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第51話 きみの秘密を知っている

 日曜日のデートは成功に終わったと思う。

 それというのも別に俺のおかげでなく、守山さんのおかげだ。

 むしろ守山さんとデートしておいて失敗するやつのほうがおかしい。まあそのおかしいやつが俺になることうけあいなのは放っておいてほしい。


 タイツの伝線事件からレストランでのケミカルドリンク騒動、毒々しい色のネオンに彩られた大人版シンデレラ城への入城未遂、とその後も盛りだくさんではあった。

 あったが、成功は成功だった。


 無事……うん無事に、月曜日の朝を迎えることができた。


 デートをして、守山さんも満足してくれたと思う。

 俺も、死ぬ時に思い出したい記憶コレクションが増えた。


 とはいえ学校では、俺と守山さんの繋がりは美化委員会のみということになる。


 付き合っていることは秘密だ。


「おはよう、徹くん!」


 付き合っていることは秘密なのだ!


「あれ、どうしたの徹くん。おはよう、元気ない?」


 付き合ってることは秘密って言ったじゃん!


 下駄箱で守山さんとちょうど鉢合わせるのは普通のことだ。

 けどこうして、元気よく名前を呼んであいさつするのは不自然になる。


「――どうしたの、莉世。なんで遠野のこと名前で呼んでんの?」


 さっそく、そばにいた守山さんの友人の杵島さんが不思議がっている。


「え!?」


 硬直した守山さんに、俺はフォローも入れられない。


「おはよう」


 せめて何事もなかったように、急に女子に話しかけられた陰キャらしく、というか守山さん以外にはいつもそうなってしまうように、目も合わせずぼそぼそとあいさつを返す。


 俺の立ち去ってからすぐ、鈍い金属音がして、


「莉世!? ちょっと頭大丈夫!? 貧血、低血圧?」


 どうやら守山さんが下駄箱に頭をぶつけたようだった。


 ごめん。

 けど、秘密にするって言ったからには、距離感ってあるし。


 席につき、一安心する。

 が、すぐに不安になってきた。


 スマホを持ってトイレに向かい、個室で守山さんにメッセを送っておく。


『付き合ってることは秘密だったよな』


 送った後で、責めてるみたいな文章になってることに気づいた。


『ごめん、違くて』

『責めてるわけじゃなくて』

『ただ、俺のことは学校ではゴミクズみたいに扱ってほしいんだ』


 改めて、自分の文章を読み返してみる。


 ドヘンタイみたいな文章だな。


 守山さんに責められたいマゾヒストキモメン……悪くない、むしろいい、いや畏れ多かった。


 送ったメッセに、なかなか返事はこなかった。

 クラスでの朝の会話に忙しいのか、そもそもメッセに気づかないのか。


 それともさっそくゴミクズみたいに扱ってくれてるんだろうか。

 だとしたら罵倒とブロック通知が届いてきてしかるべきだ。

 やっぱり守山さんは甘い。


 気づいていない、というのが一番ありそうだ。

 学校でのスマホ使用は禁止されており、多くの生徒は鞄にしまい込んでいる。



 どのみちメッセは返ってきそうにないし、予鈴も鳴ったため、トイレを出た。


 教室に戻ると、守山さんが入り口のそばで立っている。


 一瞬、俺と目が合ったものの、すぐにそらした。


 あっこれ地味にダメージくるやつ。


 自分のしでかしたことの意味についても、すぐわかった。

 わかっていても傷つく。


 けど、ショックでうずくまってもいられない。

 他の人からすれば、いや俺自身からしても、本来この反応は当たり前だ。

 何気なく、守山さんのそばを通り、教室に入ろうとする。


 そのすぐそばを通る時、一瞬の隙に、守山さんの手と何かが俺の手に触れてきた。

 しかし立ち止まらず、自分の席に戻った。


 さながらスパイ映画のごとく、そっと何かが手渡されたのだ。

 きっと誰にも知られないようにしていたのだとは俺にもわかる。


 それは、ルーズリーフの切れ端を折り畳んだ手紙だった。

 机の下でこっそり広げ、内容を確認する。


『私のほうこそごめんなさい。大丈夫、がんばるから』


 メッセで送ってきても、何ら問題ない内容だった。

 逆にメッセで送ってもらったほうが、手紙の受け渡しをするより周囲にバレない。


 けれど、手紙のほうが温かいと感じることもあるのだ。


 ごめん、そしてありがとう。


 ……俺がもっとまともなやつだったらなあ。



* * *



 朝から放課後まで、守山さんはがんばっていた。


 がんばって、俺の名前を呼ばないようにしたり、手を握るのを直前でこらえたり、昼を一緒に食べようとするの思いとどまったりしていた。


