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第50話 猫カフェにて



 目的地というのは、まあ、猫カフェだ。


「わあ……!」


 感激したらしい守山さんは、出窓で遊ぶ二匹の子猫に吸い寄せられていた。


「かわいい、かわいいね徹くん」


 守山さんのがかわいいよ、と俺が言っても気持ち悪いので黙っておく。


「人に教えてもらったんだ。それに、守山さん猫好きだって聞いたことあったし」


「うん、好き! けど、話したことあったっけ?」


「教室で盗み聞きしてました本当すいません……」


 休み時間にはほぼほぼ寝てるフリしている俺だ。

 すると、クラスの話を盗み聞きしてしまうことになる。

 守山さんに告白されてから、意識せずにはいられなかった。

 なので声が聞こえると、聞こうとしてしまっていたというわけだ。


「気持ち悪いよな金は出すから一人で楽しんできてくれるとすごくありがたい」


「だ・め・で・す」


 俺の手を握り、守山さんが猫カフェへと俺を誘ってくれる。


「一緒に楽しんでくれないと許しません」


 俺の彼女が優しい上にかわいすぎて死にそうです。


 猫カフェというところに初めて来るけれど、動物を扱うところだけにルールもしっかりしているようだった。

 基本的なありかたとして、同じ空間に猫がいるというだけらしい。

 追いかけたりするのはもちろん、抱き上げたりするのもNG。消毒など衛生面にも気を遣い、猫に負荷を与える可能性があることをすれば店から出ていってもらうことになるという。

