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第49話 変装とストーカーと先輩



「変装って言っても、別人になろうってわけじゃないよ。別人に見えるかもだけど」


 基本的にはありもので、印象を変えることこそが重要であるらしい。

 また、場所と服装、髪型によって、人は他人を見分ける助けをしているとも。


 学校の外で私服のクラスメイトと会うだけで、印象も変わるし誰なのか判断がつけづらい。


「不自然にはならないよう、けれど印象を変えるってこと」


 こうして、守山さんの変装講義実技編は始まった。

 髪型を変え、眼鏡をかけ、服装に小物でアレンジを加える。やっていることも変化も小さなものであり、俺としては道中かなり不安だった。


「やっぱりサングラスとマスクあったほうが……今からでも買って装備したほうがよくないか?」


「それやっちゃったら完全に不審者だよ」


 俺の変装はといえば、帽子と伊達眼鏡、それにマフラーくらいのものだ。

 けれど守山さんはもっと簡単で、ただ髪型をお下げにしただけだった。


 話し声で注目されないよう、俺も守山さんも小声で話す。


「けどこれで本当に大丈夫なのか?」


「心配ないって。ほら、ゆったり構えて。そわそわしてるほうがバレるよ」


 電車のボックス席で、俺と守山さんは並んで座っている。

 幸いこれまで声をかけられることもなく、俺も見知った顔を見かけなかった。休日でもごった返す隣駅に行けば、もう見つかる心配はない。


 安全圏の隣駅まで、あとものの三分くらいだ。


「万が一、知り合いに声をかけられたら」


「かけられたら?」


「俺のことはストーカーとして通報してくれると助かる」


「ここまで堂々したストーカーもいないと思うけど」


 隣にぴったりくっついているストーカーは今日び、いやいまだかつて、そしてこれからもいないだろう。

 マジにガチに怖すぎる。

 そいつもうストーカーじゃない、もっと危険な別の何かだ。


「だがその異常に堂々としたストーカーに、俺はなる……なってみせる! 気持ち悪い振る舞いなら得意だからな、任せてくれ」


「キメ顔で言い切ってもらったところアレだけども、すごいムリあるよ」


「なら俺が催眠術で操っていたとか」


「やっぱりムリがあるかな」


 あなたはだんだん私が好きになーる、なーる、なーる、と守山さんがふざけたように指を回してみせる。


 とっくに好意の限界値振り切ってるんですがそれは。


「けど、じゃあ、バレたらどうあってもごまかせないのか」


 諦めとともにため息をつく俺に、守山さんは軽く肩を当ててきた。

 思わず俺は逃げようと体を傾けたけれど、通路に立つ人に迷惑もかけられず、守山さんと肩を寄せ合うことになる。


「そのときはそのときで諦めようよ」


「心配でたまらないんだよ」


 守山さんの危うさに歯止めをかけたい気持ちもある。

 そして、守山さんを大事にしたい気持ちもある。


 むしろ根っこにあるのは、大事にしたい気持ちのほうだ。

 俺自身がどうなろうが、守山さんが理由なら構わない。


「俺がどういう気持ちでも、守山さんがどれだけ構わなくても、周りに、俺なんかと守山さんが付き合うなんて、って思うやつはきっといるから」


「そう思う人のほうが、絶対に悪いよ」


「悪いかもしれない。けど、当たり前に起こることだと俺は思ってる」


 自分のことながら笑ってしまうほどだけれど、それでもたぶん、生まれて初めて、何としても成し遂げると決めたことだ。

 守山さんのことを、大切にする。

 それは決して、守山さんと結ばれることと、イコールではない。

 イコールにできるだけしよう、というだけだ。


 腕を取られ、俺は守山さんに腕だけ抱きしめられる。

 おそろしくやわらくて気持ちいい感触に脳がトランス状態になる。

 頭がフットーしちゃいそうだよおおおおおおおお。


「真面目な話をするから、真面目に聞いてね」


 はい。


 顔を引き締めにかかるが、しかし頭の九十九パーセントは守山さんのおっぱいのことしか考えられていない俺だった。


「私は、絶対に、徹くんと別れたくないです」


 この人は、心でも読めるんだろうか。

