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第65話 神庭の滝の伝説



 前回のあらすじ。

 彼女からいやらしいことをするようにと試練が課せられた。


 これだけ聞くと、うちの彼女が痴女みたいだ。


 ……いや、違うよな? 違うはず。


 ともあれ、当初の目的である滝に行った。

 

 神庭の滝。

 なんでも近くの山には神様がいて、そのお膝元にある滝だという。

 霊験あらたかで、飲めば健康長寿になれるという。

 ただし現在は衛生上の問題があるので飲むことはできない。そのくせ土産店には滝から採った水が売っていた。解せぬ。

 ろ、ろ、ろ過?をしたおかげだろう。そのせいで霊験が抜けると考えるのも、それはそれでありがたみに欠けるのかもしれない。


 雪が降りしきる冬。

 たとえ腹がどんなに頑丈だったとしても、滝から直接水を飲むことはできない。

 なぜなら、凍りついてしまっているから。


「けっこう迫力あるね」


 確か高さ十メートル以上、幅三メートルあったははずの滝は、見た目完全に凍りついていた。

 冬以外であれば、その圧倒的な水量にそれだけで気おされていたのかもしれない。

 けれど、冬に凍りついている滝というのも、それはそれで壮観だ。


「うん、すごい、な」


 すごい。

 そこは間違いない。

 神妙な気持ちになるというか、マイナスイオンどばどばっぽいというか。

 他に観光客がいないだけ、浸ることもできる。


「ただ、えーと」


 観光地に来て、観光スポットを訪れる。

 正解、大正解だ。自然の成り行き、宇宙の法則まである。

 けど、あれ、と思う。


 こんなものなのか?

 あっさりしている。

 すごい滝だねー、で終わってしまう。


 もっとこう、何かあってもいいはず。


「凍る、んだな」


「ちょっとイメージしづらいけどね。凍りそうになっても流れていっちゃいそうで」


「すごいな」


「ねー」


「うん……」


 会話が、つづかない。


 もうちょっと何か、ないのか。

 修学旅行でぼっち京都めぐりしているわけじゃないんだ。守山さんと、来ているんだ。楽しませるというか、感動体験というか、そういうのはないのか。


 観光スポットに行けばいい、という浅い考えのせいで、失敗した、という気になる。


 そして、気づいた。気づいてしまった。


 初デートで、ディズ○ーランドに行ってはいけない理由。

 間がもたないのだ。スマホをいじりだし、気まずい雰囲気にさえなる。

 いくらその場所がすばらしくても、訪れる人間がどういう関係かで、楽しさは大きく変わる。


 観光スポットを訪れても、オレというマイナスが加わると、この有様になるのだ。


「私、来る前に軽く調べたんだけどね」


「ごめんな……?」


「急にまたどうしたの? 発作?」


 もっといい具合に楽しませられる男でありたかった。ありたかっただけだ。

 これからそうなれるかな、オレってやつは。


「よくわからないけど、いいよ。大丈夫」


 守山さんに頭をなでられてしまう。


 この気持ちは何だ。

 もしやこれが、バブみ……!?


「でね、知ってる? この滝にまつわる昔話なんだけど」


「ば、バブゥ」


「もちょっと真面目に聞いて」


「イエスマム」


「昔話。知ってる?」


「昔々あるところにおじさんとおばさんが」


「一気に昔話が近い話に。じゃなくて、昔々、このあたり、神庭村に、親孝行な娘と病気の父親がいました、って話」


「ふふ、もちろん……知らないな!」


「なぜドヤ顔。好き。で、その親孝行な娘は、父親の病気が治るのを願ってたわけ。そんな娘を見かねた山の神様が、その娘の前に現れて、こう言うの。『父の病気を治したいなら、滝から落ちる水を毎日汲んで父親に飲ませるのだ』って。娘は、険しく厳しい山道と村を毎日毎日往復した……」


