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第44話 ふたりのゴール(仮)



 それは小学校四年生の冬。


「顔も頭も運動神経も悪くて。その上、こんなひどいことまでするんだ」


 それは中学二年生の夏。


「あんたは最低なんだから、その自分を受け入れないのは傲慢ってもんでしょ」


 それは高校一年生の春。


「穴の開いたカップに水は溜められない。まず穴のあることに気づき、塞がなければね」


 それは高校二年生の秋。


「遠野くんのことが、好きです」


 そして、いま。


「何度でも、私は告白をするよ」



* * *



「そっか、いま、ようやくわかった」


 口元をほころばせて、守山さんは暖かな日差しみたいに笑う。


「徹くんのだめなところが、ようやく、わかった」


「めちゃくちゃ遅すぎる……!」


 出会って一秒で気づいていなかったとは、守山さんの目は節穴だったんだろうか。いやそんなはずないんだけども。


「めぐむさんにね、どうして徹くんがあんななのか、聞いたことがあるんだ。そしたら『私のせいだけど、事情は言えない』って」


「めぐむに、今度どっかで甘いものでもおごってやらないとだな」


 守山さんに黙っていてくれて、ありがたかった。

 何なら前に食べたいって言ってためちゃくちゃめんどくさい菓子を作ってやりたい。


「そのときは私も一緒に連れてってくれる? ……ってまた話が横道に。徹くんのだめなところってのはね」


 手を伸ばし、守山さんが俺の胸に触れてくる。


「自分の気持ちを大事にしないところ」


「いや、俺ほど自分がかわいいやつはいないぞ?」


「ちらりとだけ、徹くんと同じ小学校、中学校だった子から、聞いたことがあるんだ」


「やめてくれ。それ以上は、だめだ」


 知られていたくなかったし、知られていることを知りたくなかった。

 それ以上、話を続けてほしくなかった。


 けれど守山さんを止めることはできないし、守山さんは自分から止まるようなことはない。


「学校で、ずっと、うまくいっていなかったみたいだね」


「急用を作ったので帰らせてもらう。ボンジュール」


「逃げないで。ううん、逃がさない。あとツッコまないからね、いろいろ」


 俺の腕を両手でつかんで、守山さんは俺を放さない。


「思えば、自分がどうしたいかじゃなかったんだ、徹くんは。誰かのためだったり、正しいことのためだったり。そこに徹くんの気持ちはない。辛くても軽く受け入れてみせて」


「辛くなんかない。だって当たり前じゃないか」


「当たり前なんかじゃない」


 世界が一度組み替えられて元通りになったような、そんな気がした。


 見た目はまったく同じなのに、決定的に何かが違っていた。


「当たり前じゃないよ。徹くんはかっこいいんだから。どんなに辛くても前を向いて、動くことを忘れない。そんな徹くんと入学式で私は出会って、すごくときめいて、そして好きになったの」


「守山さんは病院で眼科にかかってたのか……?」


「肺の検査をちょっとしてただけ」


「ハイガバ・クハツ症候群の?」


「ちーがーいーまーす」


 もう、と守山さんはため息をついてから、話を戻した。


「好きだから、私こそ、徹くんを幸せにしたい。幸せにして、幸せになりたい。そのためには恋人……ていうか、ふ、夫婦、がベストだと思う」


 照れた表情から、守山さんは真剣な表情になる。


「徹くんの気持ちを話して。きっと、受け止めて、受け入れるから。ね?」


 観念、するしかなかった。


 ここまで言われて、話したくならないはずが、ないのだ。


 すでに、俺の小学生時代、中学生時代のことは知られている。最も知られたくなかったことが知られてしまっている。


 なのに、それを知っているのに、なお、受け入れてくれるという。


 好意は変わらないと言ってくれている。


 なら、もう、限界だった。


 喋って、楽になってしまいたい。


 そうしたことによって見放されるなら、むしろ本望だ。


「い――痛いのは、いやなんだ。苦しいのは、いやだ」


「誰だっていやだよ」


「けど世界は俺にとって厳しくできてるんだ」


「うん」


「めぐむと会うまで、毎日が辛かった。全然、何も、うまくいかないんだ」


「めぐむさんと会って、何があったの?」


「……俺は、バカにされても当たり前のろくでなし。めぐむの言う通りに考えるようにして、俺はすごく気持ちが楽になった、救われたんだ。どんなときでも、どんなことがあっても、頭を切り替えることができた」


