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第41話 俺を守山さんの○○にしてほしい


 好きな子の家に招かれたと思ったら部屋に招かれていた。


 自分でも何を言っているかわからない。


 わからないが、ありのままの現実を認めねば。


「先に部屋に上がって待っててね」


 と言われても、守山さん家の玄関先から一歩も動けない。


 もう家の中に入った時点からいい匂いがする気がする。


 ここにずっといたい。


「徹くん、早くして」


「あっはい」


 リビングのほうから顔を出した守山さんは少しご機嫌斜めの様子だった。


「階段上がって、右奥の突き当たりが私の部屋だから」


 玄関に入ってすぐのところに階段はあり、言われた通り二階の右奥の部屋の前まで行く。


 ここが守山さんの部屋。


 は、入っていいんだろうか。

 それは部屋のご主人様から許しはもらってるんだけども。

 心の準備とか、覚悟とか、自分が粗相したしないかという不安とか。


 お茶を淹れてくる、と守山さんは言っていた。


 とりあえずめぐむに電話をかけた。

 俺に勇気をくれめぐむ……!


『ただいま電話に出られません。急ぎの用の方はメッセージをどうぞ』


 知ってた。


 この時間はまだ部活中だって知ってた。


 けど、めぐむに向かって話すことで、落ち着けそうなのだ。たとえ今聞かれてなくても、めぐむに伝わるということで、安心できそうなのだ。


「もしもしめぐむ? 俺俺。いま守山さん家にいてさあ。なんていうかその、緊張しまくりで、お前と話がしたいっていうか、声が聞きたいっていうか、マジ助けて」


 留守番電話は十秒ほどで設定されていて、これだけ吹き込むと切れてしまった。


 わんもあ。


「徹くん?」


 二度目の留守電を入れようとしたところで、守山さんが二階に上がってきた。その手にあるお盆の上には、ポットとティーカップを載せている。


「どこに電話かけてるの?」


「いやなんでも」


 繋がる前に、俺は電話を切っておく。

 

「誰と話してたの?」


「ちょっと独り言を」


「ねえ、誰に電話してたの?」


 近い近い近い。

 守山さん、体が、顔が、近いです。


「め、めぐむに、ちょっと、ゲームのことで」


「なあんだ」


 笑顔になった守山さんは、一歩、距離を取ってくれる。

 びっくりした、なんだか怒られている気分だった。


「目代さんと電話してるのかと思っちゃった」


 目代杏樹。

 アンジュの連絡先はそもそも知らないのだけど、電話していたとしたらどうなってたんだ。


 車の中では楽しそうだったとはいえ、俺とふたりで話すようなことがあると情緒不安定にさせがちで、誠に遺憾である。

 とんでもないことを無自覚に喋ってしまってるんだろうけど、無自覚だけに気づきようもない。


「徹くん、ドア、開けてくれる? 私、手が塞がってて」


「ど、どうぞ」


 俺がドアを開けて、守山さんを先に部屋へ入れる。



* * *


 守山さんの部屋は、何というか、なるほど女子の部屋っぽかった。


 壁のハンガー掛けには制服がかかっていて、ベッドは水玉模様で統一されており、枕元にはぬいぐるみや猫の目覚まし時計が置いてある。その他軽く部屋を見回してみて、小物や鏡や写真立てや化粧品類などあるのが、本当に、ああ女子の部屋に来たのだなあ、という気にさせられる。


