第35話 守山さんから返信がこない
実力テストの順位が発表された。
* * *
月曜日の夜、自分の順位を知った俺はリビングで体育座りしていた。
遊びにきためぐむは、いつものように俺の了解を待たずにゲームを始める。
そうしてしばらく時間が経った後、ふと思い立って、俺は順位表の紙と修正テープを取り出し、テーブルに並べる。
「徹、何やってんの?」
「いいからゲームしててくれ、俺はいま、集中してんだ」
修正テープで、ゆっくり丁寧に、総合順位二〇五位の『五』を消す。
二〇五位→二〇位。
「よし」
順位が下位だったはずが一気に上位に――、
「あほかああああああああ!」
後ろから頭をぱーん、と叩かれる。
もちろん叩いてきたのはめぐむだ。めぐむしかいない。
はあ?
なんでいま俺は叩かれなきゃいけないんだ。
「何すんだ!」
「何すんだはこっちのセリフ。雑か! なんかもういろいろひどい! それでごまかせると思ってんの!?」
「俺だけはごまかせるんだよ!」
「か、かわいそうなやつ……」
そんなこととっくにわかってるだろうに。
めぐむは口元を手で覆って、涙ぐむ素振りをする。
「二百位以内になったらお願いを聞いてもらう、って守山さんと約束してたんだ」
「ああ、二百位以内になれたら、守山さんにあんたがどんなえげつないことも命令できるようになるっていう、あのひどい約束のこと?」
「誤解にしてもひど……くもないのか? そんなことするように見える?」
「揺らぐなってば、冗談。さすがに無理やり言うこと聞かせるとかな……い?」
「そっちこそ揺らがないでくれるか?」
本当は自分がそんなやつだっていう気がしてくる。
最低なやつかもだけど、外道じゃない、はずだ。
「ちょっと現実逃避したかっただけだ。これで守山さんを騙す気とかさらさらないからな」
「騙す気のあるやつのほうがまだ救いもあったかもね」
「俺にどうしろと……?」
自分なりの最善を常に探しているつもりだ。
それが結果に結びつくとは限らないけれど。
「とにかく、いい加減、守山さんに二百位以内になれなかったことを伝えないと」
「もう守山さん知ってると思うけど」
「まさか、守山さんは俺の成績を見抜ける能力者だとでも?」
「何そのしょぼい能力。いや、あんたがあれだけ順位表受け取ってから暗い顔してれば、あんたでもなければ察しがつくわ。あ、だめだったんだ、ってね」
「そんな顔してた?」
「ものすごくしてた。これから地獄に落ちます、みたいな」
「うわー、まじか」
すっかり守山さんにはバレてしまっているらしい。
けれど、やっぱり自分の口からはっきり伝えておくのがいい。
気が重くても、こればっかりは、やらないと。
それが人としての当然、礼儀なはずだ。
『例の、二百位以内になったら、って話なんだけど』
『その、言いにくいんだけど』
ここまでメッセを送信して、手が止まった。
二百位以内にはなれなかったんだ、と文字を打ち込むことはできる。
ただ、結果をすぐ伝えるには、俺の根性が足りなかった。
本当に、がんばったんだ。
結果は変わらないにしても、がんばってきた事実は変わらない。
報われなかったということを受け入れるのは、難しいことだ。
俺がメッセを送る前に、守山さんから返事が返ってきた。
『二百位以内になれなかったってこと?』
めぐむの予想した通り、守山さんはお見通しだった。
『イエスマム』
祈るようにメッセを送信し、返信を待つ。
「何してんの?」
「守山さんは怒らないだろうけど、こう、気を遣わせてないことを祈ってる」
「あっそ」
ゾンビを射殺するゲームにめぐむは戻り、世界救済を再び始める。
もちっと見守ってくれてもいいんだけど、まあ、これはこれで気が楽だ。
『そっか、残念だったね』
『うんうん、徹くんがんばってたし、次は必ずいけるよ』
ぎりぎり、ぎりぎり、大丈夫。セーフ。
さほど失望もされてないし、気を遣わせてる感じもない。
もともと期待されてなかったかもしれないけど、これはありがたかった。
数秒後、追加のメッセがくる。
『徹くんのお願い、聞きたかったな』
「ぐっは!」
「こらコードぐちゃぐちゃにすんな! うわ、ゲームが!」
ソファから落ちて床を転げまわったところ、ゲーム機とコントローラを繋ぐコードを巻きこんでしまう。
ゲームを邪魔されためぐむから怒られるものの、それどころじゃない。
「きっつい、これはきっついです守山さん」
「ちょっと、いいからコードほぐして、つか邪魔!」
めぐむから足蹴にされて、俺は部屋の隅へと追いやられる。
