第48話 ドキドキ
「守山さんと付き合ってることは、秘密にしておきたいんだ」
「うん」
「それで、守山さんのことは大事にしたいんだ」
「言ってることはなんとなくわかるけれど、なんでそんなこと言うの?」
リビングのソファに座って、俺は守山さんとこんな会話をする。
守山さんに感じた危うさから始まった話なのだけど、その始まりを話せない。
話したら、余計にこじれる気がする。
もうすでにだいぶこじれているのは見なかったことにした。
「ちゃんと、話してくれる?」
「だ、だから、その」
まるで言葉にならない。相変わらずポンコツな脳みそだった。
「何か隠してる?」
「何も」
「胸じゃなく目を見て話して」
両側から顔が守山さんの手で固定され、視線の自由度が下がる。
それでも俺の視線は頑なといっていいくらい守山さんの胸に注がれるのだった。
「話してくれないと今すぐ襲います」
「めぐむに言われてそうしたほうがいいんじゃないかって」
ごめんめぐむ。
「そう、めぐむさんが。そう」
うつむいて何か考えだす守山さんに、俺はたまらなく不安になった。
「元は俺が悪いんだ。めぐむに、守山さんと付き合うことで相談して、めぐむの考えでも、それをやろうと決めたのは俺だ。だから」
「え、どこがいけないの?」
「いけない、というか、悪いことをした気がしたんだけど、あれ?」
あっけらかんとしていて、守山さんに陰のあるところはまったくない。
俺の取り越し苦労、というやつだったのか。
「言ってることが徹くんらしくないなって、だから詳しく聞こうとしてただけ。けど、めぐむさんが言ったんなら、なるほどね」
「めぐむと守山さんが通じてるとこ悪いけど、俺にはさっぱりだ」
「徹くんは説明受けなかったの? それともされたけどわからなかった?」
「今回ばかりは説明そのものをあんまりされてない」
九割は説明されてもわからなかったケースだと思ってもらっていい。
「相談したのは今朝で、時間もなくって」
「そっか。だよね。うんうん、すっきりしました」
晴れやかな笑顔で、守山さんはひとり何度もうなずく。
あの、そろそろ、説明をしていただいても。
「メリットとデメリットで分けて考えたらわかりやすいと思う」
十秒考えてみても、よくわからなかったのでもうちょっと詳しく。
「公然とお付き合いしたとき、面倒ごとが増えやすくなるのがデメリット。逆にメリットは、いつでもどこでも好きなだけくっつけること」
いやそのメリットはそう発生しないんじゃないか。
というより、あんまり発生してほしくない。時と場所は選ばれてるほうがいい。
「けど、徹くんはあんまり歓迎してないことも、よくわかるよ」
「別に、嫌なわけじゃないんだ、ただ」
「わかってる。私も急ぐつもりはないから」
ホントに?
藪蛇になりそうなので黙っておいたけれど。
「大事にしたい、って言ってくれたのも嘘じゃないんでしょ?」
「きっと誰よりも大事な人だ、守山さんは」
「私も。両想いだね」
えへへー、と笑う守山さんを抱きしめたかったが自重した。
「ということで、公然と、ってのはあまりよくない感じだよね。なら付き合ってるのを秘密にしたときのメリットとデメリットは何かっていうと」
「デメリットは、気を遣ったりフリをしなくちゃいけなかったり、ってとこか」
「だね。他には徹くんによくない虫がつくリスクがそのままになることとか」
「それはそのまま守山さんに返させてもらうけど」
「私は、絶対に、隙を見せません」
実際、そのあたりの機微は俺よりよっぽど守山さんもわかっているはずだ。
うまく立ち回る、その確信はある。
「いつでもケータイを見られてもいいし、いつでも徹くんを優先するし」
何も言えない。
さすがにそんなことしないんだけど、こういうときなんて言ったらいいんだ。
「とまあ、こんなふうにデメリットがあるけれど、虫については私がしっかりしてればいいことだし、気を遣ったり付き合ってないフリをしたり、っていうのは、面倒ごとを減らすためには仕方ないところかもなって」
けれど、それらはすべて、消極的な理由となっている。
つまり積極的に秘密にする理由にはならない、ということだ。
俺には守山さんの言動に歯止めがかけたいという理由がある。
では、守山さんにとって積極的になれる理由があるのか?
