第31話 手作りクッキー
守山さんからのごほうびは何がいいか。
俺は、すぐに答えることができなかった。
答えは自分の中にあったけれど、口に出すことは、できなかった。
「ね、ごほうびは何がいい?」
「どえらいドエロイことでもいいんですか守山さん」
別にしないけれど、そんなこと言い出したらどうするつもりなんですかと。
「いいよ、どえらいドエロイことでも、何でも」
ええー。
守山さんの悪魔。
「徹くんにそんな根性があるならね」
デスヨネー。
完全に見抜かれていた。
まあ玄関先でコトに及ばなかった時点で、童貞根性はお察しだ。
「じゃあ、さ、二週間後の実力テストで二百番以内になったら」
「え、低っ」
二年の総数は二百八十七人。
守山さんの言いたいことはわかる。
こういうとき一番になったら、とか言える人間でありたかったよ俺も。
「あ、ごめんごめん。そうだよね、徹くんにとってはすごいことだもんね」
きっと守山さんの成績は二桁順位余裕なんだと思う。
どうしてだろう、例えばめぐむに言われてもこないのに守山さんから言われるとぐさぐさくる。
「二百番以内になったら、ひとつ、お願いを聞いてほしいんだ」
「うん、だから、聞くよ?」
「じゃなくて。ただ、お願いを口にする権利だけでいいんだ」
「どういうことか、わからないんだけど」
まあ、俺のコミュニケーション能力はこんなものだ。
何て言えばいいのか、言葉をたくさん尽くしてがんばるしかない。
「仮に例えば、俺が二百番以内になれたとする。そしたら、守山さんに、クッキーを作ってほしいとかお願いするとする」
「わかった、今度作ってくるね」
「仮に、例えば」
なんでもう話が進んでるんだ。
「そのお願いを、ただ、守山さんが聞いてくれるだけでいいんだ。別にクッキーを作ってくれなくてもいい。むしろ聞いたらすぐ忘れてほしい」
「お願いを叶えるんじゃなく、本当に聞くだけってこと?」
「そう。別に叶えてくれなくていい。ただ、お願いすることを許してほしい。その先は、ある意味どうでもいいんだ」
「わかった、徹くんのお願いを必ず、絶対に聞くね」
「今ほどコミュ力のなさを嘆いたことはないなあ」
本当に通じているか。
「わかってるから。ただ、どうせ徹くんのお願いって大したものじゃないんでしょ?」
「わからないよ、どえらいドエロイこと頼んだらどうするんだ」
あまり守山さんに見くびられるのも引っかかり、ついありえないことも口にしてしまう。
そんな俺に、守山さんは慈しむような笑みを浮かべてくれた。
「そのときは、受け入れるよ」
いや。
違うっていうか。
本当に、俺がお願いをする許可をもらうだけで、実際に叶えてもらう必要はないんだってば。
「じゃあ、二週間後、いや、三週間後だね。実際に順位発表があるのは」
小さくガッツポーズをする守山さん。
「がんばってね」
耐え切れず、俺はスマホを手に取って電話をかけた。
「あ、もしもし? すいません、タクシーを」
がっ、と。
俺のスマホを持つ手が、守山さんによって引き下ろされる。
これではタクシーが呼べない。
「守山さん?」
「あの、徹くん、今日、泊まってっちゃダメかな」
泊まってっちゃダメです。
しかし片腕では守山さんの両手の力には敵わない。
スマホを再び耳元まで持っていこうとしても、完全に離されたままだ。
「ダメです、それとも何、また俺は押し倒されるとかするわけなのか?」
「忘れてって言ったでしょ!?」
触れてはならない恥ずかしい過去と成り果てたらしい。
とはいえ俺のほうは一生忘れるつもりはなかった。
「いや、そうじゃなくて、その、ね?」
顔をうつむけ、守山さんはげんなりした表情になる。
「このまま普通に帰ったら、お母さんがうるさそうで」
「あー」
電話ではすっかりハイテンションで期待しまくっていた。たぶん孫とかを。
今回ばかりは主に守山さんが悪いんだけど。
「だから泊まってくって?」
「めぐむさんも泊まってくことあるっていうし、友だちと遊んで、お泊り、っていうのはダメ?」
「守山さんは俺を縛り上げてくれるかな?」
「徹くんってドMな上にそんな遊びが好きだったんだ……」
そうかもだけど今回は意味合いが違う。
「いや、寝る前にさ、物理的に手を出せないようにしておけば、精神的にあれになっても大丈夫だろうってことで、縛ってもらえればと思ったんだけど」
「徹くんがドM豚野郎とかじゃなくて?」
「もっと言ってください」
頭を下げるも、俺のお願いは守山さんに無視された。
「普段、めぐむさんとは何して遊んでるの?」
「あー、普通にゲーム三昧。ご飯食べたりもするけど。守山さん、ゲームとかは?」
「あんまり。あ、けど明日香くんと一緒に配管工のおじさんのやつやったことあるよ」
「アクション?」
「スゴロク? みたいな」
「また古いの引っ張ってきたね。まあスゴロクゲームもあるけど」
基本的に守山さんの好みに合わせていこう。
「あ、でも」
振り返ると、守山さんは口元を手で覆って、顔をそらしていた。
「遊んでるとき、なんとなくムラムラきちゃったら、ごめんね?」
悪魔。
襲われるのを待ってるわけじゃないよね?
