第37話 守山さんの様子がおかしい
本日更新2話目、ちょい長めです
水曜日の放課後、いつものように美化委員の仕事をする。
当然、守山さんも一緒だ。
「じゃ、じゃあ、やろうか」
「承知」
用具室を出発し、校内を一周して、ゴミ拾いや草取りを行う。
もう二ヶ月続けてきたことで、守山さんも慣れたものだ。
なんとなく気まずい感じだったけれど、スムーズに進んでいた。
途中までは。
「あっ」
ビニール袋を枝に引っ掛けて、守山さんが破ってしまったのだ。
中身は分別前のゴミだったのだが、その中に、ジュースが入ったままの缶があった。
しそ梅風味サイダー、誰かがまずくて残した上にポイ捨てしたものだ。
破れて落ちる拍子に、しそ梅風味サイダーが、守山さんの神聖な靴下と靴にかかる。
「やっちゃった……ごめん、不注意だ」
拾ってきたゴミが散らばってしまっているし、守山さんもけっこうな量のジュースがかかってしまっている。
「いいよ大丈夫、俺が片付けておくから。とりあえず守山さんはもう帰ったほうがいい」
「え、いや、最後までやるよ?」
「とはいっても、その靴や靴下の状態じゃ、気持ち悪いだろ?」
「そうだけど、その、最後までやらなきゃ」
「へーきへーき、一人でやるのは慣れてるから俺」
伊達に一年半、二人分の仕事を一人でやってきてはいない。
「邪魔かな、私」
「は? 邪魔だとすればそれはつまり俺になると思うんだけど」
「やっぱ邪魔なんだね私」
「いまほど話を聞いてほしいと思ったときはないよ俺……」
守山さんを邪魔に思うとかありえない。
「フラれたくせにすり寄ってきてうっとうしいとか思ってるんじゃないの? めぐむさんとの仲邪魔して迷惑なんじゃないの?」
「守山さんにすり寄られるとかとんだごほうびだし、めぐむよりも守山さんと付き合うほうが万倍優先するんだけど」
「また遠野くんはそうやって私を好きにさせる! そんなに監禁されたいの!」
「ごめん何言ってるかさっぱりだ」
監禁とか言い出すのもわからないし。
守山さんを好きにさせる、って、俺が?
そんなテクニックあったらモテまくってる。
残念ながらモテまくってないのでそんなテクニックはないのだった。
「とりあえず靴下とか脱いだほうがいいし、靴だって帰って洗ったほうがいいし」
「どうして私の靴下を欲しがらないんですか」
「むしろどうして靴下を欲しがっていてほしいんですか守山さん」
声の調子こそ暗いけど、守山さん、さっきからおかしなことしか口走ってない。
「いや、もらえるなら欲しい、欲しいけど、いや、やっぱおかしいよ。その、何かあった? 俺のキモさにいい加減我慢の限界がきた、とか?」
「別に、なんでもないです。それと遠野くんはまったくキモくないです」
「えーと、ありがとう。じゃあなんで怒ってるっぽいのかな、って」
「怒ってません」
そっぽを向いた守山さんは、口をわずかに尖らせている。
「いや怒ってるじゃないですか」
「怒ってないって言ってるのに、遠野くんわけわかんない」
「その、なんか、ごめんなさい」
「なんで謝るの? 私怒ってないのに。ねえ、怒らないから言ってみて」
これめっちゃ怒ってるやつですやん。
すでにめぐむで経験したことがある、女子特有の怒り方だ。
こういうときどういう気持ちなのか、一度聞いたことがある。
実際怒ってるんだけど、怒ってる理由がよくわからないし、怒ってると認めたくない、らしい。
わけがわからない。
「と、とりあえず謝ったほうがいいかな、って思いまして」
「それってバカにしてるよね。謝っておけば気が済むでしょ、みたいな。遠野くんは、私を怒らせたいのかな」
だからもうすでに怒ってますよね、とは言ってはならない。
さすがに俺でもそのくらいはわかっていた。
「もういい、遠野くんに命令された通り、私帰るね」
「別に命令したつもりは」
「もういい、遠野くん嫌い」
人生で一番ぐさりときた『嫌い』という言葉だった。
濡れた左の靴が気になるのだろう、守山さんはぎこちなく数歩歩いてから、急に立ち止まった。
「嘘、好きです。嫌いとか嘘だから」
それからまた数歩歩いて、
「嘘だからね!」
と念押しして、教室に戻っていった。
今日の守山さんは最高にわけがわからなかった。
しばらくその場で考えてみたが、俺にはとても守山さんのお気持ちを忖度することができそうになかったので、せめて後片付けだけはしておこうと思ったところで、
「せーんぱいっ」
聞き覚えのある声がした。
周囲を見回して、一階と二階を繋ぐ非常階段の踊り場から、アンジュが胸から上を覗かせているのに気づく。
「アンジュか、何か用か?」
「いえ、守山先輩とケンカしてらしたようなので、これはからかわねばと」
「別にあれはケンカとかじゃない。一方的に、守山さんを俺が怒らせちまっただけだよ」
「へえ、守山先輩が一方的に遠野先輩に怒ったんですね」
「本当に楽しそうだなお前。それと、俺が怒らせたんだ」
「何をして怒らせたんです? きみの靴下を洗わせてくれ、と言ったとか」