「守山さん。じゃあ、秘密にするはっきりしたメリットがあるのか?」
「うん、そこが一番の疑問だったんだけどね」
守山さんの手が、俺の太ももに置かれる。
「ドキドキするね?」
「いやそれはするけども」
なにこの不思議な気持ち。
ただ太ももに手を置かれただけですよ。
「実は徹くんは私の彼氏なんだよ、って。よくないことかもだけど、優越感と、秘密ってことで、すごくドキドキする。たまらない」
「わからなくもないけれど」
俺を彼氏にする優越感は、謎に感じてたまらない。
そこを覗けば、なるほど、俺の頭でもなんとか守山さんの御心が理解できる。
「ね!」
笑顔で同意されるともう全面降伏だった。
ともかく、守山さんにとっても交際を秘密にすることがはっきりメリットになっていてよかった。
めぐむは、あの短い時間でここまで予想していたんだろうか。
今度コンビニのぜいたくプリンでもお供えしておこう。
よかったよかった、これで守山さんと付き合う上での心配事が減ったというわけだ。まだ俺が守山さんにふさわしくないという問題こそ残っていても、問題は減ったことに違いない。
ありがとうめぐむ、そしてこれからがんばるぞ俺。
「それに、学校では離れてる分、ふたりきりの時は目一杯いちゃいちゃできるしね」
――がんばるぞ、俺。
これからがんばらないと。
マジで決定的に守山さんを未熟極まる俺が汚すことになりかねない。
「ところで今まさに、ふたりきり、だよね?」
近い。
体温がそのまま伝わってきそうなほどに、守山さんが近づいてくる。
「い、いや、ふたりきりじゃ、なくてだな」
「誰がいるの?」
耳に息かけながら喋られるとぞくぞくします。
「か、母さんが」
「お義母さんが?」
「たぶん今寝てるけど、普通に家にいるので」
「そっか。そうだよね」
守山さんが体を離し、守山さんを俺が汚す危機はひとまず遠のいた。
「じゃあ起きてこられたらあいさつしないと」
「で、デート!」
男の本能というやつだと思う。
あるいは男子高校生の危機意識なのかもしれない。
たぶん、守山さんとうちの母親を会わせてはならない。
「今日はデートするって約束だったよな!」
「う、うん、けど、お義母さんにごあいさつしてからでも」
「楽しみにしてたんだ、守山さんとのデート!」
「そうなの? ううん、そうだよね。私も、すごく楽しみにしてた!」
「よーしじゃあ出かけよう、すぐ出かけよう!」
守山さんの手を取って、俺は立ち上がり、玄関へと向かう。
うちの母親は金曜日の夜遅くに帰り、土曜の昼まで寝ていることが多い。
今日もたぶんそうなるんだけど、守山さんと鉢合わせになってしまう可能性がないとも言えない。さすれば守山家でのカレーディナーの悲劇だか喜劇だかが再現されるであろう。
もっとも、守山さんと付き合えばああしたことが日常茶飯事にきっとなる。
俺のメンタル、もつかなあ。
ほろりと目尻に涙がにじんだ。
「徹くん、ちょっと待って」
「ん? ってうわそっか! 汗が気持ち悪かったよな!」
手を握ってしまったせいで、俺の手汗が守山さんの手に触れている。
なんてことを俺はしでかしてしまったのか。
「じゃなくて、手汗については私もひとのこと言えなくて」
顔に赤みが差した守山さんは、玄関の上がり框に留まっている。
「私たちが付き合ってることは、例えば学校の人には秘密にする、んだよね?」
「そうだけど何か?」
「じゃあ、通学圏内で普通にデートしてたら、秘密にできなくない?」
「あ」
時間制限付の方法だと、めぐむも言っていた。
堂々とデートしてしまった後では遅く、堂々とデートしてしまえば秘密も何もない。
せっかくかかった歯止めも、あっさり外れることになる。
「やっぱりわかってなかったんだね」
「考えもしなかった」
「私も勢いに流されなくてよかった。せっかく徹くんとときめくお付き合いできるのを、ふいにしちゃうところだったよ」
俺のスペックがポンコツなことは周知の通りだ。
しかしそこで守山さんが気を回してくれるなら、ふたりの秘密も守られる。
めぐむがここまで考えていたんだろうか、いやそこまでは考えてないよなうん。
「けど、さすがにこのまま家にいるわけには。ちょっと遠いけど、守山さんと行こうと思ってたところもあるし」
「遠いって、どれくらい?」
「あー、隣駅。だから、A駅まで行かなきゃなんだけど、見られるかもしれないよな。そしたら、ふたり別々に行くとかか?」
「ちょっと、それは嫌かなあ」
「だよなー」
あらかじめ待ち合わせだったならともかく。
こうして家で落ち合ったのだから、そこでまた別々に目的地に行くのはなんともさびしいものがある。ふたりで一緒に行くのがいい。
「方法は、なくもないんじゃない?」
「やっぱり守山さんは頭がいいな」
「期待されても困るんだけど、単純なことだよ?」
なるほど、守山さんの方法は聞いてみればごく簡単なことだった。
ただし実践するにはハードルがあるし、守山さんのセンスも必要になってくる。
「――変装、とかね」
次回更新予定は5月10日です