「山の神様が水を運んでやればよくないか?」


「正論だけども、つっこんじゃだめなやつだよそれ」


「ごめん。山の神様がなぜか女の子に毎日毎日水を運ぶよう迫って、それから?」


「辛らつ。それから? それからは、女の子は毎日水を運ぶんだけど、なかなか治らない。悪くもならないけどよくもならない。だから、女の子は神様に尋ねるの。一体いつになったら父の病気は治るんですか、って。すると神様は、まだ足りない、とだけ答えた」


「もっとコミュニケーション取ったほうがいいと思う」


「そうだけども!」


 ちょっと黙ってたほうがいいな、オレ。


「とにかく、それからも女の子は水を運びました。春も、夏も、秋も、冬も」


「冬も? 氷を割って、運んで、溶かして?」


「氷は割ったろうけど、中の水は流れてるから、そういうことじゃない?」


「へえ。これ、中は凍ってないのか」


 外からは、滝も、川も、完全に凍っているようにしか見えない。

 止まって、時間までも凍りついているかのような、絶対的な冷たさを感じる。


 それでも氷の下は、流れつづけているのか。


「うん。それから、季節が一巡りして、千日経ったある日、父親の病気は治りました。めでたしめでたし」


「山の神様が飽きた?」


「違う! 神様は娘の気持ちを試した? とか、お百度参りみたいなものと思う……そのはず」


「まあ、昔話なら、そういうものか」


「そうそう」


「ふーむ……」


「ちなみに、この昔話にもバリエーションがあるんだよね」


「かぐや姫でもあるよな。不老不死の薬の扱いが違ったりとか」


「この神庭伝説の別バージョン、娘が生贄になったことで父親の病気も治るんだけど。それ以来、この滝の近くでは赤い着物の女の子が幽霊として出るとか」


「思ったよりえぐい! 全然違う話になってるし!」


「あはは」


「ったく、なんだってそんなことに」


「元の話が残酷だから、アップデートされたんじゃないかな」


「あー、なるほど」


 と、話を聞き終えて、気づくことがひとつ。


 こうして観光スポットを訪れて、その場所について話す。

 その会話が少しつづくだけで、来た甲斐が増しているようだった。


 観光地でガイドを頼んでガイドさんの話を聞く効果と同じなんだろう。


 唯一の懸念というか欠点は、オレがするべき話だった、ということだけ。


 オレからも、守山さんが楽しめることを提供したい。

 したくて、頭をひねる。

 中学の修学旅行では、どんなことをしていたろうか。

 きっとそこに、ヒントがあるはずだ。


 土産物屋でドラゴンソードキーホルダーを買っていた、じゃなくて。

 奈良の料理屋でクラスメイトのバカ騒ぎをBGMにぼっち飯をキめてた、でもなくて。

 めぐむが不良どもの血で木刀を染め上げていた……いやこれも違うな?