「靴下を欲しがらなかったことで怒られた節がある」
「何をどうしたらそんなことになるんですか……?」
ほんとにな。
俺も理解不能だったけど、どうもそういうことっぽかった。
同じ女子であるアンジュにもわからないのであれば、守山さん特有の反応なんだろう。
「あの穏やかなこと山の如しで知られる守山先輩を怒らせるとは、相当のことをしでかしたに違いありませんね先輩。これは絶交されます」
「毎日覚悟してることだぞそれ」
「先輩ってマジ引くくらいネガティヴですよね。しょうがないですけど」
引くとか言っている割りに、アンジュはいい笑顔をしていた。
「やっぱりですね、いくら先輩が異性と付き合うなんてことがあるにしても、相性、というものがあるんですよ」
「相性がよくてペット扱いのはずだけど」
「ちょっと黙っててください。いいですか、先輩と相性がいい女子というのはですね」
指折り数えて、アンジュが条件を挙げていく。
「大人しくて、気立てがよくて、どんな情けない人でも支えることができて、堅実で、地に足ついた子です」
「守山さんのことか」
「話の流れ読んでくれます? 空気でもいいですけど」
蔑むような目で後輩から見られた。
こちとら慣れっこである。
「お前、俺がそんなもの読めると思ってるのか。もちろん読めん」
「いばらないでくださいよ。私が言いたいのは、守山先輩よりしもっちゃんのほうがお似合いだ、ってことです」
「お前、そんなに自分の友だちが嫌いなのか?」
俺にお似合いな女子って、最大級の罵倒じゃないのか。
「ち・が・い・ま・す! 相対的に、って話です。ものすごーく、しもっちゃんは先輩にはもったいないですが、相性として、守山先輩より合ってるってことを言いたかったんです」
「へ、へー、なるほどなー。相対的な相性な? わかるわかる」
「わかってませんよね、口だけですよね。今のでわかんないとか、先輩ほんと頭よくないんですね」
知ってるけど見栄を張りたくなることもあるんだよ。
「俺に似合いの女子なんか、相対的だろうが相性だろうが、ありえないんだよ」
「わからないでもないですが、なぜかを聞いても?」
「誰とも俺は対等になれないから。いつだって劣ってる、今回の実力テストだって、散々がんばっても目標に届かなかったんだ」
「今の先輩には百八の間違いがあります」
「ぼ、ぼん……ぼんぼり? かよ」
「ぼんぼりじゃなくて煩悩です」
「――百八とか、煩悩か」
うまく返そうとしといて恥ずかしいですね、とアンジュは呟いてから、
「数ある間違いの中であえて一つだけ申し上げるなら、対等、というものを勘違いしてらっしゃいますね」
いいですか、とアンジュは前置きして、
「対等というのは、同等ということではないんです。わかりやすく言えば、ボクシングのチャンピオンと中年に差しかかった弱小ボクサーみたいなものです。もちろんこの二人は同じランクにはありません。最上位と最下位みたいなものです」
つまり俺と守山さんレベルに違う、ってことだ。
「確かにこの二人は同等ではありえません、少なくともボクシングでは。しかし、同じリングに上がれたなら、『対等』なのです。同等ではない二人でも、『対等』になれる。それすなわち、互いに認め合うこと、なのです」
「なるほど、わけがわからない」
「まあ先輩ならそうおっしゃると思っていました。先輩にもわかるように噛み砕いて説明するとですね……うわー、難しい」
「がんばれ、お前ならできる」
がんばれがんばれ。
俺のほうから理解しようと歩み寄るつもりは一切ないぞ、どうせムダだからな。
「うるさいですよ。ええと、つまり、どんなに差があったとしても、誰かと誰かは友だちになれるかもしれない、ってことですよ」
「わかったようなわからないような」
「まあそれにしても遠野先輩と守山先輩が対等になれるとは思えませんけどね」
「その通りだけに言い返せない!」
「本当に何もなかったんですか?」
「何がだ」
急に話が飛んでしまっていて、理解が追いつかない。
脳みそが沸騰しそうな勢いだ。
「守山先輩と、何かなかったんですか、と聞いたんです」
例えば月曜日の夜、守山さんとメッセを交わしたり電話したことが思い出されるけれど、
「特に何もなかった」
「では、守山先輩自身に、何かあったのかもしれませんね」
「何かって、何だ?」
「知りませんよ。引っ越しが決まったとか、婚約者ができたとか、病気になったとか、とにかく何かですよ」
「そんな突拍子もない話……」
「そんな突拍子喪ないことでもなければ、守山先輩が遠野先輩に怒るなんて話、起こらないんじゃないですか?」
「まあ、確かに」
「とはいえ勝手な想像には違いありませんけど。――それじゃ片付け、がんばってください、せんぱい」
そう言えば、ビニール袋が破れてゴミが散らばったままだった。
言いたいことだけ言って、アンジュは俺を残して去る。
手伝ってもらえるとは思っていなかったしいいんだけどさ。
ひとり、黙々と、散らばったゴミを拾いなおすのだった。