友だちだもん。
俺は男女間でも友情って成立する派だ。
* * *
守山さんが泊まりにきたけど何もなかった翌週の水曜日。
何もなかった。
早朝、俺の母さんが帰ってきて、守山さんが間男みたいに出ていくことになったのがトラブルといえばトラブルだったけど。
水曜日の放課後、いつものように美化委員の仕事で一緒になる。
そのとき、守山さんは小さな白い紙袋を持っていた。
確か俺も朝に見かけて、友だちである杵島さんも紙袋の中身は何なのか聞いていたけど、ごまかしていたはずだ。
完全にその中身は不明だったんだけど、今、わざわざ持ってきている。
ということは、俺か、美化委員にか関係のある品ということになる。
「徹くん、今日も勉強がんばってたね」
「いや、まあ、俺なりにね? あと学校で名前呼びはちょっと」
「あ、ごめん、つい。けど、うん、えらいよ、とお、遠野くん」
「勉強は学生の本分ですし」
嘘ですめっちゃがんばってましたしほめてほしいです。
というかすでにごほうびもらいまくってるようなものだった。
二百番以内になってもお願いとかできる立場じゃなくなってきてる。
「だから、お詫びとお礼と、ちょっとしたごほうびを兼ねて、ね」
はい、と守山さんから紙袋を手渡される。
中身を覗くと、守山さんに貸したジャージと、包装されたクッキーが入っていた。
「別にジャージは燃やしてくれてよかったんだけど」
「だからそんなことしないって。ちゃんときれいに洗濯して返すよ」
「すごい、本当にきれいだ、まるで新品みたいにきれいになってる」
「守山家秘伝の洗濯術があるから……」
「袖のとことかほつれもあったかと思うんだけど、すごいな守山家秘伝」
「守山家秘伝の裁縫術だよ!」
この分だと、守山家には他にもさまざまなすごい秘伝があるに違いない。
「で、こっちは、クッキー?」
「クッキー作ってほしいって言ってたじゃない?」
「仮に、例えばの話だったんだけど。いやでもありがとう、うれしいよ」
「どういたしまして。勉強がんばってね、実はクッキーにも守山家の秘伝があってね、って」
さっそく俺はひとつ、クッキーをいただいた。
うむ、この味わいは……。
かつてない味がした。
甘くてしょっぱくて苦くて鉄臭い。
「あ、味はいまいちかもだけど、体にいいものをいろいろと入れててね?」
「守山さんの手ごねというだけでうまく感じるようにできてるから大丈夫」
「その味わわれかたは複雑です」
味覚的においしいとはお世辞にも言えなかった。
ただし、まずくもない。
こう、炭酸飲料、※実はゼロカロリー、みたいな味がする。
とても俺の語彙で言い表しにくかった。
「とにかく、ありがとう。大事に食べるよ」
「うん。じゃあ、美化委員の仕事、はじめようか」
紙袋は一旦、用具室に置いておいて、美化委員の活動を始める俺と守山さん。
二百番以内にはなれてなくても、すでにたくさんのごほうびをもらってしまっている。
しっかり応えて、勉強をがんばろう。
かつてなく、俺はやる気に満ちあふれるのだった。




