第53話 意外な条件
きみの秘密を知っている。
そんな手紙を受け取り、俺は歴史編纂室に呼び出された。
後輩のアンジュと一緒ではあるものの、呼び出し主の目的は不明だ。
「改めて名乗ろう。私は狐塚玲衣」
仰々しくお辞儀をする狐塚先輩は、なんというか芝居がかっていた。
「ちょっとした同好会の会長をしている。以後、私のことは会長と呼んでくれ」
「手紙を出したのは、狐塚先輩なんですよね」
「いかにも」
鷹揚にうなずき、赤黒い光景の中、狐塚先輩は不敵に笑う。
「きみの秘密を尊ぶため、このように周囲に悟られない手段を取った、のだが」
狐塚先輩の目線が、アンジュへと向いた。
「私の気配りはあまり意味をなさなかったようだね」
「そもそも秘密って何のことです」
「おや、わからない。それともすっとぼけているのかな。だとしたら、その嘘は実に堂に入っている、評価を改めないといけないな」
「アンジュ、アンジュ」
小声で、俺はアンジュに話しかける。
「何ですか遠野センパイ」
「この人はさっきから何を言ってるのかわかるか」
「まさか私が懇切丁寧に説明しないといけないんですか?」
「難しい話じゃないさ」
聞こえていたらしく、狐塚先輩が話に入ってくる。
「私が、遠野くんと守山嬢についての秘密を知っている。話はそこからだ」
俺と、守山さんについての秘密。
それは、実は交際していること、が秘密に当たるのだろう。
しかし、特に危機感というのも覚えない俺だった。
「やっとというやようやくというかいい加減というか、付き合いはじめたっていう認識を私は持っていいんですか」
「ああつい三日前な、付き合うことになった」
「しかし秘密というのは理解できませんね」
「いろいろあったんだよ」
守山さんの愛が重いとか心配だからとか、あえて話すこともないだろう。
「図らずも、アンジュ嬢に秘密がもれることとなったが、そこはあくまできみの不始末だ遠野くん。力は貸すが、責任はきみにある」
うん、よくわからん。
「アンジュ、通訳」
「きちんと狐塚先輩は日本語を話してらっしゃいますよ。そして嫌です」
「ちょっと待ってくれ噛み砕いて話すから」
腕組みして、狐塚先輩は、うんうん悩みはじめた。
「なあ、アンジュ」
「私もう帰って水○黄門見たいんですけど」
「狐塚先輩という人は、ひょっとしていい人なのか?」
手紙のことをアンジュは脅迫まがい、と表現していた。
けれど俺は手紙に対して平然とできていたし、こうして面を向かっても変わらない。むしろより落ち着いてきている。
「さて、いい人かは。人の秘密を握ってどうこうしようとしている人です」
「つまりだな遠野くん!」
「あ、俺にもわかりやすく話す準備できました?」
「言っておきますが遠野センパイは手強いですよ」
「おいおいあんま俺を見くびるなよ。お前の想像の十倍手強いぞ俺は」
「すいません、今日の晩ごはんが何か考えるので忙しいんで想像したくないです」
「聞いて!」
どうも狐塚先輩の心からの叫びのようだった。
「その、私を放ってふたりで仲良くしないでくれるとうれしい」
「ちょっと待ってください。ひどい侮辱を受けました」
「そうですよ狐塚先輩、アンジュと俺の仲がいいなんて、よくそんなひどいこと言えますね。アンジュに謝ってください、ほら早く」
「ご、ごめんなさい……?」
素直なお人だった。
普通の人からいついきなり殴られてもおかしくないと思っているのが俺だ。しかしなんだかこの狐塚先輩は安心感がものすごくある。
ここまでが演技かもしれないが、その可能性はさすがに低い。
「許して、もらえるだろうか」
「いえ、謝って、あやまちを認めてくださればいいんです」
「ありがとう、アンジュ嬢の懐が深くて何よりだ」
「いえいえ」
ささいなすれ違いが、大事にならなくて本当によかった。
めでたしめでたし。
「それじゃ俺はこれで」
「私も暴れんボーイ将軍が」
「ああ、さよなら。気をつけて帰るんだぞ」
こうして、俺とアンジュは、何事もなく歴史編纂室を後にした。
「って待てーい!」
――と、さすがに、そんなわけにもいかないのであった。
話はまだ続いている。
* * *
