エピローグ ふたりのゴール(真)
私と遠野徹くんは愛し合っている。
私の名は葉月。
紅葉の葉っぱに月がきれいですね、で葉月だ。
さて、話は少し変わるが徹くんは心配性だ。
愛されている証拠とはいえ、うっとうしいくらいなこともある。
風邪をひいただけ、膝をすりむいただけで大騒ぎ。
一度自転車で転んで骨折したときは、徹くんのほうこそ苦しそうで痛そうだった。
まあ何が言いたいかっていうと、それだけ私が愛されてるってこと。
その心配性が、デートの待ち合わせにまで及ぶとなると、やっぱりうっというしいんだけどね。
駅前の噴水前に時間通り私が現れると、徹くんは犬みたいに駆け寄ってきた。
「葉月。大丈夫か、何もなかったか?」
確かにうっとうしいんだけど、その愛情とかわいさに免じて、目をつむってあげている。
私が一言『ウザい』なんて言ったら、一週間は落ち込んじゃうしね。
「大丈夫だって、心配しすぎ」
「心配しすぎなことあるか。またあのサッカー野郎みたいなのが葉月にちょっかい出したらと思うと……お前は世界一かわいいんだから、もっと警戒心を持つべきだ。本当なら一緒にくればよかったのに、待ち合わせしようだなんて」
「いーじゃん、デートだもん。雰囲気を大事にしないとね」
「そんなことしなくても、俺は葉月と買い物ってだけでドキドキしてるぞ」
「そのドキドキ、ワクワクよりもハラハラが勝ってない?」
学生の頃から暗かったらしいけど、その悪い方向に考える対象が、完全に私に移ってしまっている。
私がかわいいからなんだろうけど、過保護だし、大人として見られてないようで少し気に入らない。
「それより、私に何か言っておいたほうがいいことがあるでしょ!」
見せつけるように、私は両手を広げてみせる。
あごに手をやって徹くんは考えること少し、
「……待った?」
「ううん、いま来たとこ――ってそうじゃないでしょうが! あと逆!」
「冗談、冗談。言ったろ、世界一かわいいって。服もよく似合ってる。莉世さんを、思い出すな」
遠い目をする徹くんには、さすがにむっと来た。
「女の子と一緒にいるのに、他の女をするなんて、サイテー」
「いやけど、莉世さんは」
「あまつさえ比べるなんてさらにサイテー」
「す、すまなかった。悪かったって。機嫌直してくれ」
「いいよもう。いこ」
徹くんと腕を組んで、ショッピングに歩き出す。
その直前、実は私はひとつのことに気づいていた。
遠く、ビルの角の陰に、挙動不審な女がいたのである。
にやり、と私は笑わずにはいられない。
その女には心当たりがあったものの、堂々と出てこられないあたり、敵ではない。
それから私と徹くんは、一緒に買い物したり食事したり、美術館を回ったり、普段できない分、いちゃついた。
ちなみにその間、例の挙動不審な女は、ずっとついてきていた。
さっさと出てくればいいのに、度胸がない。
さらに見せつけてやるためにも、恥ずかしいカップル用ドリンクをカフェで注文した。
二人で飲むためにストローが枝分かれしたジュースだ。
これは恥ずかしい。
「葉月、お前がひとりで飲む、んだよな?」
「えー、ふたりで飲むためのものじゃん」
「さすがにまずい、ありえない」
「徹くんと私の仲じゃない、いーでしょ?」
「いやでも」
「それとも私のこと嫌い?」
「だいっすきだ、愛してる!」
「わーい」
ちょろーい、と口の中だけで呟く。
あの挙動不審女が超挙動不審女に進化してるけど、徹くんは気づいてないみたいだ。
気づいてたら、こんな冷静にしてられないよね。
「同時に飲まなくてもいいから、ほら、先に飲んで。喉カラカラでしょ?」
「お前のせいでな。まったく」
うまく妥協点を引き出して、徹くんを誘導する。
あとはなし崩し、が常套手段で、いつまでも徹くんは引っかかる。
まあわかってても、愛する私のお願いを断れないだろうけど。
徹くんがジュースを飲んでいるタイミングを見計らい、
「ねえ、いつになったら私と結婚してくれるの?」
「ぶっ」
ジュースを噴き出させた。
テーブルの上にジュースが散ってしまう。
「やだ、汚い徹くん」
徹くんからにらまれた。
「お前、あんまり人をからかうんじゃない」
「ごめんなさい、怒らないで」
ちょっと悲しい顔をしてみせれば、徹くんはこちらを安心させるように笑ってくれる。
「俺がお前を怒るわけがないだろうが」
ほんっとちょろい。
学生の頃、恋愛で苦労させられたっていうけど、冗談としか思えない。
「で、結婚の話なんだけど」
「できるわけないだろうが」
「私のことは遊びだったの……? ベッドで愛してるって言ってくれたのは嘘だったの?」
「人聞きの悪いこと言うな。親の顔が見てみたい」
「んー、そこにいるんじゃない?」
私が指差した先には、例の挙動不審女――莉世さんがいる。
今日のところは十分楽しんだし、もういいよね。
「リッ、莉世、さン?」
驚きのあまり、徹くんは声が裏返っていた。
ただ、すぐに蕩けて腑抜けた顔になるのはいただけない。
それは、私に決して向けられない顔だ。
ちょっとテーブルの下ですね(・・)を蹴っておいてやった。
「痛った! 葉月!」
「徹くん怒らないって言ったじゃん。ていうかいいの、莉世さんの相手しなくて」
帽子とサングラスの挙動不審な莉世さんは、観念してテーブルの近くにやってきていた。
変装を外して、
「じゃ、じゃーん、私でしたー」
とぎこちなく笑うのだった。
「来、来てたなら、声かけてくればいいのに」
「う、うん、まあ」
「いや葉月がさ、俺とふたりで買い物に行きたいって、莉世さんには秘密にしてさ」
「そうなんだー、へー。知らなかったー」
あーもう、やってらんない。
計算尽くで私がやるより、デレデレなんだもん。
早く結婚しろよ、あ、してたわ。
やけくそ交じりに、とっととジュースを飲み干しておいた。
そして見つめ合う二人の間に割って入り、両方の腕を取る。
「葉月」
「葉月ちゃん」
「さ、次はディナーに付き合ってよね、徹くん、莉世さん」
私の名は葉月。
遠野葉月。
父は徹、母は莉世。
ふたりとも、私の愛する両親だ。
<長いあとがき>
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
いかがでしたでしょうか。楽しんでもらえていたら、それ以上のことはありません。
これにて一応、この作品は完結しますが、連載は続きます。
改めて、ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。
これからの皆さまの充実した読書生活をお祈りしつつ、締めさせていただきます。
ありがとうございました!




