わった。

 診察室から出てきた守山さんの表情は、特に変わりなかった。例えば悪いところが見つかった、というふうはない。


 それでも、病院の玄関口で、念のため、一応、守山さんに聞いておく。


「何ともなかった、んだよな?」


「うん」


 自動ドアをくぐって外に出たところで、守山さんは手を繋いできた。

 握りはじめの二、三秒だけ、強く手を握られる。

 それ以降は、普通の力加減になっていた。


 手を強く握ってきたのは、安心したからか、安心したいからか。どちらでも、俺が役立っているならうれしい限りだ。


 病院から最寄のバス停まで行く途中で、守山さんと軽く話す。


「定期的に病院行くのは、やっぱり」


「……うん、徹くんの思うとおり」


「ハイガ・ヤベーネ症候群」


「その話はかなり前に終わったでしょ」


 あっはい。


 すっぱり切り捨てられた。


「ていうか嘘だから、まさか忘れたとは言わないよね?」


「そういえば」


 じと目が突き刺さる。


「嘘です。ちゃんと覚えてます」


 白状した俺に、まったく、と守山さんはため息がちにつぶやいてから、


「まあ、完全無欠に嘘ってわけでも、ないんだけど。念のための定期健診をね、やってるだけ。それだけだから」


「そっか」


 詳しく知りたい。もちろんその気持ちはある。

 けど、あえて本人が話さないことを突きまわすのは下世話なことだ。


 嫌われたくないし、嫌がられたくない。


 話している間に、バス停には到着したのだが、


「徹くん、おなか空いてる?」


「少しは、まあ」


 クッキーが腹にまだ溜まっているわけで。


「私はちょっと空いてて、で、コンビニに寄っていかない? バスもあと三十分以上は余裕あることだし」


「けど、華恋さんが晩ご飯作ってくれてるんだろ?」


「んー、そうだけど」


 どこか、守山さんらしくない。

 俺に関わることだと暴走する癖こそあるけれど、基本は品行方正。

 夕飯前に、買い食い。あまりほめられたことではなく、守山さんがやりたがるのが少し不思議だった。


「ちょっとね、憧れ、みたいなものがあってね?」


「それは、何に?」


「ふたりで、買い食い。だめ?」


「やろう」


 俺は力強くうなずいた。こんな魅力的な提案、即OKだ。


「ありがとう。好き」


 ここで俺もだよ、とすっと返せる男に、俺はなりたい。

 なりたいだけだった。


 うんとかああとかあいまいな受け答えをして、二軒隣のコンビニへ。


 そこで肉まんとあんまんを、一つずつ購入し、これまた近所の小さな公園で、ベンチに座って食べることにした。


 冬の寒空の下、コンビニの肉まん。

 黄金の取り合わせである。


 ほのかな罪悪感もまた、よいスパイスになるというものだった。


 さらに守山さんとふたりで、肉まんやあんまんを半分こしたことにより、危うく昇天しかけた。


尊い。


 ここが、楽園だったんだな……。



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