第32話 守山さんとゲームセンター 前編
守山さんにふさわしい人間になるべく、実力テストで二百番以内になる。
二百四十三位が最高の俺としては大きく出たほうだった。
けど、守山さんが俺のモチベーションを上げてくれていたから。
水曜日にはかつてなくやる気に満ちあふれていた。
――んだけど。
金曜日の朝、昇降口で一緒になっためぐむに声をかけた。
「めぐむ、放課後ゲーセン行かないか?」
「あんた勉強がんばるからウチ来るなっつってた口が言う?」
いくら守山さんが俺をやる気にさせてくれるからといって。
勉強を無限にがんばれるわけじゃない。
大好きな守山さんに報いたいけど、光の速さで人は走れない。
ごめんなさい、ほんとすいません。
「ちょっと、ほんの気晴らしに、一時間だけだから。どう?」
「悪いけど、部活あるし、あたしだって勉強したいし、パス」
「俺と部活や勉強、どっちが大事なんだ」
「部活や勉強のがよっぽど大事」
「聞かなかったことにするけど、ゲーセン行かないか?」
「行かないっつってんでしょ」
階段を上り、廊下を歩いて教室に向かう。
「あんたそれで、モリさんに申し訳なくないの?」
めぐむとは示し合わせて、守山さんのことはモリさんとおおっぴらには呼ぶことにしている。
あまり俺と仲良くしていることを周囲に知られたくない。
「すごく申し訳ない。けど気晴らししないと。限界なんだ」
「じゃあひとりで行ってくれば?」
「ひとりでも勉強してないやつがそばにいると安心するんだよ」
「このクズ……」
わかってる。
「めぐむが一緒に来てくれると、ゲーセン行くのに自己嫌悪とか罪悪感とかで結局楽しめないとかいう状況が避けられるんだ、俺を助けると思って、な?」
「あたしが知るか。っていうかモリさんと行けば?」
「めぐむが、うんと言うまでここをどかない」
教室のドアの前に立ちはだかり、めぐむの行く手を阻む。
すると下からめぐむににらみ上げられた。
「……どこのゲーセン行くって?」
「駅前じゃなくて遠いほうのに。あっちのが格ゲーが熱い」
「わかった。わかったから、もういいでしょ」
「ありがとうめぐむ」
ドアからどいたことで、めぐむは教室に入っていくが、
「やっぱ行かない」
「めぐむぅ!?」
いやまあ、しょうがなかった。
遊びたい、けど。
めぐむも忙しいみたいだし、迷惑がかけたいわけでもない。
「ひとりで、行くかぁ」
ふと、階段を上がってきて廊下に姿を現した守山さんを見つける。
十メートルほど離れた距離で、守山さんは微笑みかけてくれた。
俺のほうは思わず顔をそらしてしまう。
いやほんと、すいません。
明日からまたがんばるので、今日のところは、ゲーセンに行ってきます。
* * *
放課後、俺はゲーセンに行った。
「あ、徹くん、偶然」
「ごめんなさい!」
そこで、守山さんと遭遇してしまったのだった。
流れるように土下座。
日本で最も土下座した経験の多い高校生だと自負している。
「き、汚いよ徹くん、ほら早く立って!」
これほど土下座時間が短いのも初めてのことだった。
いろいろと本当に、守山さんという人は俺に初めてをくれる。
「事情、聞くから、ね?」
「実は、ちょっと気晴らしにゲーセンで遊ぼうかと思った次第でございます」
「なんだ、そんなことで別に謝らなくてもいいんだよ?」
「申し訳なくて。守山さんは、応援してくれてたわけだし」
「私、別に徹くんに常に勉強してろって言ったつもりはさらさらないから」
両手の指先を合わせ、守山さんは笑いかけてくれる。
「それに、息抜きってすごく大事だと思う。いいよ、えらいえらい」
呼吸しているだけ偉いと褒められた気分だ。
実際その通りかもしれないけど。
よく平気な顔して生きてられるな、とか中学時代に言われたこともある。
「守山さんはどうしてここに?」
「え? 私は、その、偶然?」
「ここ、学校からかなり遠いけど。普通、駅前のビル中にあるゲーセン行くもんじゃないか?」
「ごめん、嘘ついた。徹くんがここに来る、って聞いたから、つい」
「あれ、そんなこと、守山さんのいるとこで話してたっけ」
朝、廊下でめぐむとは確かに話した。
しかし、守山さんの姿を見たのは、話し終わった後のことだ。
あのときの会話を聞いていた、ということはありえない。
「めぐむさんに、教えてもらったの」
めぐむグッジョブ……なのか?