 守山さんはもう、俺の手を離してくれていた。


 自由になった手で、俺は顔を覆い、涙を必死に隠す。


 結局、手から涙がこぼれ落ちてしまうのだとしても、泣き顔をできるだけ見られたく、なかった。


「けどそれは、同時に、俺が幸せになるべきでないってことにもなったんだ。幸せになっていいんだとしたら、辛い目に遭って当然のやつじゃなくなったら、俺は、俺のいままで当然みたいに受けてきた痛みや苦しみは、どうなるんだ? 怖かった、んだ、ずっと」


「だから、自分から、自分で傷つけるようにしてたんだね」


 傷つくのが当然の自分、見下されて当然の自分であれるように。


 守山さんの手が、俺の頬をなでてくる。

 俺の体液で手が汚れるのが、本当に申し訳ない。


「話してくれてありがとう。辛かったね、すごく、辛かったよね。話すことさえ、辛かったのにね」


「やめてくれ、そんな、優しい言葉、かけられると、俺、結局、自分が大事なだけだったんだ! 本当の本当に最低だったんだ!」


「そんなことない。大丈夫、泣かないで」


 余計、泣いてしまう。


 こんな俺でも、守山さんに泣いてる姿を見せたくないくらいの意地はあるのだ。


「大丈夫、大丈夫」


 そっと守山さんに抱きしめられて、完全に俺の涙腺は決壊した。


 情けない、情けなくてたまらない。


 最低な自分を受け入れていて、諦めていたはずなのに。


 情けない自分が、とても嫌になっていた。


「これまでは、それでよかったんだって私も思う。めぐむさんには感謝しないとだね。私の徹くんを守ってくれて」


「めぐむは、本当に恩人なんだ」


「うん、勘違いしてた私が本当に恥ずかしくなるくらい、めぐむさんはいい人、すごくいい人」


「感謝しても、したりないんだ。あいつは、自分のせい、っていうけど、間違いなくあいつのおかげで、俺は」


「わかってる……わかるよ。今度ふたりでお礼言いにいこ」


 優しく、あやすように、守山さんに背中を叩かれる。


 ああ、きっとこれが答えだった。


 ずいぶん長い回り道をしてきたけれど。

 散々、周囲に迷惑をかけてきたけれど。



 ようやく、俺は、自分のいたいところにやってこれた。



* * *



「本当に、守山さんは優しい人だと思う。万人の女神というか」


 泣き疲れた俺は、ようやく守山さんに抱きしめてもらうのをやめた。


 今更ながら、自分がマジに恥ずかしい。


「徹くん、もしかして私が誰にだって優しいとか思ってる?」


 上目遣いに、守山さんは聞いてくる。

 ポーズがちょっと胸を見せつけているように見えるのは俺の下心ゆえだろうか。


「違う、のか?」


「徹くんのためだから」


 ――やばい。

 それはだめですよ守山さん。

 いまの俺のリミッターがばがばですからね?


「好きな男の子のため、それ以上の動機なんてありえません」


 そう言ってはにかむ守山さんは、最高に、かわいかった。


 気持ちが抑えられない。


 体が熱くなる、顔が火であぶられているみたいに熱くなる。


「守山さん。……好きだ」


「初めて好きだって言われた気になってくるね。顔、真っ赤」


「いや、それは、これまでは偶像アイドルを相手にする気分だったっていうか、急に、現実味というか、好きだ」


 しどろもどろ、とてもうまく伝えられない。

 これまでうまく伝えられた試しがあったのかはともかく。


「何度でも言って」


「俺は、守山さんと付き合いたい」


「うん」


「俺の彼女になってほしい、というのは、ダメ、なんだろーか」


「うーん……」


 悩むそぶりを守山さんが見せるので、俺は冷や汗がどっと出てくる。


「だ、ダメか? だめなところがわかって嫌いになった、とか? けど俺は、どうにか、どうしたら、いい? どうしたら、付き合ってもらえるんだ……?」


「言葉だけじゃ、信じられないってこと」


 手を引っ張られる動きに、俺はもう抵抗しない。


 ベッドの上に仰向けになる守山さんに、俺が手をついて覆いかぶさるようになる。


「行動で示してくれたら、いいよ」


 心臓がうるさい。


 つまりそういうこと……でいいんだよな。


 目を閉じる守山さん、せがむようにあごを少し持ち上げる守山さん、胸の上で手を重ねて無抵抗と待ちの姿勢になる守山さん。


 守山さん守山さん守山さん、も、り、莉世――、さん。



 俺もまた目を閉じ、好きだということを行動で、伝える。



 そして、唇と唇の触れ合う瞬間が、訪れた。







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