 そんな中、俺は一つのものに見入ってしまう。


 机の上の写真立てから、目が離せない。

 一見、体操服姿の守山さんと杵島さんがで映ってるだけの写真だ。


 実はその写真に、ふたり以外の人物が映りこんでいる。

 ふたりの顔の間あたり、小さくて見逃してしまいそうな位置。


 おわかりいただけただろうか、というナレーションが脳内で響く。


 疲れ果てた俺が、写真の中に映りこんでいた。


 体育祭後、充実した笑顔の守山さんの写真にいる、グロッキーな俺。

 一気にさわやかな写真が陰惨なものに成り果てる。


 守山さんはこれを気づいた上で飾っているんだろうか。

 言っておくべきか言わないでおくべきかと迷っていると、


 ガチャ、と。

 金属音がして振り返れば、守山さんがドアのそばに立っていた。


 部屋の鍵を、閉めたようだった。


「えっ?」


 どうして鍵を閉めるの守山さん。


 俺がいるということで換気のためにドアや窓を開け放しにするのならわかる。すごくよくわかる。


 けどその逆ってのはちょっと。


「まあまあ、徹くん、立ってないで座って。ベッドにでも」


「その場合守山さんはベッドを買い直さなければならなくなるぞ」


「一生変えないから大丈夫だよ」


「一生!?」


 たとえ守山さんに俺が座ったベッドで一生眠る覚悟があっても、だ。

 ベッドに俺が座ることなどできない。


「いや、普通に座らせてもらう」


 自然に俺は空気イスで座った。


「器用だね徹くん」


「イスがないのには慣れてるからな」


「……えい」


 そばに守山さんがやってきて、俺の額を人差し指で押した。


 あっけなく、よろけた俺はベッドに座ってしまう。


「守山さん!?」


「はいはいそのまま座っててね」


 ベッドに、しかも守山さんの隣に、俺は座っていることになる。


 ふたり分の体重が集中してかかったベッドは、少し身動きするだけで、ぎし、と軋む。


「ほんとベッドは弁償させてもらえると助かるんだけど」


「それよりせっかく淹れたお茶、冷めないうちに飲んでほしいなあ」


 せっかく守山さんから勧められたので、ありがたく一口いただく。


 香りも味もよく、冬場は温かいものを口にするとほっとする。

 不覚にも少し眠くなってしまうほどだ。


「実は守山さんにさ、頼みたいことがあるんだ」


「うんわかった」


「早くない!?」


 まだ何も言ってない。


 本当に言ってもいいんだろうか。

 誰かに見せられるものなら見せたい、この守山さんのきらきらした純粋な瞳を。


 これから俺が頼もうとしていることは、とても汚いことなのに、と考えたところで。

 

 ――バイブが鳴った。


「うおおおう!?」


「えっ?」


「あ、ごめん、スマホ」


 ポケットのスマホを取り出せば、めぐむから着信が入っていた。

 

「めぐむからだ。ちょっとごめん」


 電話するために廊下へ出ようと腰を浮かす。


 しかし守山さんに太ももを押さえられた上、スマホを奪われてしまった。


 黒髪清楚系美少女のエロの検索履歴が入ったスマホが!


 めぐむからの電話には守山さんが出て、


「徹くんは、私のです」


 一言だけ告げて、切ってしまった。


 突然の所有宣言。


 驚く俺を見て、守山さんは慌てふためく。


「いや、別に、そういう意味じゃなくてね!? 言葉足らずだったっていうか、この徹くんとの時間は、私だけのもの、とかそういう意味で!」


「確かにふたりで話してるところに急に誰か話しかけてくると、微妙な気持ちになるよな」


「そう、そうなの!」


「別に俺の時間はすべて守山さんに捧げてもいいんだけどな」


「へえ!?」


 俺は自分の手を見つめながら、話したかったことを話す。


 どれだけ時間が残されているのかわからない。

 ハイガヤ……バイヨ症候群?に守山さんがなっているかもしれないのだ。

 突然肺が破裂するそうなので、いま話している瞬間に、ということもありうる。


 そのことがずっと、俺を後押ししている。


「守山さんのことは本当に好きなんだ。死んでもいいくらい、だと思う」


「……はい?」


「いやキモいこと言ってるのはわかってる。ただ、続けさせてほしい。頭悪くて大したこと言えないけど、守山さんを思うと元気になれるんだ」


「そ、そうなんだ……」


「この前看病に来てもらえたときのこと思い出すとにやけてしまうし、守山さんと話すだけで俺の心は有頂天だったと言っていい」


「続けて」


「え? あ、えーと、だから、悪いとは思うけど、悪いとは思うんだけど、守山さんと、関わっていたい、付き合っていたい」


「もう関わらないほうがいいって言ったのに?」


「それは頭で考えたことなんだ。いまは、心の話をしてる。悪いとは思っても、守山さんを汚してしまうとわかってても、気持ちが止められないんだ」


「やっぱりもうやめて」


「いい加減キモかったよな! 調子乗って喋りすぎた!」


 長々と、口説いているようなセリフを口走ってしまった。

 守山さんのことは大好きだけど、そういうことじゃない。

 そういうことじゃないんだ。


「徹くん、私ね――」


 その先は、聞きたくない。


 一方的なんだ、俺は。一方的にしか、人と付き合えないんだと、このとき気がついた。


 それが止められるほど、頭はよくない、というか悪い。


「守山さん、俺を守山さんの!」


 大声を上げて、守山さんの言葉を遮る。


 戸惑う守山さんもかわいい、でなくて守山さんには申し訳ないけど。


 お願いを、口にする。




「下僕に、してほしい」




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