図らずも守山さんとゲーセンで遭遇したこと。
罪悪感がありつつ、けれどこうして学校外で会えること自体はうれしい。
「そういえば、明日香さんがウチに来たとき」
「その節は本当にごめんね。いつか本人から謝罪に行くべきだったんだろうけど、行ったらまた何かしでかしそうで」
「もうあまり会いたくないから、そっちのがありがたい。別に責めたいわけでもなくて、明日香さんが来たとき、めぐむが守山さんに連絡取ってたよな。いつお互いの連絡先を?」
「えっと、一月半ぐらい前、かな」
ちょうど、夏休み明けくらいの話だ。
その頃何があったかというと、守山さんと隣の席になったり、守山さんに告白されたり、ということがあった。
「そんなことより、気晴らしに来たんでしょ? 何して遊ぶの?」
「とりあえずシューティングやろうと思っては来たんだけど」
違和感があったけれど、うまく言語化できない。
何かがおかしい。
いつの間にか守山さんと一緒にゲーセンで遊ぶことになっているような。
どうしてホワイ。
「じゃあそれやろう、どっちにあるの?」
おかしいと思ったが、はしゃぎ気味の守山さんがかわいかったので忘れた。
やるゲームの名前は、タイム・ハザード。
ハリウッドテイストでスパイが主人公のシューティングゲーム。
リロードがガンコントローラーを振ることで行われる。そこが地味に好きだ。
女子に面白いゲームなのか疑問ではあったけど。
画面内で敵からの攻撃を避けるのに、守山さんは現実的かつ物理的に避けようとしていた。本来はペダルを踏むことで回避ができるし、守山さん自身何度かペダルを踏んで回避していたのだが、体は動いてしまうらしい。
きっとレーシングゲームやらせたら体を傾けてしまうタイプだ。
守山さんは早々にリタイアしてしまって、ステージを二つほど俺が単独にやることになった。守山さんから、へー、とか、おー、とか、斜め後ろから反応がきていて、調子に乗りそうになるけど、同時になんだか申し訳なくなった。
途中でわざと攻撃を受けて、ゲームオーバーとなる。
「あ、残念」
コンティニューはせず、守山さんに尋ねた。
「次は守山さんやりたいのをやろう。ここには何しに?」
「徹くんが来るっていうから」
「んん?」
「なんて、それもあるけど、クレーンゲームをしたくてね」
「それなら駅前のゲーセンのがよっぽど充実してるよな」
守山さんの時が止まった。
「設定にしても駅前のがなんだかんだいいし、蓄積もされやすいからアームも見極めれば強いものがあるんだよな。つまり総合的によっぽど駅前のがいいわけで」
唯一デメリットがあるとすれば人が多いことだけだ。
「で、守山さんはこのゲーセンに何しに? 俺が来るからってだけ?」
「迷惑なら、帰る、ね、私」
再び動き出した守山さんは、声が震えていた。
「来たら、謝られたし。私、いないほうが楽しめたよね。気、遣わせちゃってたよね」
「違う、そうじゃなくて守山さん。だから、俺は」
「何が違うの?」
そっと守山さんは目尻を指先で拭う。
本当に、悲しい気持ちにさせたくはないんだ。
「俺は守山さんといると何してても楽しいよ!」
「……まじめに言ってる?」
「超マジです」
「そう、ならよかった」
あれ。
さっきまでが嘘みたいに、守山さんが明るくなってる。
「守山さん、もしかしてからかった?」
「心外ね。ただ、傷ついたのは本当だからね?」
「くっそどこのどいつだ守山さんを傷つけたのは」
黙って守山さんが俺のことを指差してくる。
あっはい。
知ってた。
「かくなる上は腹を切って詫びを……」
「じゃあ私が介錯するね」
止めて。
できればぜひ止めてほしかった。
「介・錯」
腹を切る前に、俺は守山さんに刺し殺されてしまった。
それ介錯と違う、ただの刺殺だ。
もちろんフリで、守山さんは刀なんか持ってないし俺も痛くも何ともない。
ノリのいい守山さんだった。
ただ、いくら刺すふりとはいってもぐりぐり刀を動かす真似はやめてください。




