第33話 守山さんとゲームセンター 中編
ゲームセンターで守山さんに刀でぐりぐり刺されている。
真似であり本当に刺されてるわけじゃない。
だけど、怨念、みたいなものを感じた。
まあ守山さんからどんなひどいことされようと、俺は受け入れる所存なので問題はなかった。
ふぅ、とひとしきり腸をかき回した後、守山さんも満足したみたいだ。
「ちょっとすっきり」
「守山さんがいいならよかったよ」
ぐりぐり刺される真似をされた、痛くもない腹だけれど、ついさすってしまう。大丈夫大丈夫、無傷だ。
「俺がやりたいのやってたけど、守山さんがやりたいのとかはないのか?」
「んー、そうだね。――あ、あれかわいい」
ひとり、守山さんが筐体のひとつに向かっていくのを俺は追いかける。
向かった先は、クレーンゲームコーナーになる。
かわいいと守山さんが言った景品は、三毛猫のぬいぐるみだ。
目を細めてだらりと腹ばいになった状態のもので、大きさはバスケットボールくらいある。
さっと守山さんは五百円投入し、三回チャレンジに入った。
一生懸命なトライに関わらず、アームは非情である。
穴までぬいぐるみはあと十五センチほどあった。
しかし動いたのは三センチだ。
「もっとこう、うまくできないかな」
当たり前だが小遣いは有限であり、クレーンゲームは簡単にそれを溶かす。
守山さんの悩む姿を見て動かなければ人ですらない。
「徹くん?」
ちゃりーん。
行けよ俺の明日の昼飯代。
その身を犠牲にして守山さんの望みを果たせ。
さて結果は、
「あー……」
一センチも動かないどころか、ぬいぐむるみをむしろ穴から遠ざけてしまった。
「ど、どんまい」
誠に申し開きようもございません。
さらに追加だ。
俺は明日の夕飯代を生贄に、再チャレンジする。
「が、がんばって」
守山さんの応援を受け、俺の指先の感覚はかつてなく鋭くなる。
今なら米粒にお釈迦様だって描いてみせる。
ただし空間認識能力ががばがばすぎてアームはやっぱり標的からずれた。
明日そして明後日のご飯を抜くだけでは飽き足らない。
「まあ人は水だけで三日間生きられるから」
「だとしても体には大ダメージだからね、だめだよ」
さらに俺が五百円玉を連続投入しようとするのを、守山さんは投入口を手で覆うことで止める。
「止めてくれるな守山さん、俺は、俺は、どうしてもきみにあのぬいぐるみを献上したいんだ……!」
「私、徹くんを苦しめてまであのぬいぐるみ欲しくない!」
「我慢しなくていいんだ。俺の一時の空腹くらいで守山さんが喜んでくれるなら、安すぎる買い物だよ」
「だから、徹くんが苦しいと、私もすごく苦しいの。ぬいぐるみが手に入ったからって、その苦しさは紛れもしないんだから」
「優しいな、守山さんは。だけど、俺は、信念を曲げるつもりはない!」
「だめ、徹くん!」
同じ景品が隣の台にも入っている。
隣の台に五百円玉を入れようとする俺を、守山さんは止められない。
「――ちっ」
守山さんは俺を止められないが、店員のお兄さんは止められた。
舌打ちして、我に返らせてくれた。
こちらをちらりとも見ないまま、硬貨を回収しているお兄さん。
ありがとう、あなたの顔はとりあえず忘れず見たら隠れることにします。
何やってんだ、俺、それに守山さんも。
「ふ、普通に遊ぼうか徹くん」
「そうですね守山様」
しばらくこのゲーセンに来るのはよそう。
ふたりでできて、出費も痛くなくて、女子でもある程度楽しめるもの。
クイズゲームを選んだ。
ふたりで並んで座って楽しめる。
これが中々好調で、ステージをするするとノーコンで進められた。
まあ主に守山さんのおかげなんだけど。
俺が役立てたのは、アニメ・ゲームや雑学のジャンルくらいだ。
「私たちいいコンビだね、徹くん」
支えあう人の字というよりも、俺がコバンザメという感じだった。
あまり守山さんにいいところを見せられていないというか。
いや、そもそも俺にいいところなんてものがほぼなかった。
それでも、何かの形で見せたかった。
ある意味、それが勉強をがんばっている理由でもあるし。
「ごめん、ちょっとトイレに」
「一緒に行くよ」
「いくらいいコンビといってもさすがに一緒にトイレとかは」
