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第28話 お泊りコースです




 明日、内臓を引きずり出されて死んでるんではなかろうか。


 そう思ってしまうくらいには、この状況は幸せが勝ちすぎている。


 自宅の玄関先で、守山さんに馬乗りになられている。


 なお、守山さんは髪や制服がずぶ濡れになっているものとする。


 率直に言ってエロい。


 電気をつけていれば透けた下着が拝めていたかもしれない。

 いやむしろこの暗さこそが、ジャパニーズエロスをより演出しているのではないかと思わないでもないです。


 いいや、これこそがジャパニーズエロスの極地。


 同級生の清楚系美少女に玄関先で馬乗りになられているんだが。


 映画化待ったなし、全男が泣いたまである。


「遠野くん、遠野くん、遠野くん……」


 しきりに俺の名を呼ぶ守山さんは、動物がするみたいに体をこすりつけてこようとする。


 ら、らめえ。


「守山さん、どうして」


「遠野くんが、いけないんです」


 切なげな声をもらす守山さんに、俺も一杯一杯だ。


「いわれのない濡れ衣もどんとこいな俺だけど、今回ばかりはぜひ聞かせてほしいんだ……」


「遠野くんがかっこいいのが、いけないんです」


「いま初めて守山さんってバカなんだと思った」


 誰がかっこいいって?

 むしろかっこ悪いことに自他ともに定評のある俺なんですが。


「五百五十二日」


 突然、意味のわからない日数を守山さんが口走った。


 ざっと、一年と半年になる日数で、


「わかる? 遠野くんと、入学式で会ってからの日にちだよ」


「いま数えた? 計算速いなあハハハハ」


 まさか守山さんが、その日から毎日カウントしていたわけないしな。


 そんなわけがないのに。


 あったら怖い。


「どれだけ、どれだけ、私が、遠野くんと仲良くしたかったか、わかる?」


「数学の微分積分並みにわかりません」


 つまりさっぱりわからない。

 何だよあれ、社会に出て何の役に立つの? 少なくとも俺が役立てられると思うの?


「だから、今日は一杯、仲良しになろうね?」


 はあ、と首筋に守山さんの熱い吐息がかけられる。


 とっくに俺の体の準備は整っていたわけだけれど。

 心の準備は、まるで整っていなかった。


 安心してほしい守山さん、すでに一度きみに誓った。

 手を出さないほんとほんと、って。


「それとも、そんなに私、魅力ないかな」


 ごめん守山さん。


 俺なんかがおそらく初めてで、本当にごめんなさい。


 ――と、心の準備が整った瞬間。


 ブブブブブブ、と急に振動音がした。


「うおおおおおおぅ!?」


 それは、守山さんのスマホのバイブレーションだった。


 あっぶない。

 本気でいま、危なかった。


「守山さん、スマホ、鳴ってるよ」


「知らない。どうでもいい」


 振動によって、守山さんのスカートのポケットからスマホが落ちる。


 廊下に転がったスマホの表示名は、『お母さん』だった。



 ほあああああああああああ。


 冷めた、起き抜けに冷水ぶっかけられたみたいに一気に覚醒した。


 守山さんのお母さんから、電話がかかってきていた。


 このまま流されて手を出さなくて、ほんっっっっとうに、よかった。


 ほんと何考えていたのかわからない。

 誰が誰に手を出そうと考えてたのか。


 守山さんのお母さんごめんなさい、そしてありがとうございます。


 娘さんの初めては俺なんかのものにならずに済みました。


「守山さん、お母さんから電話かかってるよ」


「嫌。知らない」


「……出ても、いいかな」


 守山さんから返事はなかった。


 きっと、お母さんは娘を心配して電話をかけてきている。

 俺なんかがその気持ちを踏みにじることなんかできない。


 倒れた状態で守山さんに抱きつかれたまま、なんとかスマホの電話に出た。


「もしもし、守山さんのお母さん、ですか」


『え、遠野くん? その声は遠野くんよね?』


「はい。すいません、守山さんは、娘さんは、いま、俺の家に――」


『はー、もう、わかった! お父さんには私から話しておくから!』


 待って。

 この数秒で地平の果てまで話が進んだんですかぜひ待って。


 俺を置いてかないでください。


『莉世はいまどうしてるの?』


「えと、守山さんは、その」


『親には言いづらい状態にあるのね?!』


 その通りだけど!


 その通りだけど嬉々としないでほしかった。


『どうぞ、続けて。明日の朝、迎えに行くから』


 声の調子だけでわかる、すごい守山さん母ははしゃいでいる。


「今すぐ来てください」


「来なくていい。今日は遠野くんの家に泊まるから」


「もももも守山さん!?」


 迫真のお願いをしたところで、当事者の守山さんから横槍が入った。


『はいはーい、じゃ明日ね』


 電話が切られてしまう。


 何考えてんだ、守山さん母娘。


 このままじゃ、娘さん、守山さんが、俺なんかの毒牙にかかるんですことよ?

 子沢山の薄給の夫を持って苦労人生を歩みかねないんですよ。


 と、とにかくだ。


 このままでは消耗するばっかだ、俺の理性が。


「守山さん」


「なあに、遠野くん?」


 耳に息を吐きかけるように喋っちゃらめえ。


「しゃ、シャワー、浴びてきなよ」


「……ん、じゃあ、準備してくるね」


 ナニを!?


 そういうつもりもあったけど、別の意味もあったからね!

 風邪引かないようシャワー浴びて、体を拭いて、とかね?


 一度守山さんは俺の上からどいてくれた。

 けれど、風呂場まで案内するのに、俺の腕を抱きしめたままだった。


「守山さん、その、当たってるんですが」


 おっぱいが。

 当たっているんです。


「当ててるんですが」


 そうですかですよねー。


 本気で明日、俺はバラバラ死体として海に沈んでたりしないだろうか。


 幸せのぶり返しがめちゃくちゃ怖い。


「タオルとドライヤーはそこ、シャワーの使い方は大体わかるよな。洗濯機は、ああ、いま乾燥までセットするから、放り込んでスタート押せば大丈夫」


「うん、ありがとう。ちょっと待っててね」


 ぱぱっと説明や洗濯機の設定を終えて、できるだけ守山さんのほうを見ないようにしつつ、自分の部屋に戻った。


 濡れた服を着替えている途中、机に置いておいたスマホが鳴る。

 母さんからのメッセが入っていた。


 そうだ。

 母さんが帰ってくれば、守山さんとおかしなことにはならない。


 さすがによその娘さんと愚息を一つ屋根の下に寝させたりしない。

 それをするくらいなら、息子を放り出すくらい平気でする人だ。


 まあできれば、守山さんを車で家まで送ってほしいけど。


 問題は母さんがいつ帰ってくるのか、だ。

 それまで、俺はかつてない理性の大消耗戦を迎える。


 さあ、一時間か、二時間か、三時間までなら耐えてみせる。

 守山さんが俺の家で泊まるなんてことも、俺の毒牙にかかるなんてことも、あってはならない、あってはならないのだ。



『飲み会で帰れない。戸締りして寝なさい』



 守山さんとのお泊りコースが確定した。





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