Interlude クリスマス①
アンケート企画の短編になります。
時系列は温泉旅行後です。
こんな夢を見た。
雪が降り積もるいつもの通学路。
歩くのは俺ひとりで、何度も滑りそうになっては、不思議な角度で止まる。
自分が小学生になっているのに気づいたのは、塀が自分よりも高いから。
真っ白だったはずの風景は突然に夜の暗がりに包まれる。
輝くものが何かと思えば、イルミネーションだった。赤、青、緑、黄色。色とりどりの光が、街を彩っている。
そうだ、今日はクリスマスなのだ。
けれども、小学生の俺が帰るのは、真っ暗なままの家で――。
「お・き・ろ!」
「みぞおちっ!」
目が覚めた。
自分がいる場所を確認する。見慣れたリビングルーム。
そこのソファの上に寝転がっていた。
みぞおちに拳をめり込ませているのは、ショートカットでいまいち体の起伏が控えめな女の……子。一応女の子。体のことでなく、よく性格を知っているがゆえに、このような表現になる。
名前は緋村めぐむ。弓道部、好物はプリン。
「今……」
「何?」
「今は、何年何月何日だ?」
「タイムスリップでもしてたのあんた。今は二○××年十二月十七日」
「ああ、そうか」
だから、クリスマスの夢なんて見るのか。
イブの一週間前。
街は完全にクリスマスモードだ。何なら一ヶ月前から、だけども。
「ねぼけてる? ひどい夢見てたっぽいけど」
「ひどい夢、ってなんでまた」
「うなされてた」
めぐむは対面式のキッチンまで移動する。
それからキッチンでポットからマグカップに、お湯を注ぎだした。
「どんな夢?」
「……忘れた」
「そう。まあ、そっちのがいいでしょうね」
湯気を立ち上らせるマグカップを持って、めぐむは俺の前に戻ってきた。
「ほら、これでも飲んで」
「ありがとう。さては偽者だなお前」
「これぶっかけるわよ」
なんだ本物か。
ぶっかけられることなくマグカップを受け取り、一口。
感想を述べねばなるまい。
「甘くもなければすっぱくもなければ苦くもない。中の液体に色もついていない。臭いもしない。ただ温かいだけだなこれ」
「だってお湯だし」
「お湯かよ」
キッチンの戸棚にちゃんとティーバッグとかあるんだけど。
「私がそんなよその家で物がどこにあるか知るわけないでしょうが」
はーやれやれ、とめぐむはテレビ台の扉の奥から、ゲーム機を取り出す。
そのまま流れるような動きで、また別の戸棚に仕舞ってあるゲームソフトを見つけたかと思えば、小腹が空いたのかプリンとスプーンを最短距離で持ってきた。
最後にテレビの正面に位置するソファに座れば、ゲームをやるには万全となる。
「お湯を入れてあげただけでも感謝しなさいよ」
「お前言動がめちゃくちゃだよ」
めぐむの座るソファと、俺の座るソファとは直角の関係にある。
俺から見てほぼ正面の位置で、めぐむがゲームをやるのを見ながら、思う。 言ってることとやってることがこう、おかしい、と。
「というか当たり前みたいにゲームしてるけどさ」
「は? だめ? あたしはこのどうしようもないクズ王子を助ける使命があんのよ」
「うんゲームをやりたいのはわかる。俺が聞きたいのは、来るの早くないか、と。聞いてた話と違うような」
「時間よく見なさいよ。もう十三時過ぎてるでしょ。ぼけてんの?」
「え? いま何時だ?」
ポケットに入れていたスマホを起動する。
すると、確かにめぐむの言うとおり、十三時三十一分となっていた。
「ずいぶん寝ちゃってたな」
「あたしが起こそうとしても起きないくらい、ぐっすりね」
めぐむがこちらを向いてきて、俺の手元のスマホを覗き込んできた。
「その待ち受けは何?」
「何って、見ればわかるだろ。記念写真」
守山さんと旅行に行った時の記念写真である。
ふたりで、浴衣を着て撮ったものだ。
「聞きなおすわ。その左側に映ってるかわいそうな顔のやつは何? って話」
「なんだよいま目の前にいるだろうが。そのかわいそうな顔のやつが」
「いま目の前にある顔より三倍くらいかわいそうな顔のやつが映ってるでしょ」
「そうかあ?」
違いがあるとすれば、表情がこわばっている点くらいのものだ。
かわいそう度が三倍になろうが十倍になろうがそれはどうでもいい。
「隣に映ってるの、あんたの彼女でしょうが」
「まだちょっと信じられないがそうだな」
「いい加減頭から信じなさいよもう二ヶ月でしょ」
「これでも守山さんに『付き合ってるってことでいいんだよな』と確認しなくなったんだぞ」
「あの子がかわいそうだわ」
あと、すべて俺の生んだ妄想なんじゃないかと毎朝疑うことはほぼなくなっている。
「普通、彼女との記念写真なら、キモかろうが何だろうが笑ってるもんじゃないの?」
「緊張と、あとはまあ」
申し訳なさ、が理由だろうか。
「なんでもいいけどね。それより、そろそろクリスマスでしょ。その調子で、ちゃんと考えてんの? あたし巻き込まれるの嫌だからね?」
「そう言いつつなんだかんだ世話を焼いてくれる緋村めぐむなのであった」
「ま・き・こ・む・な、っつってんの! まあそうなったらやらざるを得ないんでしょうけど」
前提条件である、巻き込まれたら世話を焼く、というのは同じだ。
そのあたり、俺みたいなやつにつけこまれるんだよなあ。
まったく、仕方のないやつだ。
「すごくシツレイなこと考えてる気配がするわ」
足の小指を念入りに踏まれるという、めぐむから地味な嫌がらせを受ける。
「クリスマス、ねえ」
あまり、考えていなかった。
あちこちでそういう雰囲気が演出されていて、守山さんという彼女も信じがたいことにいるというのに。
我ながら、なんで意識から消えていたのやら。
これでもイベントごとは好きなほうなのである。
というのは、俺でも楽しい場に混じってても許される気がしたから。
クリスマスといえば、サンタ、キリスト教、イルミネーション、プレゼント。
プレゼント、か。
ほわんほわんほわんほわーん。
~~~~~以下妄想~~~~~
(クリスマスイブの夜。何かいい感じのディナーを食べ終わったところ)
『徹くん。改めて、メリークリスマス』
『守山さん、メリークリスマス』
『あのね、徹くん、クリスマスのプレゼントなんだけど』
『もちろん用意してるよ守山さん』
『ありがとう。けどその前に、私のプレゼント、受け取ってほしいな』
いつの間にかそこには、リボンを巻きつけただけの守山さんが立っていた!
