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第63話 導入における自己紹介の可否





「徹くんはさ、どうして一緒に来てくれたの?」


 滝までの道すがら、守山さんとオレはのんびりとした調子で話す。

 街にいる時のように、周りの音の種類というのがまるで違う。車の走る音も、人の話し声も、ほとんどないかのような静けさ。それはまるで時間がゆっくり流れているかのようだった。だからこそ、影響されるように、話もそれなりのものになる。


「どうしてって……まさか守山さんの湯上り浴衣姿が見たかったからとは言え――はっ!?」


「言えない? 言ってるけどね」


「さすが守山さん、これが誘導尋問ってやつか……!」


「ひとり楽しそうなとこ悪いけど、わたし何もしてないかなあ」


 勝手にひとりで誘導尋問にはまるのを、何と人は言うんだろう。

 墓穴? 自業自得? 自縄自縛?


「けど、そっかぁ。徹くんは、そんなに、見たかったんだ。私の浴衣姿」


「湯上り浴衣姿をね」


「あ、そこ大事なんだね」


 単なる浴衣姿とは、まったく違う。より高次元の概念だ。

 よく考えてみてほしい。湯上り×浴衣、これの意味するところを。

 もちろん浴衣というのがすばらしいというのは言うまでもない宇宙の真理だ。

 だが少し待ってくれ。そこに、好きな女の子の湯上りという状況が加わったらどうだ。そう、尊さのビッグバンだ。

 ほんのりと火照る頬、わきたつ湯気と色気、ついでにポニテなどあればさらなり(古語)。


「そんなに見たいんだ」


 にまにまして、守山さんがこちらを見ていることに気づく。

 自分で言っておきながら、そういう反応されるとまるでオレが恥ずかしいこと言ったみたいだ。実際そうなのはともかく。


「じゃあ、夜にでも、ゆっくり、ね」


 オレの考えすぎかもしれないけれど、温泉地に来て守山さんの色気は倍増していた。

 ねっとりとした話し方をするのもそう。目つきも、そうだ。


「も、守山さんは」


 話を変えるために、まずオレは口を開き、名前を呼んだ。しかし何も考えてない。


「私が?」


「どうしてそんなことを聞くんだ?」


「んー、と。そうだね」


 人差し指を唇に当て、少し中空を見る守山さん。

 写真に収めたらよい観光紹介の材料になるだろうなあ、というオレの感想は胸にしまっておくとして。


「正直ね、徹くんは、この旅行を嫌がるんじゃないかって思ってたから」


「は? なんで? ようしそんなことするやつぶん殴ってやる。あ、オレか」


「落ち着いて。深呼吸。……落ち着いた?」


「かろうじて」


「うんうん、話進めるね。嫌がるんじゃないかっていうのは、その、ほら」


 歯切れがどうにも悪かった。

 何かその言いにくいことでもあるのだろう。その原因を取っ払うかゆるめるかできればよかったが、原因そのものがオレには気づけない。


「徹くん、私と付き合うの、嫌なんじゃないかって」


「守山さんはオレの理解を超越したことを言い出すからほんとドキドキする」


「ごめん、言葉足らずで。つまりね、徹くん、付き合ってることは秘密にしようって言ってたでしょ」


「……言ったな」


 確かに言った。


 めぐむの入れ知恵とは言っても、選んだのはオレだ。

 責任はすべてオレにある。そのことが、守山さんにおかしな妄想を持たせることになったというのか?


