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第64話 試練?



 K県在住十七歳高校生、ティーティーくんからのお便りです。


 僕には彼女がいます。もったいないくらいかわいくて優しくて天使のような彼女です。

 その彼女から、ある質問をされて困ってしまいました。

 僕はそれに対しどうすればいいのでしょうか。

 その質問というのは、こんなものです。


『どうして私にいやらしいことしないの?』


 HA-HA-HA、ティーティーくん、僕から言えることはひとつだけ。

 そうたったひとつだけさ。


 くたばれチェリー。



* * *



「とおるくん? とーおーるーくん?」


「はっ!?」


「急に遠い目して、だいじょうぶ? やっぱ戻る?」


 どうやらトリップしてしまっていたらしい。

 アフロでサングラスなファンキーラジオDJが頭の中で愉快に喋りだしてた。

 オレと同じくまるで役立たずだったけど。


 ならば、オレはひとりで答えを導き出す必要がある。

 恋人から、どうしていやらしいことをしないのか、質問されたケースの答え。


 こいつは難問だ。

 普通の難易度でも正解できる気がしないのに。


「い、いや、オールブルーさ守山さん。いつだってオレは守山さんの前では鉄人なんだ」


「気合はわかるけど言ってることかなりめちゃくちゃだよ」


「違うんだ守山さん。オレが守山さんをエロく感じてることはちゃんと伝えた……伝え、られたよな?」


「そこはもう十分に。けど、何かしてきたこと、ほぼないな、って」


 そういえばそうだったような気もしてきた。

 本当に、数えるくらい。というか、一回か二回くらいのはず。

 その何倍も守山さんからの接触はあったけど。


「……人目が」


「今は大丈夫だし、これまでもそういう機会、いくらでもあったし、それに」


 もうやめて。

 はじめから守山さんをごまかせるわけなかったのはわかったからもうやめてください。


「作ろうと思えば、いくらでもあった、よね?」


「守山様のおっしゃるとおりでございます」


 合わせる顔がないので、手で覆ってしまう。


「どうしてか、教えてほしいなって。それとも、言えない?」


 これは、もしかすると、あれだよな。

 今ここで、いやらしいことをしなさいと、迫られてるってことでいいんだよな。

 わからない。これが本当に正しいのか、わからない。


 建物と建物の間、狭い裏路地。

 通りにこそ面しているが、まず道行く人が少ない。さらに、オレたちは奥まったところにいるから、覗き込もうとでもしないと発見されない。


 状況は整っている。


 ここで、一線を、オレは越えるのか。越えられるんだろうか。

 越えることはできる。けれど、悪い考えは頭にこびりついている。

 一度、その線引きを超えたら、オレは、守山さんにこれまで以上に、ひどいことをしてしまうんじゃないか。


「言えないなら、いいよ。うん、言いにくいこと聞いて、ごめんね」


 裏路地から、通りのほうに守山さんは出て行こうとする。


 反射的に、守山さんの手首をつかんで引き止めていた。


「徹くん?」


「あ、いや、これは」


 ここで甘えてはいけない。

 コトバにしなければ、と焦る。


「大事に、したいから」


「うん」


「オレ、こんなだからさ。意志弱いし。一回これ、って決めたものさえ守れないのに。その決めたものを、つまり、守山さんにさ、手、出すみたいなこと、出さないって、決めた。それは、オレが弱いから、ただでさえ守山さんにろくでもないことしてるのに、その上」