 いや、それなら俺の頭の中がおっぱいでいっぱいなこともわかり、蔑みの視線を向けてきているはずだ。

 あくまで想像。

 それでも、本当に、うれしいことを言ってくれる。


「さ、この話はおしまいにして。デートを楽しも。ね?」


 電車の速度が下がりはじめ、慣性が働きだす。


 停車と同時に、守山さんが俺の腕を離し、そしてふたり一緒に電車を降りた。



* * *



 電車の中でも見知った顔がなければ、駅のホームでもなさそうだった。


 終着駅でたくさんの人が降りる中でのことではあるが、とりあえず一安心、と思いかけたところで、はっとする。


 駅のホームの反対側には、ローカル線のための乗り換え電車が停まっていた。

 廃線はないにせよ赤字がひどいことで有名で、それというのもつまり乗る人間が距離や運行時間に対して少ない。


 今日この時間も、乗り換え電車に入っていく人の数は、両手で足りるほどだった。

 そこで、俺は立ち止まってしまう。

 その少ない乗客の中で、こちらを見てくる女性に気がついたからだ。

 乗り換え電車に半分足を踏み入れているけれど、半分はホーム側に体を残し、こちらの顔をじっと見てきている。


 だが、俺にはその女性が誰なのかさっぱりわからなかった。

 同年代ではあると思う。


 一言で、凛とした美少女、といった感じだった。

 セミロングの黒髪に涼やかな目つき、そしてジーンズとミリタリー系のジャケットというラフさ。

 明日香さんと同系統のタイプの美人ではあるが、彼女のほうが、中身を知らないからかもだが、ずっと上品っぽかった。あと胸がでかい。


「徹くん、どうしたの?」


 立ち止まった俺を不審に思ったのだろう、数歩先を行っていた守山さんが声をかけてくる。


「あ、いや」


 遅れて、自分のしていたことのまずさに気づく。

 俺に見覚えがなくても、あちらがこちらに見覚えがあったら困る。

 あの少女が学校でこちらを見知っていた、という可能性だってあるのだ。


 視線なんか気にせずさっさと行ってしまうべきだった。

 とっくに手遅れかもしれないが、俺は「なんでもない、行こう」と守山さんに答えて、その同じ学校かもしれない少女から顔をそらした。


 歩きだしてすぐに、隣の守山さんに尋ねておくことも忘れない。


「守山さん、さっきの人知ってるか?」


「ホームで徹くんのことをなめ回すように見てた人?」


「なめ回すようにだったかはともかく、そうだな」


「ううん、知らない。けど顔は覚えた」


 後半それは何を意味するんですか守山さん。


 ホームから地下への階段を降り、改札へと向かいつつ、守山さんと俺は話す。


「さっきの人が同学年、ってことはないはずだよ」


「あの感じだと後輩ってこともないから……先輩だな」


「けど先輩の可能性だって低いんじゃない?」


「それはまたどうして」


 改札にうっかりひっかかりながら俺が訊くと、守山さんはわかりやすく説明してくれる。


「先輩なら、徹くんのこと知ってる可能性はそんなないでしょ? 接点は、体育祭か、委員会?」


「俺、悪目立ちする自信だけはあるぞ」


 後ろの人に謝ってから、改札を抜け、守山さんと合流し、地下道を行く。


「だとしても顔をよく覚えてるかな。それにいま変装してるわけで」


「だからこそ確信するためにじっと見られてたんじゃないかと、俺は思う」


「うーん、でも結局、三年の先輩がどうこうしてくることもないんじゃない?」


「それは……そうだな。確かに」


「私は、あの女の人が徹くんのことを一目で見抜いて気に入っちゃった、という可能性のほうを推します」


「……ないな。絶対にない」


「いーえ、あります。徹くんは私のです、って今度会ったらはっきり宣言しておく必要があるね」


 地下道から地上への階段を上っていく。

 人工の明かりから太陽という天然の明かりにさらされて、ちょっとまぶしくなる。


「それで徹くん、今日はどこに連れてってくれるの?」


 しかし何よりまぶしいのは守山さんの笑顔だった、なんていうのはキザすぎるだろうか。


「――猫カフェ」




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