第66話 遠野徹の推理
間違って撮った写真には、着物の少女が写りこんでいた。
生贄になった少女が出没するという言い伝えがある場所だけに、冗談になってない。
「守山さん、これ……」
このことを話し合おうと、守山さんのほうを見る。
すると守山さんは少し考えるふうだった。返事までにも、間がある。
「え? あ、何?」
「いやこの写真に写ってる女の子を、どう思う?」
さらにしばらく考えるふうの守山さん。
そして一言。
「うん、怖いね」
「かけらも怖そうじゃなさそうな感じだ」
「徹くん、わたし、こわーい」
「棒読み」
オレの腕をつかまえてくる守山さんは、完全に真顔だった。
これでは心配しているオレがバカみたいというか、いやオレがバカなのは当然として。
「守山さんは、これを何とも思ってないんだな」
「そ、そんなことないよ。いやー、怖い、生贄になった少女が写りこんだのかな。これはやばいよ。よくわからないけどやばい」
「ふわっふわしてるなあ」
「呪われたかもしれない」
「じゃあ、今すぐ帰って、お祓いしてもらおうか」
「それはだめ。ぜったいにだめ」
さっきまで嘘っぽかった口調に、一気に真剣みが加わる。
「守山さん、実はこれが何なのか気づいてる、んだよな?」
「ち、違うし」
「オレは、守山さんに嘘つかれてるのか?」
「違う!」
いきなりの大声に、ぎょっとしてしまう。
すぐに守山さんはうつむいて、言い訳するように言葉をつづけた。
「違う。ううん、ごめん、嘘ついてるというか、その、気づいていないフリをしてたかった、かな」
さて、どうしたものか。
別に守山さんを責めたいのでも、問い詰めたいのでもない。
こうしているだけで罪悪感で心が痛んでいる。
できれば、手放しで守山さんを信じてしまいたい。
けれど、たぶんそれは、きっとものすごく不誠実なことなのだ。
「危険はない、ってことでいいんだよな、これは」
スマホに写る写真を片手に、オレは確認しておく。
ここだけは、守山さんに正直に教えてもらう必要があった。
オレがどうなってもいいが、守山さんの身に何かあるのは、たまらなく嫌だ。
「ない。九十九パーセントない、って断言できる」
「そっか。なら、いいんだ」
「いいの?」
「守山さんにも考えあるんだろうし、その考えがオレに悪いことがあろうとなかろうと、オレは受け入れる」
「徹くん……」
「まあ、さっき質問した手前、できれば教えてほしいけどな」
「かふっ」
胸を押さえて守山さんが前のめりになる。
「あ? いや別に責めたかったわけじゃ」
「わかってる。わかってるから。ごめんね。隠してるのも、本当に大した理由じゃなくて。いや大した理由ではあるんだけど、なんていったらいいか」
「さっき言った通りだ。隠しておきたいなら、それでいい」
「うん……ごめんね。それと、ありがとう」
これで、わかったことは二つ。
一つ、たぶん、この写りこんだ少女は別に危険でも何でもない。
二つ、守山さんにはこのことで何か隠している。
ならオレがこれからすべきことは、何だろう。
「放っておくか、それとも探るか、か」
危険がないなら放っておいてもいい。このくらい、イタズラで済ませられる。
守山さんが隠したがる何かは気になるが、それでも害らしい害がないのも事実。
「普段のオレなら、放っておくんだけどなあ」
だってわかるわけないし。
下手に首をつっこんで痛い目見ることこそ、わかりきっている。
けれど、今回ばかりは、なんとなくとしか言いようがないけれど。
なんとなく、今オレと守山さんを取り巻く謎の真相が、見えてきそうだった。
「守山さん」
「何?」
「ちょっとだけ、この写真のことで、調べてもいいか。旅行中なんで、時間はほとんど割かないつもりだから」
「そうだねえ……いいと思うよ」
守山さんからお墨付きはもらえた。
時間にして、一時間がせいぜいだと思う。本来の旅行の目的から脱線するのは、それが限界だ。
「けど、調べるって、何を?」
「その前に、本当にいいのか? 余計なことしてないかオレ」
「むしろ私が余計だったかな。だいぶ本筋からそれちゃったけど、これでもいいと思う」