狐塚先輩から五百円玉をもらって飲み物を三分でパシってきた俺は、歴史編纂室に戻って、イスで座って待っていた狐塚先輩とアンジュに二本のお茶を渡すと、とりあえず立ったままでいることにした。
「遠野くん、きみ、自分の飲み物は?」
「え? あ、これお釣りです」
決して狐塚先輩の手に触れないよう、釣りを返しておく。
「あ、ああ、それで、もう一本買えたはずだが」
「はあ、そうですね」
俺も算数くらいできる。
「すいません気が回らなくて。今からまた買ってきます。何がいいです?」
「じゃなくて、きみの分も買ってきたらよかったんだぞ?」
「何言ってるんですか狐塚先輩、俺の分なんてあるわけないじゃないですか」
急に上を向いてどうしたんです先輩。
「噂通り、いや噂の数倍恐ろしい男だなきみは」
「ははは怖いって言うならもっと怖い人間がいくらでもいますよ」
狐塚先輩というのは素直で実直な上に冗談がうまいらしい。
「先輩がた、巻きで話を進めてください。マジで時間のムダ使いです」
お茶をとっとと飲み干したアンジュは、不満顔でそうのたまった。
「私としたことが。アンジュ嬢を巻き込むようですまないが、その、遠野くんと一対一で話していてはどうも今日一日あっても足りそうにない」
「狐塚先輩」
ここは、俺が釘を刺しておかねばなるまい。
「う、いや、また遠野くんには失礼なことを言ったな」
「きっと一日でも足りません。一週間でも怪しいです」
「何がきみにそこまでさせるんだ……?」
あえて言うなら神様に憎まれてるからでしょうか。
神様は俺にろくなものをお与えにならなかった。
「いや、時間をいたずらに浪費する気はないとも。それに簡単な話だ。私は遠野くんが、守山嬢と付き合っていることを知っている」
「そのようですね。けど、秘密には、してくださるんですよね」
でなければ、この場をセッティングした意味が見つからない。
とっくに秘密をあちこちに触れ回っているはずだ。
「さて、どうかな」
「そんな!」
付き合っていることが秘密でなくなったら、守山さんはどうなるんだ。
「そう不安がらなくていい。いや、この程度でそこまでうろたえていては、この後がもたないぞ、と言っておくべきかな」
顔の前で指を組み、狐塚先輩は両ひじをついて不穏な雰囲気をかもし出す。
「私はこの秘密の裏に潜むさらなるきみの秘密を知っている」
「ひ、秘密って」
まさか昨日のデートのことか、それとも守山さんの家にお邪魔したこと。さらに遡って風邪引いたときに家で看病されたとか……?
「以前から、遠野くんと守山嬢のことはほんの少しだが知っていてね。そのふたりが付き合うというのは、面白い組み合わせだ。失礼な話だが、月とスッポン、美女と野獣みたいなもので」
「聞き捨てなりませんね」
「そう怒らないでほしい。もののたとえだ」
「守山さんにあんまりにも失礼じゃないですか!」
黙って俺のことを指差し、狐塚先輩はアンジュに何かを無言で訴えていた。
「この先輩は守山先輩のことを崇拝してるんです」
「ずいぶん先進的なようだね。というか歪んでいる」
「まあスルーして話の続きをどうぞ。どうせ何もできません」
「そう、なのか?」
「俺に何かできると思ったら大間違いですよ狐塚先輩!」
「私が言うのも何だが、強く生きたまえよ、遠野くん」
怒っていたらはげまされてしまった。
まったく世のコミュニケーションは俺には難しすぎるぜ。
「とにかく、遠野くんと守山嬢のことをよく知るっていくうちに、私はさらなる秘密に気づいたのだ。そしてこれは、私がきみの秘密を胸にしまっておく条件にも関わってくることだ」
「胸に」
思わずつぶやいた矢先、またも脇腹をアンジュに突かれた。
膝をついている間に、狐塚先輩とアンジュの間で話が進む。
「そろそろ端的に、結論だけ、言ってもらえますか」
「そうだね、そのほうが早そうだ。本当は順を追ってきっちり話すのがいいんだろうが、今回は特別だ」
遠野くん、と狐塚先輩が俺の名を呼ぶ。
声のトーンが下がっており、真剣みが確かに増していた。
秘密を守る引き換えに出される条件。
それは大抵、秘密が重いものであるだけ、厳しいものとなる。
ならば、狐塚先輩から出される条件は、
「私に、催眠術を教えてほしい」
なるほどバカげたものだった。