「別に入り口で待ってるだけのつもりだったんだけど!?」
「小さいほうだから」
「そこは聞いてないというか聞きたくなかった」
「すぐ戻ってくるんで。それにほら、制限時間が」
クイズはまだ続いている。
制限時間内に答えられなければ、ゲームオーバーだ。
「え、あ、ちょっと」
慌ててクイズに戻る守山さんを尻目に、俺はトイレに向かう。
その、ふりをした。
途中で方向転換を行って、クレーンゲームコーナーに戻った。
目的は、例の猫のぬいぐるみだ。
例え今週の食事が毎食おにぎり一個になろうと、やり遂げる。
しょせんクレーンゲームとかある程度お金が蓄積すれば設定でアームの力が強くなるものだし。
守山さんのため、というのとは少し違う。
けれど、守山さんが動機である、というのは間違いなかった。
……行くぜ。
「はいちょっと失礼しまーす」
先ほど舌打ちしていた店員のお兄さんが、突然俺の前に体を入れてきた。
むっとしてしまうのも数秒間だけのことだ。
お兄さんは、台のスライドカバーを開けて、ぬいぐるみを穴へ近づけてくれていた。
これによりぬいぐるみの頭が、穴に飛び出しているようになる。
去っていくその背中を目で追えば、お兄さんはサムズアップしていた。
がんばれよ、ってところだろう。
がんばろうと、そう思った。
* * *
結局、俺の食事代はしばらくかなり節約しなければならなくなりそうです。
ただ、幸いにして猫のぬいぐるみは手に入った。
俺の手柄ではない、店員のお兄さんに加えて、面池くんのおかげだ。
通りすがりのイケメン面池くんが、俺を見かねて取ってくれた。
つまり俺は金を出しただけで守山さんの欲しがっていたぬいぐるみをゲット。
できれば一から十までひとりで取ったものを贈りたかったけど、ぜいたくは言えない。
クイズゲームのところに戻ると、守山さんの姿はなかった。
五分ほど熟考して、ようやくひとつ思いついた。
ゲーセンのトイレの前、である。
「遅いよ」
俺がトイレに行くと言ったが、守山さんはどうにも戻ってくるのが遅いと考えた。クイズゲームも終わって、トイレの前で俺が出てくるのを待っていようとしたのだ。
それが、守山さんがトイレの前にいて、遅い、と言う事情。
「ぬいぐるみがもらえるトイレにでも行ってたの?」
「いやあ、その」
捧げ物をするように、俺はぬいぐるみの入ったビニール袋を差し出す。
「どうぞ、お納めください」
「……いくら、かかったの? 遅かったけど」
「いや大してかかってない、情けない話、店員さんに穴の近くまで動かしてもらったし、通りすがりのイケメン、もとい面池くんがやってくれて」
自分で言ってて本当に情けなくなってきた。
「お礼を言うなら面池くんと、ここの店員さんに」
「……そう」
守山さんが、ぬいぐるみを受け取ってくれた。
それだけで、俺は報われる気持ちになれる。
「ありがとうね、徹くん」
「いや、だから俺は何も」
「ありがとう。うれしい」
ぬいぐるみを受け取ってもらえるだけでよかったのになあ。
「ごめんほんとに、ちょっとトイレに」
捧げ物をする際の体勢のまま、お辞儀をするような状態のまま、俺は男子トイレに駆け込んだ。
あのままだとガチうれし泣きしそうだったので。
守山さんは、俺にとって、天使なんだろうか、悪魔なんだろうか。
魔女、というのがぴったりに思えた。
毒リンゴを食べさせたりすることもあれば、舞踏会に連れていくこともある。
声を奪いもするが、引き換えに陸を歩ける足をくれる。
魔女、まさに魔女、だ。
泣いてないよ。
個室で、泣きそうになるのを押さえ込んでから、守山さんのところに戻った。
「ねえ、徹くん」
「はい何でしょうか守山様」
「次そう呼んだら叩くので。プリクラ撮りたいんだけど、いい?」
「ひとりプリクラってやったことあるけどあれすごい悲しくなるからな」
「うわあいろいろつっこみたい……」
苦笑いする守山さんだったが、ぬいぐるみに軽く顔を埋めながら、
「行こ?」
「地獄の果てまでもお供します」
守山さんのためならどこまでも。
彼女のためにならないなら絶対にしないけど。
俺という友だちとプリクラを撮るくらい、大丈夫な、はずだ。




