第36話 電話
守山さんへの電話がかかった状態のスマホがめぐむから放られ、俺はなんとか受け取る。
「も、守山さん?」
『冗談だよね』
俺ともう関わらないほうがいい、とメッセを送った件だろうか。
「本気だけど」
電話の向こうで、守山さんが何かこらえるような声が聞こえた。
『もう私とは本気で関わりたくないって? なんで?』
「そうじゃない、そうじゃないんだ。ただ、俺、二百位以内になれなくてさ」
『うん。お願いの約束は聞けないけど、それだけでしょ?』
「違うよ守山さん」
単純にしすぎればそうなる。
けど、実際はいろいろな事情がからんでいる。
「いつまで経っても、俺は守山さんの隣に立てないやつなんだって今回のことでわかったっていうか」
不意に、めぐむの腕が首に回ってきて、喉を絞めてきた。
「徹、この、あほが……」
ぎぶぎぶ、と腕をタップしてもまるで緩まない。
『そんなことない、そんなことないよ。言ったでしょ、私は徹くんと付き合ってたい。それで何かあっても気にしないって』
「俺が気にするんだ。俺が嫌なんだ」
勝手、ひとりよがりかもしれない。
けれどこのまま、守山さんにふさわしくないまま関わる。
しょせん勉強をがんばってみたところで、この程度のやつなんだ。
それをわかった上で関わるのは、最低なんじゃないかと思った。
ただめぐむさんそろそろマジに首絞まってきててイきそうなんで勘弁してください。
「美化委員とかも、お互いに、二週間交代で一人、で、やればいいしさ」
『どうしてそんなこと言うの……?』
悲しませたいわけでも苦しませたいわけでもない。
むしろそうなってほしくなくて、俺は関わるのをやめようとした。
さっきからずっと伝えているつもりなのに、わかってもらえない。
あとめぐむ、血管を的確に締めてきてない?
「違うでしょうが、もっと言うべきことが他に、というか訂正しなさい、訂正しろ!」
めぐむの言いたいことがさっぱりわからない。
「あ、守山さん? やっぱり美化委員は一緒にやろう、仕事だし」
これまで通り、美化委員だけは続けてもいい。
守山さんの人生にとって大きな損害だろうけど、俺の大きな幸せのために、勝手かもしれないけれど、せめてこれくらいは、許してもらっていいのかもしれない。
仕事だし、と付け足したのは、委員会という建前を利用させてもらえば、守山さんの評判が悪くなるのも軽減させられる、という説明のつもりだった。
「そう、じゃなくて! もう! 信じらんない、このあほ!」
言われた通り訂正したにも関わらず、めぐむは激怒していた。
俺の首を絞めるのをやめて、ソファで悶えだす。
最近のめぐむはちょっとおかしいんじゃなかろうか。
『うん、ありがとう、ね? じゃあ、また明後日』
明るい声を最後に、守山さんのほうから電話が切られた。
「ちゃんと訂正したぞ。それに守山さんも明るい感じだった」
「それは、だから、いちから説明しないとだめ?」
盛大にため息をついて、めぐむは自分のスマホを取り出した。
電話がかかってきたらしく、台所のほうに移動する。
「あー、もしもし。はいはい、だいじょーぶだから。……うん、徹がまたあほなこと考えてばかなことしでかしただけ。泣かないの、ほんとごめんね徹のしつけが足りなくて」
なぜ俺が引き合いに出されているのか。
そして電話の相手は誰なのか。
気になったが、予想もつかなかった。
あれほどめぐむが猫なで声を出してなぐさめる相手とは。
部活の後輩、が最有力候補だったけど、弓道部と関わった覚えもなかった。
「怒ってない、大丈夫。あと今度彼女だって疑ってきたらその頭シェイクするから。うん、うん、心配しないで。徹をちゃんとシメとくから。白眼むいてる画像送ってあげる。え? いらない?」
めぐむの電話の中で、いつの間にか俺が気絶させられることが決定しそうになってた。
抵抗しようにも、俺の戦闘能力は中学生女子以下だ。
引退したとはいえ体操と柔道をやっていためぐむに俺が勝てるはずもない。
「はーい、うん、まあまた時間置いてね。ていうかもうめんどくさいから既成事実作ればいいんじゃない? だめ? いやもう、そっちがよければ徹の人権とかどうでもいいから」
人権は、誰にでもあるから人権なんです。
それが例え俺であっても。
「とにかくまた明日ね。これまで通りで大丈夫だから、何も問題なし。いい? はいオッケー、それじゃあね」
電話を終えためぐむは、リビングに戻ってくるとクッションを手に取った。
そして何度もクッションで俺のことを殴りつけてくる。
「めぐむ!?」
「うっさい、ストレス解消させて」
「ふむ、ふっ、ばっちこい」
「むかつく」
「受け入れたのにこの仕打ち!」
余計力強く殴られるようになった。
クッションだから痛くもなんともないんだけど、めぐむの反応が気になる。
嫌がられないとつまらない、というやつかもしれない。
中学時代も黙って耐えていればなんとかなることも多かった。
飽きた、とかつまらない、とか。
ここは殴られておくためにリアクションを取ろう、と思い立ったところで、
「……ごめん」
クッションで殴るのをやめたかと思えば、めぐむは急に謝ってくる。
「別に俺はいいけど、情緒不安定か? もしかして月いちのア――」
その先はクッションを顔に押し付けられて言えなくされた。
「あたしのせい、もあるんだもんね。ていうか、あたしのせいか。あんたがこうなってるのも」
辛そうなめぐむに、何か言わなければと、クッションを手早く顔からどける。
「よくわからんけども、めぐむ。俺がこうなってしまってるのは俺のせいだし、俺がこうなれたのはめぐむのおかげなんだと思ってる。成長とかいい変化は全部めぐむのおかげ、悪いとこは全部俺のせい、だ」
「もうちょいあんたがそういうところを守山さんにも発揮してくれれば、あたしも楽なんだけどね」
疲れたように、めぐむが笑う。
「守山さんが何か関係あるのか?」
「何もない、無関係」
「俺じゃないんだからもうちょっと筋通して話してくれると助かるんだが」
守山さんのことを引き合いに出したかと思えば、無関係だという。
矛盾してないか。
「とにかく、あんたは水曜日、普通にしてること。というか、守山さんに優しくすること。いい?」
「俺はいつだって守山さんに奉仕する存在だと思っている」
「……まあ、それでいいから。今日はもう疲れたわあたし。帰る」
そう言ってめぐむは本当に帰ってしまった。
ごめんね、と意味のわからない謝罪だけ残して。




