第56話 狐塚先輩という人について
「というわけでどうしたらいいと思う?」
コンビニの季節限定栗タルトプリンをむさぼっていためぐむは、ぴたりとその口と手を止めた。
これまで起こったことはあらかた話して、理解してもらえたはずだ。
守山さんと付き合っていることは秘密にしようとお互いに決めたけれど、アンジュや狐塚先輩が妙な動きを見せてたり守山さんがそのことで暴走する心配が高まったりと。
なんというかめちゃくちゃである。
「まさかそんなことになってるとはね……」
髪をくりくりいじり、めぐむはぐらぐらと頭を揺らす。
「あたしのせい? あたしのせい、かー」
「お前のせいってことはないと思うけど」
「んー、まあ、予想できるやつがいるならここに連れてこいって思うけどね」
プリンは完食され、めぐむはソファにだらりと身を投げ出す。
「うわー、もうどうしたらいいのこれ。考えるの嫌になってきた」
「付き合ってるの秘密にするとか、やめたほうがいいか?」
「そうなったら、高校生にして妊娠とかいうことになるけど」
「はははまさか」
「ありえないと思う?」
「ははは……」
十分ありえるところが怖い。
付き合う前でさえ、守山さんに迫られぎりぎりのところまで行ってしまってる。
あちらの親御さんも乗り気っぽい。
「俺がガマンできるかどうかにかかってるのか?」
「悪いけど、本気で迫られてあんたが抵抗できると思えないのよね」
「ああ、できるわけないな」
守山さんを決定的に汚していないのは偶然というしかない。
「全否定するわけじゃないけど、やっぱそんな事態は、当事者とその家族全員が望んでない限り、まだ早いでしょ」
確実に望んでいない人間がいるとすれば、ただ一人。
それは俺自身だ。
将来的にならともかく、高校の時というのはありえない。
「あの後輩ちゃんはいいとして、よ。一番の問題は狐塚先輩よね。地雷を平気で踏んでくるはず」
「知ってるのか?」
「部の先輩から、ちょっとね。簡単に言っちゃえば、オカルトマニアなのよ。ナントカ同好会の会長で、オカルトを求めて日々活動してるっていう。距離を置いてれば無害らしいけど」
「オカルトマニア……それで催眠術、か」
「守山さんと、悪い意味で互角にやれちゃいそうなのよね。いやムリほんとムリ」
ソファにうつ伏せになり、めぐむはむーりー、と手足をばたばたさせる。
「お前でもお手上げってなると、俺が自分でなんとかするしかないな」
「何か考えでもあるの? 嫌な予感しかしないから先に言いなさい」
「守山さんを説得する。プラズマチックな付き合いをしよう、ってな」
「……ハイリスクハイリターンね。あとプラトニック?」
だって他に方法も思い浮かばない。
なんだか本当に、守山さんが暴走してしまいそうな気がするのだ。
「確かに心中エンドは回避できそうだけど」
「心中って、それこそまさか」
「心中は言いすぎた。けどね徹、守山さんはあんたが思ってる以上にアレよ」
「アレて」
「アレはアレよ」
アレって何だよ。
ぼかしたまま、一向にめぐむは明らかにしない。
「あたしも、フォローするって言ったし、守山さんには借りもあるからね。ちょっと、あたしのほうでも動いてみるわ」
「そっか、ありがとう。じゃあスマ○ラしようぜ」
さっそくゲーム機とコントローラーを出してセッティングしていく。
「切り替え早すぎでしょうが。やるけど」
「あ? めぐむが動いてくれるんだろ? ならなんとかなるだろうし、ならなくても俺が何かするより安心確実じゃないか」
「清々しいほどに他力本願かい。まあ、悪い気分じゃないけどね」
「がんばれがんばれめぐむならできるって」
「やっぱちょっとはあんたもがんばれ」
こうしてめぐむにシメられた後、めちゃくちゃスマ○ラした。
* * *
『ナシはつけた』
めぐむからメッセが届いたのは、午後十時過ぎのことだった。
『ナシって何のナシ』
『話はつけた』
訂正がすぐに届いた。これならわかる。
ナシをつけた、話をつけた。なるほどな。
