第24話 後輩に二人きりで勉強を教えてもらうことになった
「私が勉強を見てあげましょうか、遠野先輩」
図書館で勉強をしていたら、後輩に勉強を教えてもらう提案された。
アンジュは眼鏡だし、頭はいいんだろう、眼鏡だし。
「何を企んでる?」
「企むなんて。親切ですよ」
「もしかしてお前、俺のこと好きなのか? しもっちゃんと略奪愛のジレンマとかなのか?」
「先輩とはぜっっっっっっ」
めちゃくちゃ溜めるアンジュ。
「っっっっっっったいに付き合いませんからご安心を」
「気持ちはわかるけどそこまでか」
世界は俺に厳しくできているけれど。
守山さんやめぐむのような、俺にひどく甘い個人もいる。
アンジュもその内の一人なのかもしれなかった。
しもっちゃんという、俺を好きな前髪パッツン子とは友だちらしいが。
ただ、そのくらいの縁で協力してくれるとは、実に親切なやつだ。
「いいやつだな、アンジュ」
「罵られて気持ちよくなっちゃったんですか? 変態ですね」
鼻で笑ったアンジュに、俺はまだ引っかかっていることがあった。
「一年、だよな? アンジュって」
「だから一年の範囲なら教えてあげられます。どうですか?」
「俺に金持ちのじいさんの遺産が転がり込んでくることは、ないぞ」
「違います。金目当てじゃありません」
「じゃあカラダ目当てか」
「ばっ、バカじゃないですかバカなんですねバーカバーカ!」
臓器でも売り払わせるつもりか、と聞きたかったんだけど。
どうもアンジュは勘違いしているようで、顔を赤くして大声を出す。
このむっつりめ。
――がたっ、とイスの音がした。
つかつかつかつか、と図書委員の女子が詰め寄ってきて、
「出ていけ」
こうして俺とアンジュは、図書館から追い出されてしまった。
隣に立つアンジュからは、恨みがましい視線を向けられている。
「先輩のせいですからね」
「いやアンジュのせいじゃね?」
「先輩がバカなセクハラしてきたせいです」
マジ舌打ちされてしまった。
「ほんと、明日から通いづらくなるじゃないですか」
「気にするなよ、大して誰も覚えてないさ」
「皆先輩ほど記憶力悪くないんですよ」
「お前のこと忘れてたのは悪……くないな別に」
「ええ、先輩に頭のよさとか期待してないので」
辛辣。
大して知り合ってもいないのに、知ったふうなことを言われる。
当たっているので辛い。
「口悪くない? そんなんじゃモテないゾ」
「うざっ。口が悪いんじゃありません、正直なだけです」
「正直一本じゃ、生きづらそうだけどな」
「もっと愛想よくしなきゃとも思います。けどそれ以上に」
「自分に正直でありたい、って?」
「先輩に先に言われると腹が立ちますね」
とにかく、とアンジュは真っ直ぐ俺に体を向ける。
「どうですか? 二年の先輩が一年の私に勉強を教わる気は?」
「お前、俺にプライドなんてものがあると思ってるの? ないよ」
「だって先輩、息してますもんね」
「遠まわしに死んだほうがいいって言ってる?」
「いいえ」
軽く首を振ったアンジュは、くもりなきまなこで言った。
「直接的に言っています」
「そっちかあ……」
「しもっちゃんをフるなんて、信じられません」
「だからそれは」
「恋人がいるから、というのが嘘だってのはわかってますからね」
んー。
嘘をついて告白と断った、のは確かに事実だった。
そこをつつかれると弱いし痛い。
「アンジュはさ、俺と付き合うこととかどう思う」
「はあ、舌噛みますね」
俺と付き合うくらいなら死ぬと。
一般的な反応だな。
「だろ? つまりそういうことなんだよ」
「先輩、そんだけ卑屈でどうして笑ってられるんですか」
めぐむや守山さんがいてくれるからかなあ。
彼女たちがいなかったら確かに俺の人生はやばかった。
崖っぷちに追い詰められていたどころではない。
パラシュートのないスカイダイビングやってたはずだ。
「卑屈だからこそだよ。例えばアンジュが俺みたいになったらさ」
「ちょっとトイレで吐いてきていいです?」
「少し待ってくれ。要は自分への期待と現実のギャップなわけだ」
「先輩は、最低を受け入れているんですか? それって怠惰です」
「正しくは受け入れていた、だ」
「それで何をしようと……って、それが」
「図書館で熱心に勉強しようとしてみたり、ってわけだな」
諦めていて、受け入れていた最低な自分。
守山さんはそんな俺でもいいと言ってくれたけれど。
好きな人には自分のことを誇ってほしいとか、思ってみたり。
今の俺じゃ、守山さんに自分からメッセさえ送れない。
「じゃあその勉強ですが、私に教わる気はあるんですね?」
「試してみるのは全然ありだな」
「わかりました、とはいえ」
軽く握った拳を口元に当て、アンジュは少し考え込むふうだ。
「どこで先輩と勉強会したらいいんでしょうか」
「教室、図書館、自宅とかあるが」
「教室は騒がしくてダメで、図書館は追い出されたばかりです」
「じゃあ俺の家に来るか?」
「変態」
まあそりゃそうだ。
「じゃあ他に、どこか静かで、長くいられて……」
一つ、心当たりがあった。
静かで、人がいなくて、長くいられて、勉強できる机もある。
しかも学校からさほど遠くないところにあるのだ。
「喫茶店、とかどうだ? ちょうどいいとこ知ってる」
「それだと、お金がかかってしまいません?」
「今日のところは俺がおごる。明日なら図書館でもやれるだろ」
「先輩はいつの間に偽物と入れ替わったんです?」
「本物だよ残念ながらな」
喫茶店『肉球亭』へ、アンジュと一緒に行くことが決定した瞬間だった。
じゃあ行くか、と歩き出そうとしたところで、
「おっと、……すいません」
「いえ」
図書館の自動ドアのところで、女子とぶつかりかけた。
よく見ていなかった俺が急に動き出したので、全面的にこちらが悪い。
とはいっても、その女子から、じろじろと見られてしまった。
それが少し不思議で、図書館に入っていく女子を見送る。
「知り合いですか?」
「あー、守山さんの友だち、だったはず」
「なんか私までにらまれた気がしたんですけど」
「俺なんかと仲良くするな、とでも無言で言ってたんじゃないか」
「めちゃくちゃ心外です」
守山さんの友だちが、俺とアンジュが一緒にいるところを見た。
アンジュにとってはともかく、俺にとって困ることはない。
ない、はずなのだが、どこか胸がざわついていた。
このことで、何かが起こってしまいそうな。
まあいつものネガティヴスイッチが入っただけかもしれない。
気を取り直して、後輩の女子とともに二人きりで喫茶店に行く。




