第43話 あなたのことが好きだからこそ
一度告白されたことのある好きな女の子が俺のことを諦めていたと思ってたらやっぱり諦めていなくて実は俺のことをずっと好きだったと告白された。
相対的に九十年代パソコン並みの性能の脳みそしか持たない俺では、処理がとても追いつかない。
すぐブルースクリーンだ。
「……え? なんだって?」
「何度でも、私は告白をするよ。徹くんのことがずっと好きでした。そしてこれからもそれは、変わらないって誓える」
「すいません聞こえてます!」
流れるように土下座をキメた。
好きな女の子の部屋で、フローリングの上で土下座である。
このまま守山さんには頭を踏んでもらいたいくらいだ。
その状態のまま、俺は話す。
「守山さん」
「はい」
「できれば今日起こったことの一切を忘れていただきたい」
「うん、それムリ」
ですよね。
空気の動く感じがして、俺が思いきり土下座状態で上目遣いになると、守山さんがしゃがみこんでくれていた。
できるだけ同じ目線で。
そういえば守山さんは癖のように、目線の高さを合わせる人だった。
「好きだよ。大好き。愛してる。で、徹くんは、私のことをどう思ってるの?」
「俺も、守山さんのこと好きだよ」
「同じ好き? 異性としての、好き、でいいんだよね?」
「引かれるかもだけど、異性としての好きです」
「私も同じだよ。だからもう、土下座なんてやめてくれないかな」
「ごめん、本当に、ごめん」
土下座はやめず、額をフローリングにこすりつける。
申し訳なくてたまらない、恩返しだけでは飽き足らず罪滅ぼしが要る。
「ずっと、守山さんを傷つけてた俺。それだけは、それだけは絶対したくなかったのに」
「まあ確かに? 内心、ちくりときちゃうこともあったけど」
「この償いは体を売ってでもする。許しはいらない、ただ俺が」
「だけどね」
俺の謝罪を遮るように、守山さんは話す。
「そもそも徹くんに傷つけるつもりはなかったろうし、傷つける可能性も本当はなかったはずなんだから。いわば私が勝手に傷ついてただけで、謝る必要なんて全然ないんだよ?」
「俺が、傷つけたんだ。こんな俺が守山さんのそばにいるべきじゃない。好きだ、大好きだ、守山さん。だからこそ、俺は、きみのそばにいちゃいけない。何度でも答えるよ」
土下座を超えて、土下寝になる。
「ごめん、俺は守山さんとは、付き合えない」
「どうして! どうして、徹くんは、そんな」
守山さんの声が、濡れる。
泣かせたくはない、ただ、この瞬間を泣かせてしまうのだとしても。
このさきたくさん泣かせてしまうよりは、ましだ。
「こんなときにふざけるの……!?」
土下寝はお気に召さなかったらしい。
* * *
とりあえず正座が妥協点になった。
文字通り膝をつきあわせて、俺と守山さんは話し合う。
「ふざけたわけでなく、真剣に誠意を示そうと」
「そうしたいならこうしてちゃんと正座しててね。土下座はなし」
「アイマム」
今日のところは土下座も土下寝も禁じ手になった。
零時を回った時点からまた使おうと思う。
「それで、徹くん。もしかして、好きって言われて、迷惑だった?」
「とんでもない。すごくうれしい。九月の頭、初めて告白されたときも、うれしくてたまらなかった。そのうれしさだけでこの先ずっと生きていけそうなくらい、一生分の幸せをもらった気さえ、した」
「だったら」
「だからこそ。守山さんを傷つけていた俺は、これからさらに傷つけたくないんだ」
「私は傷ついても、そんな傷よりもよっぽど大きな幸せを、もうたくさん、たーっくさん、もらってるの」
「ありがとう守山さん。俺は日本の外に出ることにするよ」
「なんっにもわかってない!」
ばしばし、と俺の太ももが守山さんに叩かれる。
台パンされる台の気分だ。
「守山さんのほうはわかってくれたみたいだな、そう俺は日本で最もサンドバッグになるのが似合う高校生なんだ」
「真面目に。お話を。しましょう」
冗談ではなさそうだったので、せめて表情だけはきりりと整える俺。
「徹くんが、私と付き合えない理由、やっぱりわからないんだけど。いくつか確認させて?」
「ばっちこい」
「私が女の子として徹くんを好きなのはわかってる?」
「オールオーケー」
「徹くんも男の子として私を好きなんだよね」
「イエスマム」
「じゃあもう付き合っちゃえばいいよね」
「それは違うよ!」
「なんで!」
断固反論する俺に対し、守山さんは天井を仰いで嘆く。
「俺が守山さんと付き合っていいやつなんかじゃないからだ。ずっと言ってるだろ」
「やっぱりそこが食い違ってるんだね……」
そもそもを言い出すなら、守山さんが俺を好きだという時点でおかしいんだけども。
「守山さんは、俺にはもったいなさすぎる」
「そっかそっか、わかった」
「わかってくれたか」
ほっとする。
これでようやく、俺は守山さんに一方的に奉仕する存在になれる。
守山さんに恩義を雪ダルマ式に作ってもらわないで済むのだ。
「徹くんの私への評価を下げればいいんだね」
「なんで!?」
「徹くんは私のこと、高く評価しすぎなんだよ」
「そっくりそのままお返しする」
「私の汚くて打算的なところを教えてあげる」
「パンはパンでも食べられないパンみたいな話?」
つまりありえないもの、ありえないことのたとえ、みたいな。