『狐塚先輩のことは半分大丈夫。落としどころは見つけたつもり』
『疲れた。本当に疲れた』
お疲れ、と送る間もなく、爆速で追加のメッセが届く。
『あとの半分はあんたと、守山さん次第』
『半分?』
『一応聞いておくけど、同好会に入るつもりはある?』
どこの部にも所属していないから、同好会に入ることは可能だ。
話の流れからして、狐塚先輩の属する同好会のことではないか。
狐塚先輩も別に悪い人ではない、と思う。
オカルト好きが過ぎるだけなんじゃないかなー、と。
だからといって、やることが正しくなるわけではないが。
『それが必要なことなら』
『最後に決めるのはあんたよ』
『それが、俺ががんばるってことなのか?』
『フォローはするから、まあやってみなさい』
めぐむに整えてもらった状況で、俺ががんばって、問題を解決する。
できないことはなさそうだった。
『帰る』『寝る』『疲れた』
続けざまにメッセが届き、めぐむの疲労度がうかがえる。
狐塚先輩、頭はなんだかよさそうだったし、話も難しかったんだろう。
『お疲れ』とは返しておくものの、さて。
よくやってくれた、というのは間違いない。
めぐむには世話になりっぱなしだ。
今後とも末永く世話になりそうな予感もある。
お中元でも送っておくかなあ。
* * *
さて、狐塚先輩は、翌日の水曜日の放課後、俺が美化委員会を守山さんとやっているところに現れた。
「美化委員会の仕事は、終わったようだね」
非常階段にたたずんでいたらしい彼女は、こちらを見下ろす形で声をかけてきた。
狐塚先輩の言う通り、物置に道具を片付けて、ちょうど終わっていた。
待ち構えていた、ということだろう。
「――あなたは、駅のホームで徹くんをなめ回すように見ていた人!」
すかさず守山さんが俺をかばうように前に立つ。
うーん。なんだこれ。
めぐむ曰く、話はついてるらしいから、大事にはならないはずだけど。
「ほう、あの短い時間でよく覚えていてくれたものだ。認識にいささかの齟齬があるようではあるがね」
「徹くんを監禁したり鑑賞したりして陥落させるつもりなんでしょうが、そうはいきません。私の目が黒いうちには私が代わりにやります」
「欲望がだだもれではないかな?」
非常階段を降りてきながら、狐塚先輩は困惑したような顔をする。
あの、やらないよな? 本気でそんなことやらないよな?
「めぐむ嬢に事前に聞いておいてよかった。虎の尾は、踏みたくないからね」
「めぐむさんが、どうして」
「遠野くんから事情を聞いて、気を回してくれたのだ」
「徹くん、何があったの?」
「俺の口から話すと話がこじれるので黙っておく」
ここはめぐむがセッティングしてくれた状況に乗るのがよさそうだ。
「この後、時間はあるかな。なくても来てほしい。でないと、困ったことになるかもしれないよ」
「脅しているつもりですか?」
「悪い話を持ってきたつもりはない。基本的に私は、謝るために来たのだ」
その割りに演出じみた登場の仕方だったのは、たぶん狐塚先輩がそういう人だからだ。初めて会ったときもそうだった。
「謝罪と、償いを。どうか受け入れてほしい」
頭を下げながら、狐塚先輩は両方の掌を差し出す。
どこかで見たような、完全降伏のジェスチャーだったが、詳しくは忘れた。
「わかりました」
「徹くん?」
「謝られるようなことは、まあ心当たりがなくもないですし。俺ひとりでも、話は聞かせてもらいます」
「ええと、あの、その」
迷いこそしていたようだが、守山さんは俺の手首を握った。
「私も聞くから」
「ありがとう二人とも。では、部室まで来てくれるかい?」
まったく知らない人が狐塚先輩を見たら、うさんくさい笑みなんだろう。
事実、守山さんは表情をこわばらせて警戒しているようだ。
けどなあ。
演出された登場をやり直したり。
自分でした失言をあっさり訂正したり。
少しの間でも放っておかれて会話が繰り広げられるとさびしがったり。
俺ほどでは絶対にないにせよ、ポンコツの気配がする。