『私がプレゼント、だよ』
~~~~~妄想終わり~~~~~
「うふふ」
「キモい」
横っ面にぬいぐるみがえぐりこまれた。
勢い、ソファに座った体勢から横倒しになる。
「人が考え事している時にお前!」
「キモい。マジキモかった。本気で冗談じゃなくキモかった」
寒気を押さえるように、めぐむは二の腕をさすっている。
「やめろよお前に言われるとちょっと傷つくから……」
「キモく妄想してないで、ちゃんと考えてなさいよ。どうクリスマス過ごすのか」
「クリスマス、クリスマスを、どう過ごすって」
クリスマスといえば、だ。
やはりサンタ、キリスト教、プレゼント。
イルミネーション、ショッピングセール、チキン、ケーキ。
オシャレなレストラン、豪華なディナー。
もっともある種のホテルが忙しくなる時期。
「チキン食べてケーキ食って……終わり?」
「このバカ」
「何を今更」
「言わずにはいられなかったのよ。まあ、別にあんたの考えるとおりでいいんだけどね。キモい妄想は置いておいて」
「まだ何かあるのか?」
めぐむの口ぶりでは、どうもありそうだ。
あと、俺とつながってくることといえば、
「プレゼント、か」
「あんた、普段祭りとかイベント好きのくせに、クリスマスとなるとテンション落ちてない?」
「そう、でもないと思うんだけど」
ただ、言われてみれば確かに。
例えばこれまでバレンタインでテンション上がらなかったのは、はっきりしている。本命チョコ(そんなもの)など、望むべくもなかったから。そのくせそわそわはしてた。
クリスマスも、似たようなものだろうか。クリスマスと恋人のイメージが結びついているから。
けど、クリスマスは神聖なイベントでもあるはずだ。
だから、そういう方面から、俺なら楽しんでいてもいいはずなのに。
やっぱりクリスマスと恋人のイメージが強かったからか。
だとしても、今年は違う。
違うのに、どうして、俺は――。
「プレゼントってのは、正解よ。せめてそのくらいね。あとはちゃんと何を守山さんに上げるか、考えてる?」
クリスマスプレゼントは何がいいのか。
自分のこれまでの経験は、ラジコンだのカードだのゲームだの、おもちゃ方向に偏っている。
もちろんもっぱらもらうほうである。
ただ、あまりうれしい、という感情から遠かった。
クリスマスにテンションが上がらないのと関係がありそうだが。
さらに頭にこびりついて離れない、真っ暗な家のイメージが、答えにとても近そうだ。
「その様子だと、考えてなかったし考えつかなそうね」
確かに考えつかないが、どうすべきかはわかる。
わからないなら人に聞くのが早くて手堅いものだ。
それが俺がこれまでの人生から学んだ数少ない黄金の法則である。
「守山さんに聞けばいい、のか?」
「まあいいんじゃない?」
「けど、何がもらえるかわかってないほうが、うれしかったりするらしい、よな?」
「間違ってはないけどね」
「けど、けど、俺はプレゼントをうまく選べる自信はないし」
守山さんに聞くのがだめなら、めぐむに聞けばいいじゃない。
「めぐむ」
「嫌よめんどくさい」
はっきり頼む前に、めぐむはゲームに復帰してしまう。
「そこをなんとか」
こいつの欲しがるものなら割とわかるんだけど。
C級ゲームでも買ってやるか、プリンでも買ってやればいい。
そうだ、物で釣ろう。
「プリン買ってやるから」
「あんたのプリンは私のプリンよ」
「言い切ったな。いや違う、ただのプリンじゃない」
たけーよ、あとそんな朝早く並べるか、と一蹴した件のプリンがある。
「高藤屋の季節のプリン、数量限定開店後即売り切れと評判」
めぐむの指の動きが遅くなる。
「雑誌のランキング、堂々の殿堂入り。他県から買いに来る人も続出」
めぐむの指の動きが止まった。
「本当に、手に入るのね?」
「徹夜でいく」
めぐむはコントローラを完全にテーブルの上に置いた。
聞く体勢に入っていることは明らかだ。
「しょうがない、付き合ってあげますか」
「ありがとう」
ありがとう、ちょろいめぐむ様。
「決して限定プリンにつられたわけじゃないからね」
「何でもいい、知恵を貸してくださいめぐむ様」
ふん、と鼻を鳴らし、めぐむはその薄い胸に手を当て、どや顔になる。
「任せなさい」
こうしてめぐむとプレゼント選びのためにショッピングモールに行った。
その、モールに行った翌日。
俺は守山さんに軟禁されている。




