第27話 ずぶ濡れの守山さんを自宅近くで発見した
ミカさんとアンジュに、壊れかけている守山さんとの関係へのアドバイスを頼み込んところ。
「ふーん……」
乗り気になってくれたっぽかったミカさんとは対照的に。
あくまでアンジュは、反対の態度を崩さなかった。
「私はむしろ遠野先輩と守山さんの関係がぶっ壊れたほうがいいと思ってます。いい機会じゃないですか、もう関係を終わりにすれば」
「お前どうしてそんなひどいことが……俺相手だからか」
「わかってるじゃないですか。不釣合い、不似合い、おこがましい」
それは、守山さんのことで明日香さんに嫉妬してしまったとき。
勘違いを知ってしまって、痛感してしまったとき。
ずっとわかりきっていたこと。
守山さんと俺では、差がありすぎる。
「けど俺は、守山さんに言ってもらえたんだ」
「お優しい言葉をかけてもらったんですね。そりゃ守山先輩はできた人だから、そう言うに決まってます。けど、だからこそ、身を引くべきじゃないんですか?」
「それ、は――」
「せっかく優しくしてくれた人を傷つけたいんですか」
「周囲の評判で、傷ついたとしても、守山さんは」
「だから」
うんざりしたように、アンジュはフライパンで肩を叩く。
「傷つける事実は、変わらないじゃあ、ないですか」
甘えだと、頭のいい後輩に、頭の悪い俺は諭された。
最低だと。
改めて、気づかされるような、冴え渡る一撃だった。
守山さんの優しさに甘えきっていた。
そんなこと、するべきでないのに。
何が、勉強をがんばってみようと思った、だ。
その程度で埋まる程度のものか。
守山さんが傷つかないようにすることができるとでも思っていたのか。
「先輩。分不相応に生きるべきだとは」
「そこまで」
後ろから、ミカさんがアンジュの口をふさぎにかかった。
「ふぁっ!?」
「うんうん、実に青春だねえ、美しいねえ。けどまあきみたちよりちょっと年上のお姉さんからアドバイスだよ」
「ちょっと……?」
確か干支が同じな年上のお姉さんのはずだった。
フライパンがアンジュからミカさんの手に戻ったことで俺も黙る。
「人の気持ちを、ちゃんと考えようね」
俺にはミカさんの言いたいことはわからなかったけど。
アンジュのほうには効果覿面だったようで、アンジュは顔をうつむける。
「ちょっと長話しすぎたね。今日のところはもう帰りなさい。今晩は雨も降るというし、雨の夜は、事故も多いから気をつけて」
「ミカさん、俺、どうしたら」
「自分の気持ちと、他人の気持ちを、自分なりに考えて答えを出しなさい」
ふっ、とミカさんはフライパンを片手に笑みをこぼす。
「当たり前のことでしょ?」
結局、俺にはミカさんの言いたいことはわからなかった。
* * *
守山さんに対して、どう動いたらいいのか。
その日、俺とアンジュは勉強会を中止して別れた。
アンジュのほうはきっと真っ直ぐ家に帰ったことだと思うが、俺のほうは帰る気にもなれずにいる。
コンビニに寄ったり、公園でたたずんだり、車の台数を数えたり。
つまり現実逃避していた。
「どうしたらいいか、わかんねえよ」
あれから守山さんのほうからメッセもない。
かといって俺からメッセを送ろうとすると、余計悪化しそうだった。
うだうだやっている。
そんな俺が帰ろうと思い立ったのは、雨が降り出したから。
「そういや、ミカさんも雨が降るって」
合羽も持ってきてないし、傘を差しての自転車は違法だ。
濡れるのもイヤだということでようやく、俺は帰ることにした。
雨足はどんどん強くなっていく。
まもなく土砂降りになった雨は、ひどく冷たく、うっとうしかった。
うなれ俺の人力エンジン、可及的速やかに帰宅するのだ。
帰宅部最速のタイムを見せてみろ!
「ぬおおおおおおおお上げろケイデンス!」
――と、俺が現実逃避していたところで。
否応なく、現実ってやつはやってくるのだった。
「守山さん……」
スリップ気味に、俺は自転車を急ブレーキさせて止まる。
俺の家の近くで、守山さんが傘も差さずに棒立ちになっていた。
雨を避けるでもなく、むしろ顔面から受けにいっているようだった。
「何、してんだ守山さん!」
死んだような、死にそうな、そんな表情をしていた。
「こんな、ずぶ濡れで、こんなところで、一体何してるんだ。早く帰ったほうがいい、いや、タクシーでも何でも、俺が払うから、だから」
自転車を放り出すように倒して、守山さんの反応をうかがう。
虚ろな目で見てくる守山さんに、俺の口も閉じてしまう。
「遠野くん……?」
「そうだよキモくて仕方ない例の遠野くんだよ! 早く帰ったほうがいい、風邪引くよ俺じゃないんだから!」
「遠野くん家をね、捜してたの」
一度だけ、守山さんは俺の家に来たことがある。
だから、大体の場所はわかっていてもおかしくないが、
「俺の家? どうして……俺のこと怒りにきた、とか?」
守山さんから、俺の質問に対する答えは帰ってこなかった。
「遠野くん家に、連れてってほしいの」
「そりゃ構わないけど、知ってんのかな、俺の親、いつも帰ってくるの遅いんだ。だから前と違って、最初から二人きりで……」
「知ってる、だから」
何か言いかけて、守山さんは小さなくしゃみをした。
まだ秋口とはいえ、雨の夜にずぶ濡れにもなればそれは体も冷える。
「わかった。誓って、何もしない。徹ウソツカナイ。だから、一旦俺ん家まで来てくれるかな守山さん。いやもちろん信じられないかもなんだけど、信じられないんだろうけど! いやほんと何もしないほんとほんと信じて!」
我ながら喋るほどに嘘くさくなっていた気はしたけど。
「……うん」
うなずいてくれた守山さん。
よかった。
信じてもらえた。
それが守山さんの優しさだとわかっていても、ありがたい。
せめて学生服を貸そうかと迷った。
雨をしのぐには割りと撥水性があっていい。
問題は、俺の着ていた学生服だ、ということ。
守山さんなら断らないかもだけど、断られたら死ぬ。俺の心が。
学生服を借りてもらうのは諦めて、だ。
自転車を押して歩く俺の後に、守山さんはとぼとぼとついてくる。
自宅まで五分とかからない距離だったけれど、度々後ろを振り返って守山さんがついてきているか確認しなければならなかった。
濡れ濡れでスケスケとか考えだしたら、それこそ最低だぞ俺。
服が肌にひっついて体の線がくっきりだなあとか。
ブラジャーは薄桃色なんだなあとか。
そういうとこだぞ、俺。
「守山さん、すぐ、タオル取ってくるから」
と、俺が玄関の上がり口に足をかけた瞬間だった。
「遠野くん」
「ん?」
呼びかけられて、片足立ちになりつつ、振り返ろうとしたところ。
いきなり突き飛ばされた。
尻餅をつかざるを得ず、けれど痛がっている暇もなかった。
守山さんに覆いかぶさられ、床に押し倒されるかっこうになる。
「守山、さん……?」
間近で見るその無表情からは、どんな感情も読み取ることができなかった。
こうしてみると、本当に人形のような顔立ちだった。
そして、腹の上に圧し掛かる遠山さんの重みと、体温の熱さ。
髪をすいては頬をくすぐってくる、守山さんの手の柔らかさ。
俺の血が沸騰するのには、十分すぎた。