 初めてなので五分か十分説明を受けた後、飲み物を注文して、ようやく腰を落ち着けることができた。


 店内はといえば、明るめの色調を用いるとともに、和風建築の趣きがあるデザインがなされていた。座るテーブルや、飲み物のコースターひとつとっても、一貫している。


 もちろん、猫カフェであるだけに、ぱっと数えただけで七匹の猫がいた。


「この、目の前にいるのに触りにいっちゃだめって、なんとももどかしいね」


「『猫はただ一緒の空間にいるだけです、お客様のペットではありません』」


 メニューのポップに書かれている文言を改めて、俺は読みあげる。

 なんだか意味深な内容だ。いやそのままの意味なんだろうけど。


「人も猫もケガしないように、ってことだから、しょうがないよな」


「触りたい、なのに触れない。まるで付き合う前の徹くんみたい……」


「そう、だっけか?」


 守山さんと関わるようになった日、まだ付き合う前のこと。

 落とした消しゴムを拾ってもらい、手渡された時、がっつり触れていたことを思い出す。


「そうだよ? けどこれからだって、いつでもべたべたしてるわけにはいかないんだよね。付き合ってるのは秘密、なんだから」


 守山さんがスキンシップの激しい人だったとしても、俺相手にはするはずがない。

 少なくともクラスメイトにはその理屈は通用しないだろう。


 ほどなくドリンクが届くとともに、猫用のおもちゃを貸してもらえる。

 守山さんには猫じゃらし、俺にはゼンマイネズミが渡される。

 購入できるものもあるそうだが、とりあえずこれらだけで楽しむことにした。


「おいでー、おいでー」


 猫を呼んでみるものの、猫は守山さんのところにやってこない。

 他の客のところか、キャットタワーに避難するか、猫用の休憩部屋に入っていってしまうか、だ。


「う、呼んだだけじゃ来てくれないものだね。ノワール、ブラン……」


 壁には店の猫の写真と名前が張り出されている。

 さっきのは黒猫と白猫の名前だが、いちいち俺は壁の掲示と猫を見比べないとわからない。


「あんま構おうとすると嫌がられることもあるらしい」


 メニューに書いてあった知識を、俺は守山さんに伝える。


「じゃ、じゃあどうするの。この猫じゃらしはどうしたらいいの?」


「基本的に待つ。すると寄ってくる、こともある」


「なんというか私のしょうに合わないなあ」


 すごくそんな感じがする。

 追いかけるタイプなのはわかりきっていた。


 そして、早くも守山さんは焦れていた。

 あれでは猫のほうも警戒して、時間までずっと寄りつかないかもしれない。


 こういうところも店だから、あまり客と猫が触れ合わないようであれば、店員が気を回してくれるらしい。

 もっともこの事実を知らせないほうがいいと伝え聞いているので、しばらく黙っておく。


 一方で俺のほうはといえば、完全に心の壁みたいなものが発生していた。

 対猫バリヤー。

 効果は猫が俺を中心にまるで近づいてこないこと。解除はできない。

 もしかして守山さんのところに猫がこないのは俺のせいではなかろうか。


「俺がいないほうがいいんじゃないかこれ」


 昔から動物に嫌われるというかケガさせられるほうだった。

 おかげで犬とウサギとハムスターはいまだに苦手だ。

 全部から噛まれたことがある。


「私は、徹くんさえいれば猫がいなくても構わないよ」


「猫カフェに何しに来たかわからなくなるから少しは気にしてくれる?」


 猫のいない猫カフェはただの高いカフェである。


「徹くん、猫は苦手?」


「苦手っていうか動物全般に嫌われてるような」


 試しにダンボールでくつろぐ猫に向けて、ネズミのおもちゃを発進させる。


 毛を逆立てて威嚇された。


 平気、いつものことだ。


「それは徹くんが向こうを怖がってるからじゃない?」


「苦手意識は確かにあるけども」


「怖がるんじゃなくて、受け入れてみればどうかな」


「受け入れる、かあ」


 じっと、隣のテーブルで人の足にまとわりつく灰猫を見つめてみる。

 瞬く間に逃げられた上に、隣のテーブルの人から軽くにらまれた。


「まだちょっとかなり大分早いみたいだ」


「んー……」


 これにはさしもの守山さんも苦笑いだった。


「じゃあ、私で慣れてみよっか」


「待って何の話?」


「目を合わせて、先にそらしたほうが負けね」


「何の勝負これ」


「はい、スタート」


 いつの間にか勝負が始まり、つい、俺は守山さんの眼を見た。

 一秒で決着がついた。


 もちろん俺の負けである。


「はい、私の勝ち」


「何においても守山さんの勝ちだよホント」


「ひとつだけ確実に、私が徹くんに負けたポイントがあるよ?」


「……ネガティヴ度」


「ぶー」


「最下位を取った回数」


「ちゃんと、徹くんが誇れるところだよ」


「……中学の皆勤賞?」


「そこは素直にすごいね。けど、私の考えてたものではないです」


「降参、わかりません」


「正解はね」


 ふっ、と守山さんは口元をほころばせる。


「私のほうが先に好きになったこと。惚れたら負け、って言うでしょ?」


 そういうことかー……そっちかー。


 確かに、勝っているのかもしれない。

 けど、どうしたものか、すごいにやにやしてしまう。


「照れてる」


「そんなことはない。あるけど」


「どっち――ひゃっ」


 かわいい悲鳴を守山さんが上げ、足元に目をやる。

 足元、タイツ越しに子猫が足に顔をこすりつけていた。


 うらやまけしからん。


「き、来たよ徹くん。どうしよう!」


「どうしようって、されるがまま?」


「はあああああかわいい、これはいけない気持ちになる……」


 しばらく守山さんは猫を足にまとわりつかせ、それから猫じゃらしで興味を引こうとしていた。


「ほらほら、おいでー」」


 すっかり俺は猫でなく守山さんをガン見していた。

 猫とたわむれる守山さん、良い。

 ここをデート場所に選んだのは大正解だった。

 選んだというか、選ばされた点には目をつむろう。


 その三毛の子猫は、守山さんにじゃらされるがまま、膝にまでのぼる。


「やった、やったよ徹くん」


 両手、もとい両足で子猫は猫じゃらしをつかみにいく。

 見事に守山さんは猫と遊び、楽しむことに成功したわけだ。


「楽しんでくれてるようで俺もよかった」


 猫カフェは偉大、猫は偉大なり。


「そ、そう? んっ」


 あえぐような守山さんの声に俺がうぶ毛の立つ感覚を覚えたのも一瞬。


 膝の上で遊んでいた子猫が猫じゃらしを求めて飛びはねている。

 それだけならいいのだが、守山さんの御山に猫パンチを繰り返しだしてもいた。

「こら、えっと、こらっ」


 子猫に強く出ることのできない守山さん。

 何しろ原則お触り厳禁というルールなのであるこの店。

 しかりつけるくらいしか、できそうなことがない。


 ところで子猫ちょっとそこ変われ。


「徹くん?」


「え、いや、その」


 子猫をやり過ごし、俺の様子に気づいたらしい守山さんは目を細めて、


「もしかして、うらやましいのか、にゃ?」


 そう問いかけてくるのだった。


 正直、たまりません。






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