「ひとつ、訂正」


 守山さんの指先が、オレの唇に触れる。それで、黙らされる。


「私、すっごく、すっごく、幸せだよ。ろくでもないことなんか、とんでもない」


 ただの微笑みが、オレの心臓をわしづかみにする。


「悪い癖。ね?」


「……好きだ」


「私も大好き。愛してる」


 唇と唇が、ほんのわずかな間、触れた。


「ありがとう、ちゃんと話してくれて。ほぼ、完璧に納得できました」


「ほぼ?」


「理解はできたけどね。100パーセント納得には、ちょっと足りないかな。だから、質問を付け加えさせてもらってもいい?」


「もちろん」


「徹くんが、ためらう理由はわかったよ。それなら、いつ、してくれるの?」


「いつ……」


 いつだろう。

 それは、いつかしたい、という気持ちあったけども。


「オレが、ちゃんとしたとこに就職して、安定して十年くらい働いて、家族四人が暮らせるくらいになって、えーとそれから、あとは」


「長い!」


「けど」


「長すぎます。ガマンできません。主に私が。徹くんもガマンできる? 私に、一切、これから十五年くらい? ずっと。ほんとに?」


 ムリに決まっていた。


「ムリだよね。というわけで、この旅行が終わるまでに、徹くんに試練を与えたいと思います」


「オレは予想の斜め下の男だが、いいのか?」


「がんばりも評価に入れましょう。とにかく、試練です」


 変なテンションだ。

 これも旅行のなせる業か。


「徹くんは、旅行が終わるまでに、私にいやらしいことをすること」


「やっぱりムリだそれは」


「もう少し聞いて。要は、徹くんは、エスカレートしていくことが怖いわけでしょ?」


「ああ、まあ」


「じゃあエスカレートしないために、三つの方法があるのです。一つ、ガス抜きをすること。これから先でどこかで爆発しないために。私に手を出すのをガマンしてガマンして、切ない様子の徹くんを見ていくのも私は乙だと思うけど、そこは私もガマンします。ウィンウィン、というわけだね」


「……なるほど」


 なるほど?

 自分で言ってて首を傾げる。


「二つ、いやらしいことといっても、あくまでレベル1くらいに留めること。具体的には、体の一部に十秒間触れるとか。私のセクシーなとこじっと見つめるとか、かな」


「それなら、いい、のか?」


「そして三つ目。私が、徹くんに、約束する。徹くんに、絶対に、私を傷つけせたって、私が思わせない。レベル1より上のことを、徹くんがしっかり納得しない限り、させない。徹くんにかけて、誓う」


「安心……はできないな。他のふたつはともかく、最後のだけは。なんか、守山さん、うぬぼれかもだけど、オレのやること、笑って受け入れてくれそうな」


「今まさに、徹くんが何もしてこないことを、受け入れてないわけだけど?」


 後ろから急に背中を叩かれた気分になった。

 盲点というか、コロンブスの卵というか。


「……守山さんは頭いいなあ」


「光栄です。というわけで、どう? 三つ目は、私、必ず守るから。何しろ徹くんにかけて誓うから」


「おかしな話だけど、説得力は感じる」


「でしょう」


 守山さんは得意げだ。

 かわいくも、頼もしかった。


 オレだって、守山さんに何かしたくないわけじゃない。むしろいろいろとしたい。

 ただそこには大きな心配事があったから、ためらっていた。


 その心配事を、きれいに守山さんは取り去ってしまった。


 わかっていたことだけど、一生、守山さんには敵わないと、改めて痛感する。


「守山さんの試練。がんばってみるよ」


「うん。がんばってね。結果次第でごほうびもあるので、期待しててください」


「ごほうび……だと?」


「内容は秘密。がんばる気になった?」


「もとからがんばる気だけど、やる気は増したな」


「それは何より。それで?」


 何かを待つように、守山さんはくいとあごを持ち上げる。


 具体的に何を待っているのか、期待されてるのか、わからなかった。


 黙って考えていると、守山さんが不満顔になる。


「さっきすぐにできてれば、S評価をあげたのに」


「え!? マジで!?」


「今からでも、評価は落ちるけど、高い評価には違いないです」


 つーん、とすまし顔をそらす守山さんだったが、片目だけこちらを向けてくる。


 挑発されている、やってこい、とせがまれている。


 ……が、すぐに変われるようなら、オレはオレではないというか。


「も、うちょっと、長い目で見ていただけると」


「あはは、ちょっと意地悪しただけだから。旅行の終わりは家に帰るまで、明日の午後までになるから、それまでにがんばってね」


「アイ、マム」


 からわかれていた?

 いやでも、実際、たとえば抱きしめたりしていたら、どうなってたんだろう。


「それじゃ、もうそろそろ滝に行っちゃおうか。冷えるし、旅行に来て立ち話ずっと、ていうのももったいないよね」


 そう言って、守山さんは今度こそ裏路地から通りに出ていく。


 オレはその後を追いかけながら、いつ、どのようなタイミングで、守山さんに何をしたらいいのか、頭の片隅で考えはじめていた。




 

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