「食べられないパンも、汚い私も存在するって話。いい、いくよ。私と付き合ってやってもいいって思えたらすぐ教えてね。嫌われたいわけじゃないからね」
「嫌うとかありえないんだけど」
「絶対、教えてね。あと嫌わないって言ってくれてありがとう」
深呼吸し、守山さんは目を閉じる。そして開眼し、
「じゃあ、いくよ!」
「こ、こい!」
つられて、俺も大声で応じてしまう。
何やってんだろうと冷静な自分もいたけれど。
「入学式の日から徹くんのことをすごくよく見てました」
「俺だって告白されてから守山さんのことちら見しまくってた」
「徹くんの学校の様子を記録してました」
「俺も守山さんの濡れ透け制服姿とか脳内保存してる」
「それは忘れて。ほら、机の上の体育祭の写真、徹くんのツーショットを必死に探してああやって飾ってるんだよ」
部屋に入ったとき、俺はすでに自分で気づいていた。
「あの写真は確かに欲しくなるし飾りたくなる」
「くっ、九月の初め、徹くんの消しゴム拾ってあげたことあったよね」
「ああ、あったな」
「あのときわざと手を触りにいきました!」
「すごくどきどきしたしうれしかったです!」
「その反応を見てこれいける、って思いました!」
「守山さんのことエロい子だ、って思いました!」
「めぐむさんを徹くんの彼女だと勘違いして略奪宣言もしてました!」
「バカじゃないのか守山さん、けど好きだ!」
胸を押さえる守山さんだったが、めげることなく俺を見返してきた。
「こ、これでもまだダメなの……?」
「甘いな守山さん、俺の好きはこんなものじゃないし、俺にとって守山さんは女神だと言ったはずだ……と思う。言ったはず」
本当に言ったのかどうか、我ながら記憶が怪しい。
「まだまだ。――めぐむさんに、徹くんのことたくさん相談してたの。どうしたら徹くんを落とせるか、聞いてたんだよ?」
「そこまで俺のこと想ってくれてたんだな」
「さっき言った通り、諦めたフリして距離を縮めようとしてたんだから」
「いじらしくてすごくかわいいと思う。あと傷つけてたことはほんとすいませんでした」
「いえいえ、そもそも私が悪いんだから……じゃなくて、どう? かなり私の評価も下がったでしょ?」
「うなぎ上りだけど」
「なんでこう、裏目……」
目元を覆った守山さんは、不意に、口元をゆるめた。
しかし再び露になった目は、純粋な笑みのものとは呼びがたかった。
真っ赤になった耳とあわせて考えて、恥ずかしくて笑うしかない、といった感じだ。
「と、とんでもなく恥ずかしい秘密、言うからね? 嫌わない、って、改めて言ってくれる?」
「何を言われても嫌わない。絶対に」
「ありがとう。じゃ、じゃあ、言うね。雨の降った日、徹くんの家の近所に、歩いて行ってたでしょ? で、家でシャワーや、ジャージ借りて……」
「玄関先で押し倒された日のことだな」
目を閉じると、濡れ透けな守山さんや、バスタオル姿の守山さんがありありとまぶたの裏に映るようだった。
「確信犯だってっていうか、徹くんが雨でずぶ濡れになった私を、家に入れてくれるようにしたくて、わざと傘も差さず家の近くにいました」
「あのときは眼福でした」
「え、えっち! わざとだったけど、それでいいんだけど、えっち!」
「理不尽! けどもっと言ってくれていいぞ!」
甘んじてどころか、当然のように受け入れる所存だ。
「それじゃあ、あの日スるつもりで突撃したけど、シャワー浴びてから冷静になっちゃったこととかは?」
「結果オーライだったと思う」
耐え切れる自信がなかった一方で、やっぱりあのままシてしまっていたらまずかった。ちゃんとした準備もなかったし、勢いだけでスるのはよくないと思います。
「徹くんが一年生に勉強教えてもらうことに、嫉妬しちゃったことは?」
「俺だって、明日香さんに守山さんのことで嫉妬したことあるしなあ」
お互い様、というやつだった。
「じゃあそのときに借りたジャージを実はまだ私が持ってて、代わりの新品を買って徹くんには新品を渡した、なんてことは」
「いやそれはヒく」
「ないけれど! ないよ! 嘘ついた!」
「おー、うん、ビビった。けど評価下げようとして嘘までつかなくてもよくないか?」
「そうだねー、ほんとにねー、何口走ってたんだかね」
にこにこと守山さんは笑顔を浮かべている。
ぎこちなく見えるのは気のせいだと思いたい。
「守山さん、汚い自分、って言ってたけどさ。どれもこれも大したことないじゃないか」
ジャージの嘘以外は。
「やっぱり、守山さんはすごく素敵な女の子なのは変わらない」
「徹くん、私のこと好きすぎじゃない? そんなところも好き――じゃなくて、そういう話じゃなくて。もう、私、どうしたらいいの?」
どうもしなくていいんだ、ただ、俺が遠ざかるのを認めてほしい。
それに俺のほうこそ、どうしたらいいのか聞きたい。
「俺は、なんとしても、守山さんには幸せになってほしいんだ」
強固な意志を以って、俺は守山さんに言う。
「そばに俺がいることはありえない。ありえないんだ」
最低な俺かもしれないけれど。
決して道理から外れるつもりはない、外道になる気はない。
いくら世界が俺に厳しかろうと、守山さんの優しすぎる気持ちに甘えるなんて、それはあるまじき行いだ。
投げやりにも、自暴自棄にもならない。
自分が辛い目に遭ったからって守山さんを不幸にせず、幸せにしたい。
「俺は、守山さんが好きだから」