「私がひっついたりするのも、何か嫌そうな時っていうか、避ける時もあって。いろいろ考えて、私、重い女だったかな、ってちょっぴり思ったり」


 思ってても言ってはいけないところだと、オレにもわかる。

 重く感じていたのは本当だ。

 それでも、根本的に悪いのはオレである。守山さんにつりあわないばっかりに、与えられる好意を重く感じてしまう。


 そんなことないと、明るく否定できるほど嘘がうまかったらよかったのに。


「守山さん。えっとな、話半分でぜひ聞いてほしいというか、いいとこだけ聞いてほしいんだけど。うまく、話せないだろうから」


「ちゃんと、聞くよ」


「いやほんと、軽く、な? まず、一番伝えたいのは、守山さんがエロいってことなんだよ」


「突然何言い出してくれてるの?」


「ほらまた間違ったこと言いだすから、だから話半分のいいとこだけを、いい具合に!」


「わかった。なんとか、わかるようにする。続けて」


 よし、深呼吸だ。

 酸素を送り、頭を働かせるのだ。この場にふさわしい国語能力抜群な見事な会話テクニックを存分に発揮し、守山さんを笑顔に導いてみせる。


「オレ、女の子が自己紹介する時が一番エロいんじゃないかと常々」


「旅館、帰ろっか。ついでに頭も診てもらおうね」


「違う違う待って待って!」


 オレの手を引いて、守山さんがUターンしようとする。

 帰ることは問題ないけど、誤解は解いておきたい。

 オレも男だ、高校生ともなれば、女子よりも力が強い。


「大丈夫、どんな徹くんも、私、好きだよ」


 歪んだ作り笑いの意味するところは、実に簡単だった。


「今この時だけは、それが嘘だってわかる! いいから、ちょっと、こっちに!」


 強引に、守山さんを通りから建物と建物の間、狭い通路に連れ込む。


 人ふたりがすれ違うのがようやくといった狭さだ。ここなら、人目を避けて落ち着いて話すことができる。


「いいかな、守山さん」


「初めてが野外なのは、うん、わかった。受け入れる」


「なんにもわかってない!」


 旅行ってやつは人を解放的にさせる。けれどそれにも限度ってものがあるし。

 野生解放にも程がある。


「オレが言いたかったのは、そう、守山さんが、魅力的だっていうことなんだ」


「私がいやらしいって言いたいの?」


「否定しないけどたぶん言いたいことからはずれてるな」


 すべてはエロいとか言い出したオレが悪いのだけど。


「エロい、ってのは言葉の綾というか言い間違いというか、国語能力のなさからくる誤解であって。オレは、相手のことをよく知らないとエロく思えないんだ」


「それここでしなきゃいけない話?」


 建物と建物の間の、人目にややつきづらい場所。とはいえ、天下の往来には違いなかった。


「た、たぶん、今ここでしなきゃいけない話だ。ハウエバー」


「すごく自信なさげ」


 じと目でにらまれるのも、守山さんからならごほうびだ。

 じゃなくて、また話が立ち止まっている。


「たとえばそこに、超絶ナイスバディの美女が水着で立ってたとするじゃん」


「その人ぜったい頭おかしいよ」


 雪の降り積もる野外で水着姿の美女が立っている。

 例えが壮絶に悪かった。


「じゃ、じゃあ今は夏だと考えてもらったとしたら、どうだろう」


「痴女じゃないかなあ、ここ温泉街だよ」


「う、うーん。とりあえずもろもろのおかしい点に目をつぶってもらって、だ」


「つぶりましょう」


「ありがとう。で、オレはその人のことをエロく感じるかっていうと、そんなに感じない」


「それはまずヒくよね。いくら男女平等とはいっても、あんまり性的なことに大らかなのは私、感心しない」


 守山さんのオレに対する数々のアプローチが走馬灯のごとく蘇る。

 言わぬが華ってやつ、なはず。


「じゃなくて、それもあるかもだけど、やっぱり、どういう人か、って知っておきたいんだ。っていうのは、オレの感じるエロスはその人自身の内面と結びついてて、切っても切り離せない。真面目だったり優しかったり頭よかったり、そういう子がエロいかっこうしているのに、興奮するわけだ」


「内面がいい子じゃないと、興奮しない?」


「いやまたそれは別腹なんだけど」


「んん~?」


 あっという間に守山さんに詰め寄られた。

 壁と守山さんに挟まれている状況になる。

 徹知ってる、これ壁ドンってやつだ。

 男女逆だけど。相変わらず、オレと守山さんの性別関係おかしくない?


「ごめんまた話が成層圏に」


「いやいや、いいよ、大丈夫。悪い女の子でも、徹くんはちゃんと興奮できるんだよね?」


 鼻息が気持ち荒くなっている守山さん。ちろりと唇を舐めるしぐさに、大いに危険を感じた。


「けど、さ。やっぱりだな、守山さん」


「いけない子なので聞きません」


 軽く耳を押さえてみせる守山さん。

 とはいえまだ話す余裕は残っている。


「中身がいい子であるほうがずっと、エロく感じるってことで」


「私はさっきから何を聞かされてるんだろう」


「魅力的なこととエロいことってのは、ほとんど同じなんだ」


「最低なこと言ってるって、自覚ある?」


「そんなつもりはぜんぜんない」


「全然かー」


 肩を落とす守山さんに、さらにオレはたたみかける。


「つまり守山さんは世界で一番エロいってことなんだよ!」


「待って、いまものすごく侮辱されたかな私」


「全力でほめてるつもりなんだけども」


 肝心、絶対に外せない場面で外す。それが遠野徹クオリティではあるけれど。

 ここだけは、外したくなかったものである。次がんばろう。


「えーと、はい。気持ちだけは、なんとなく」


「エロいってことをわかってくれたんだな!」


「そこはちょっと、いやしばらく待ってね。いろいろ受け止めきれないから」


 胸に手を当てて、守山さんは深く呼吸する。その吐き出した二酸化炭素をオレは十分の一でも吸い込む。


「よし、落ち着いた。もう大丈夫」



「エロい話してもいける?」


「なんとか。ふたつ、聞きたいことあるんだけどいい?」


「ふたつと言わず何個でも」


「ありがとう。徹くんはお尻を開発されたいって本当?」


「ごめんそこまでの覚悟はなかったかなあ」


 一体どこからその疑問わいてきたんですか。

 マリアナ海溝とかから?


「何個でもって言うから、この際」


「とりあえず答えておくとそんな願望ないから。え? 何? なんで?」


「明日香君がね、まあ嘘だとは思うんだけど、一応、気になっちゃって。あ、もちろん私はね、それが徹くんのしたいことなら、前向きにがんばっていくつもりっていうか、ね?」


「あの人ほんとう余計なことばっか……! ないから、そんなことないから、がんばっていく必要もないから」


 あることないこと、どころかないことしか言ってないんじゃないか。


「じゃあ、次の質問。普通に魅力的だー、って言ってくれればそれでよくない?」


 少し考えて、空を見上げ、白いなあと思い、手を打つ。

 そして、「それな」と指差して納得した。


「なんでエロスと結びつける必要あったの?」


 守山さんの口からそういう単語が出るの、オブラートに包んで表現すると興奮する。

 ともあれ、誠心誠意真面目に答えるターンだ。


「そっちのほうが理由になるし伝わると思って」


「なんて純粋な目をして徹くんてば……」


 なぜか軽くハグされた。


「まあ、熱とか勢いとかは伝わったよね。逆を言えばそれだけだけど」


「やったぜ」


「ちょっとは反省してね。――で、最後の質問」


 尻の開発からエロスと内面の魅力の話につながり、そして今、締めくくりの問いかけ。


 先がまったく読めない。いやもともと読めた試しがないけど。


「どうして私にいやらしいことをしないの?」


 そう、きたか……!



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