実に俺に似合いの場所だった。
「あーもう、またゾンビパニックからやんないと」
テレビ画面には、ゲームオーバーの文字が浮かび上がっている。
「めぐむ、俺の話を聞いてくれ」
邪魔したのは悪いと思いつつも、近寄ってそばで正座して話そうとするが、
「やだ」
即拒否られた。
「ゲームしながらでいいから! な!?」
「わかったから泣くなウザい。右から左に聞き流すけどそれでいい?」
十分すぎる。
ありがとうめぐむ。
今度プリン食っていいから。
通常の三倍の値が張るものを冷蔵庫に入れておくから。
ゲームを再開しためぐむは、大量のゾンビを蹴散らしている。
使われている武器は銃とバールのようなものだ。銃声と肉と汁のグロテスクな音をBGMに、俺は話を聞いてもらうことになる。
「いや、今回は死ぬほどテスト勉強がんばったんだ。間違いなく」
「はいはい」
「これも守山さんを好きな気持ちがなせる業というか、つまり守山さんすごい、やばい」
「へー」
「いや、確かにやらかしたこともあったんだけどさ。ゲーセンで息抜きにけっこう遊んじゃったこととか、ゲーセンで飯代まで使いこんだこととか、そのせいでろくなもの食べなくて風邪引いたこととか」
特に風邪を引いてしまったことが尾を引いた。
もちろん挽回するべく、最大効率で勉強したつもりだし、先生のところに通い詰めもした。そのとき頭打ったのかとか言われたけど泣かなかった。
「風邪引いたときはなぜか守山さんに看病されるとかいうことにもなったけど、それは置いておいて」
「おら死ねえええええええ!」
「そもそも普段から勉強してればよかったというか、いや一年の頃から、いいや中学校、小学校の頃からやっておかなきゃ、だめだったんだ。もしかすると幼稚園レベルからかもしれない」
「ないわー、なんでゾンビが普通に話しだしてんの?」
本当にめぐむのほうは俺の話を聞き流し、ゲームに熱中している。
いいんだけども、いいっつったんだけども。
少しでも耳を傾けてもらうべく、熱を込めて話した。
「つまり守山さんと俺の差は、アキレスとカメどころじゃないんだよ」
「え、ここで裏切るの親友」
「もう、守山さんとは一切関わらないほうがいいんじゃないか? それが俺にできる最大の奉仕なんじゃないのか?」
「よっしゃ燃えてきた、ぶっ殺してやるリッチー大将軍!」
「やっぱ聞いてくれ!」
めぐむとテレビの間に立ちはだかり、俺はゲームの邪魔をする。
必死に話しているのにゲームに夢中で完全無視されてるってなんだかんだ辛い。
殺意に燃えていためぐむが、一気に冷めた表情になった。
「は? もう、何?」
一時停止ボタンを押しためぐむは、ようやくまともに話を聞いてくれた。
「いやだから、守山さんにお詫び入れようと思うんだけど、どうだろ」
「あーはいはい、勝手にすれば?」
「……ですよね」
大人しくソファに座りなおす。
そしてさっそく俺はメッセを守山さんに送ることにした。
『もう、俺とは関わらないほうがいい』
これが俺にできる精一杯のお詫びだ。
そもそも守山さんに俺と関わって百害あって一利なしなのだ。
優しい守山さんと友だち付き合いしていたい気持ちはすごくある。
あるのだが、実力テストで散々がんばって二百位以内になれなかったのだ。そんなやつが、どうして守山さんと付き合ってられるだろう。
今回がんばってだめなら、これから先も守山さんを苦しめるだけ。
それならばもう、こちらから関係の清算を切り出すに限る。
既読はすぐついたものの、しばらく返事がなかった。
「めぐむ、守山さんから返信がこないんだけど」
「ごめんいま忙しい」
ゲームでだろうに。
俺とゲームどっちが大事なの、ゲームですよね聞くまでもなかったです。
「スマホが何もしてないのに壊れたのかもしれない。見てくれないか?」
「わかったから、もうゲーム邪魔しないって誓える?」
「守山さんに誓う」
「あたしに誓えあたしに。気持ちはわかるけどね」
俺からスマホを受け取って、メッセを確認しためぐむはどうもドン引きしていた。
「あんた、これを送ったの?」
これとはつまり、『もう、俺とは関わらないほうがいい』というメッセのこと。
「メッセの設定的にNGな内容だったか? 隠しコマンド的な?」
「それ以前の問題。そりゃ返信こないわ」
「……日本語がおかしかったかな」
「時々あんたが別の言語喋ってる気がしてくる。いいからすぐ電話しなさい、五秒以内」
「待て心の準備が」
「もうかけた」
すでにめぐむは、俺のスマホで守山さんに電話をかけていた。