「徹くん? どうしたの、考えこんで」


 東大寺の柱をくぐる女子の尻を観察していたのも違うし。

 湯上りの女子のいい感じの匂いをこっそり堪能したのも違う。

 奈良のシカにスカートを引っ張られる女子を何食わぬ顔で撮影……そうか、これだ。


「守山さん」


「なに?」


「写真を、撮っても?」


「あ、いいね。撮ろうか」


 オレはスマホを取り出し、守山さんと距離を取ろうとする。


 けれど守山さんは距離を詰めてくる。


「や、守山さん。写真を撮りたいんだけども」


「わかってるよ?」


「近づいてこられると、撮れなくないか?」


「近づかないと、撮れないでしょ?」


 話がかみ合わない。


「二人で、撮るつもりだったんだけど」


「二人で並んで滝を撮る?」


「二人で並んで、滝をバックに撮るんです。私ひとりで写るなんて寂しいでしょ」


 卒業アルバムの思い出でオレが背後霊状態か一人かの二択でしか写ってないことは、黙っておこうと思った。さすがにクラス写真は例外として。


 そういうことならと、テキトウに位置取りをして、守山さんと肩を並べる。

 スマホ以外に道具はないので、なんとか手を伸ばし、インカメラで撮ろうとする。


「けっこうむずいな、これ」


 滝は自然と入ってくるのだけど、オレと守山さん一緒に入ってこない。


「これならどう?」


 と、守山さんが近づいてくる。

 肩と肩が触れ合いそうな距離だ。


 これなら撮れる。


 スマホの画面を確認しながら、撮影ボタンを押す前に、指を止めた。

 守山さんの目が、微妙に細められている。

 雲があるからまぶしいはずはないし、気持ちが表情に反映されているのだと思った。

 挑発的な表情が、何を意味しているのか。


 試練、のことを思い出した自分をほめてやりたい。


 つまり、この近づいたタイミング、体が触れてはいない状況で、試されている。


 ……写真、これだけ近づいてもまだちょっと撮りづらいしね?

 という言い訳をかましながら、オレはスマホを持っていない左手を、守山さんのわき腹に触れさせた。

 抱き寄せて、撮るために。


「んっ」


「すいませんすいません本当ごめんなさい!」


 声を上げる守山さんから、オレはスマホを落としそうになりながら飛びのいた。途中、撮影ボタンを間違えて押しながらも、スマホはキャッチに成功。


 そこから深々と頭を下げた。


「調子乗ってマジすんませんでしたぁ!」


「いやいやいや、こっちこそごめん。わき腹、予想外だったのと、意外と弱いのかも、私」


 口元に手をやって困ったように目を伏せる守山さん、尊い。


「大丈夫だから。ちゃんと心の準備してたら。だから、ちゃんと、撮り直そう?」


「きょ、恐縮です」


 二度目は、先ほどの守山さんの反応が頭に焼きついていて、わき腹に手は出せなかった。出せないままに、無事、写真を撮る。

 念のため、二回、三回と、重ねて撮っておいた。


「ご協力、ありがとうございました」


「まあ、いいですけどね。こっちが覚悟してたら逃げるよね、徹くんて」


「面目次第もありません」


 ご機嫌が完全にナナメっていた。


 それもオレがひよったせいである。


「それで、ちゃんと撮れてる? もう何枚か撮っておく?」


「あー、ちょっと確認する」


 スマホを操作して、撮った写真を画面に呼び出す。


「どう?」


「うん、ちゃんと撮れてる」


 何枚か撮ったいずれもが、ピンぼけもなく、暗すぎることもなく、半目になることもなく、きちんと写っている。


 ぱっぱとスライドして表示すると、守山さんのあえぐような声のために間違えて押したたことで撮れた写真が出てきた。


 えもいわれぬ、切なく悩むような表情の守山さんが、側面からあおるような構図で撮れていて、つい見入った。


 一生残しておきたい写真となっている。

 今年のベスト写真はこれに決まりだ。


「徹くん? 失敗してた?」


「あ、いや」


 覗きこまれ、隠す暇もない。

 ばつの悪い気持ちでいて、誤りそうになる。


「ご――」


「徹くん、これ」


「ん?」


 守山さんが、写真を指差す。


 側面かつ、あおる構図で、守山さんの肩から頭までが写っている写真だ。


 しかし指差されているのは顔でなく、その右横。山の斜面も写っている。


 大事なのは、雪の白と、木の茶で満たされた中に鮮やかに浮き上がる、紅。


 紅色の着物を着た、黒髪の少女が、写真には写りこんでいたのである。



 神庭伝説。

 現代のものでなく、古来のものによると、娘は父親の病気を治すため生贄となった。


 そして、滝の近くでは、その幽霊を見ることがあるという。


 写真に写る着物の少女も、まさか――と。


 振り返っても、少女の姿はどこにもなかった。


 それでも写真には、確かにいたのだという証拠が残されている。








 

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