 そうしたことがあっても、クラスメイトたちは完全にスルーである。


 まったく、俺みたいなろくでなしが相手でなければ、クラスメイトに勘ぐられるところだ。ろくでなしが相手でさえなければ守山さんも交際を秘密にすることもないのだけれど。


 ともあれ、放課後。


 中学の時の癖で、下駄箱の靴の中身を確かめておく。

 この高校に入ってから何もあったことはないのに、癖というものは抜けない。


 しかし今日だけは、確かめておいてよかったのだと思う。

 でなければ、たぶん気づかずに履いて帰っていた。


 ルーズリーフを折り畳んだ手紙が、靴に入れられていたのである。


「まさか、不幸の手紙、だと……?」


 この二十一世紀に、ありうるんだろうか。

 まあ不幸の手紙でなくても一言『キモい』と書かれているってこともある。

 守山さんに優しくされて調子乗ってると感じた誰かがいたのかもしれない。


 我ながらなまぬるい想像をするようになったと、おかしくなった。


 果たしてその内容は、

 

『きみの秘密を知っている』


 んん?


 秘密って、どれのことだろう。


 人に言えない恥ずかしいことなんか人の百倍はある。


 手紙には、『放課後、歴史編纂室に来るように』ともあった。


 歴史編……なんて読むんだ。


 あとどこにあるんだそれ。


 職員室で聞けばいいかと、北校舎一階に向かった。


 すると、途中の職員用トイレから出てくるアンジュを見かける。


 目代杏樹めじろ・あんじゅ、正論眼鏡マシーン後輩だ。


 目をはらし、猫背になったアンジュは、いかにも何かあったようだ。

 俺のことに気づいているふうもなく、眼鏡を上げて目をこすっている。


「なあ歴史編ナントカ室って知ってるか?」


 眼鏡をかけなおしたアンジュは周囲を見回してから、


「もしかして私に聞いてますか、先輩」


「お前、俺が他の後輩に声かけれるようなやつだと思ってるのか。照れる」


「できれば私、放っておいてほしいんですが」


「お前、俺が事情を察して気遣えるやつだと思ってるのか。ますます照れる」


「この……」


 その先の罵倒は、アンジュも飲み込んだようだった。


 えらいえらい。


「何だアンジュ、えらすぎるな」


「はあ?」


「俺相手に罵倒をやめるとは、さてはお前守山さんに次ぐ聖女だったりする?」


「キモい、マジでキモいですこのチンカ……先輩」


「おいもしかしてとんでもないこと口走りかけたか」


「もう先輩とは口を利きたくありません」


「歴史編ナントカ室の場所を教えてくれるまで、俺はお前につきまといつづける」


「ウッザ……!」


 サッカーのディフェンスの要領で、アンジュの前に立ちはだかる。

 スライディングされまくった粘着ディフェンスは伊達じゃない。


「歴史編ナントカ室って……歴史編纂室れきしへんさんしつのことですか」


「たぶんそれだ」


「歴史編纂室は、南棟の一階の西端にある、倉庫みたいな小さな教室です。これでいいですね」


「西ってどっちだ」


「ここが北棟で、南棟が山に面してるほうの校舎ってことを考えてください」


「つまりあっちか」


「そっちは東です。よく高校に受かりましたね。尊敬します」


「俺を尊敬なんかするなよ、実はいいやつだったのかアンジュ」


「実はも何も善人のつもりですが、というか嫌味ですよ気づいてください」


「俺に嫌味が通じると考えるなんて、見くびってもらっちゃ困るな」


「日本語がめちゃくちゃです」


 あきれたように目を閉じ、アンジュは俺から逃げようとし、


「おっとまだ話は終わってない」


 粘着ディフェンスは、俺を蹴り倒すことでしか破れないであろう。


「何なんですか先輩。よりによって先輩に構われたくないんですが」


「歴史編纂室に案内してくれお願いします」


「嫌ですよ。いくら先輩でも場所わかるでしょうに。そもそも、何の用があって」


「あー、手紙をな、もらったんだ」


「しもっちゃんから、ではないですよね」


 しもっちゃん、というのは、アンジュの親友であり、どうも俺のことが好きだったらしい後輩のあだ名である。

 守山さん同様、謎を残している人物だ。


「違うと思う。ルーズリーフを折り畳んだ手紙だった」


「それは、違うでしょうね。手紙で呼び出されたんですか?」


「俺の秘密を知ってるから歴史編纂室に来るように、ってな」


「脅迫じみてますが、だから私についてきてほしいと?」


「いや歴史編纂室の場所がわからん」


「だからさっき教えたでしょうが――!」


 俺とアンジュの攻防は続く。






5月12日も更新します

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