「ごめん、もうちょっとわかるように」
「徹くんがそうしたくて、私もそうしてほしい。私が話せるのは、ここまで。徹くん、この女の子が何なのか、ぜひ突き止めてね」
背中まで押される形で、オレの調査は始まる。
といって、別に大したことをするつもりもない。できるつもりもなかった。
「ちょっと、ここの観光地で貸衣装とかやってないかと思ったんだ」
スマホを操作しながら、オレは守山さんに説明する。
「写真に写ってるのは幽霊でも何でもなくて、人間。問題は誰が、なぜ、どうやって、だ。着物が借りたものなら、たどりつきやすい」
「おー、すごいね徹くん」
「いや別に。ん? あー、オレにしてはすごいかもな」
「そういうんじゃなくて。大事なことだよ。地道なことから一歩ずつ。それで、調べてみてどう?」
「うん、一件、ヒットした」
硲写真館。
神庭町で、貸衣装をしている。ホームページの写真の中には、赤い着物を着た少女も含まれていた。
* * *
「ふもとのほうの写真館から、着物を借りてここまで来た人がいるかもしれない、と徹くんは見るわけだね」
「というか、守山さんは別に答え知ってるんだろ。手っ取り早く正解不正解教えてくれても」
「それじゃつまらないと私は思うな。ほら、探偵みたいで、楽しくない? もしくは宝探し、みたいな。ゲーム、みたいな?」
「あー、まあ、ちょっと、楽しい、かもな?」
危険もない。失敗しても何かあるわけでもない。
オレがどういう結果を出しても、守山さんがうまくやってくれるだろう。
情けない話ではありつつ、なるほどゲーム的で少し楽しい。
謎の少女の正体を追え、なんつって。
「で、このあたり、のはずなんだけど」
地図アプリに住所を入力して、温泉街まで戻ってきた。
観光地らしく観光客向けの店が軒を連ねている。
閉店してしまっているところとで半々ではあるが、と思った時、スマホから到着の音声が流れる。
「ここ……?」
店の正面は9割がガラス張りで、通りから中が丸見えだ。
しかし、肝心の中は、ほとんど廃墟と化していた。積まれたダンボールや何かの破片、空っぽの棚があちこちにある。
とても営業しているとは思えない。
両隣にある建物は地図と一致している。
ガラス戸にかろうじて残っていた文字も、硲写真館と読める。
ここに間違いない。
しかし、ここが着物の出所だというのは、明らかに間違いだ。
「写真館をやめて五年……いや十年か?」
「地図に名前だけ、ネットには放置されたホームページだけ、残ってたみたいだね」
「予想、外れたな」
どこか予感していたことではあった。
ここからレンタルした人間はいない。
「けど、ここじゃないってのはわかったね。たぶん、私物だったってこと」
「そうなると、手がかりは……」
途方に暮れる。
特に次の手を考えていなかったし、考えつかない。
「私物ってなると、珍しいよね。写真の着物、けっこう立派そうだったし。今時あんな着物、なかなか」
「――一旦、旅館に戻ろう」
「徹くん? 何か、思いついた?」
「いや、何も。お手上げ。あんまりこのこと考えててもしかたない。素直に、温泉でも料理でも、楽しもう」
「んー、そっか。しょうがないよね。まだ手がかりが足りないわけで」
「守山さんは、正体、わかってるんだよな?」
「というより、私も共犯者なんだ。正直なところ。ごめんね」
「共犯者……知り合い……?」
「失言、だったかな」
わかった。
「たったひとつの真相はまるっとお見通しだ、ばっちゃんの名にかけて」
「いろいろ交ざってる交ざってる。微妙に違うし」
手がかりはすでにもういくつも示されていた。
ここまでくれば、オレでも気づく段階に至っている。
実に初歩的な謎だった。
この答えが正しいと、確信がある。
オレにも謎が解けると直感したのは、正しかったのだ。
満を持して、ずばり犯人を指し示すことにする。
「すべては、守山さんの従姉妹、明日香さんのしわざだな」
「……違うよ?」
自信満々に言い放った犯人指名は、完全に空ぶった。
あるぇー。




