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第18話 明日香さん


「ここがきみのハウスか」


「ダンボール持ってくるので好きに使ってくれていいですよ」


 それで今夜の寝床としてもらおう。


「またまたー、遠野くんの、ツ・ン・デ・レ」


 四回、明日香さんに肘で軽く脇腹をつつかれる。


 殴りたい。

 ぐーで、殴りたい。


「守山さんの親戚、なんですよね」


「そだよー。莉世の叔母の娘がオレ」


「似てませんね」


 ちゃらんぽらんなところとか。


「おいおいおっぱいの話はセクハラだぞ?」


 確かにそこはまったく似てないけども。


「女性から男性にもセクハラって成立するんですよね」


 守山さんが明日香さんを毛嫌いするのがよくわかる。


 遠く異国の地で幸せになれるタイプの人だ。


「ほー、詳しいね遠野くん。よっ、セクハラ博士」


 めちゃくちゃ誤解されそうだからやめてもらえますか。


 じたばたしても始まらないし、このズボンにつけられたゲロの臭いもいい加減辛い。


「言っておきますけど、休んだらすぐ出ていってくださいね。泊めるつもりとかありませんから」


「やだ遠野くんやらしー」


 無だ。

 心頭滅却して、平静を保つのだ。


 女性だし、守山さんの親戚だし。


 明日香さんを連れて家の中に入ると、


「お邪魔しまーす」


 一応の礼儀くらいはわきまえているみたいだった。


 よし、俺もきちんと礼を尽くさないと。


「もう帰ってもらえますか」


「遠野くんのご休憩判定厳しくない? こんなんじゃ一回分もできないよ?」


 廊下を歩きながら、家に帰りたいとか思ってしまった。

 ここが我が家なのに。


「とおるー? 遅いんだけどー、って、んん?」


 リビングでは、めぐむがゾンビゲーを一人でやっていた。

 体はゲームのほうを向けたまま、怪訝けげんそうな顔だけがこちらを見てくる。


「徹、その女の人は誰?」


 一目で明日香さんが女性だってわかるんだな。

 めぐむの眼が鋭いのか、俺の眼があの時嫉妬でくもってたのか。

 両方だろうなあ、と恥ずかしさで中二ポーズを取らざるを得ない。


「あ、どもどもー、オレ、守山明日香。守山莉世の従姉妹でっす」


「はあ、どうも。緋村めぐむです。そこにいるゴミムシの、知り合いです」


 今ナチュラルにゴミムシ扱いしたな。

 全然構わないというかウェルカムだけど。


「あの、めぐむ、この人は」


 一歩近づくと、めぐむに思い切り顔をしかめられた。


「くさっ、徹、くさっ! 少し見ない間に体臭がゲロみたいになってるのはどういうわけ?」


「体臭じゃなくて! 明日香さんにズボンにゲロ吐かれたんだよ、ほらここ」


 触りたくないので、消化されかかった胃の内容物はズボンにまだついている。


「そういうファッションじゃなくて?」


「さっきまで一緒にいて、こんなアバンギャルドなファッションしてたら気づくだろふつー」


 生肉ドレスがパリコレに出たことはあるが、ゲロのかかったズボンは未来に生きすぎだ。


「ねーお酒ないよ遠野くん」


 いつの間にか移動していた明日香さんが、冷蔵庫を勝手に開けていた。


「我が物顔か! うちには酒はないですし、あってもあげません。というか警察呼びますからね」


「遠野くん、バレなければ大丈夫だって。きみの罪は」


「捕まるの俺のほうですか不法侵入者のお姉さん」


「お姉さんって、なんか照れるなー」


「都合のいい部分だけ聞き取る素敵な耳ですね」


 やはりこの人は俺の手に負えない。


「……めぐむ、ちょっと相談が」


「近づかないでくれる?」


 近づこうとすると、素早くソファの端へ移動して遠ざかられる。


 大丈夫。慣れてる。平気。


「二人きりで相談したいことがあるんだ」


 後ろから、明日香さんが口笛を吹くのが聞こえてきた。

 うるさい。


「ここでいいでしょ。何?」


「実は明日香さんを一刻も早く追い出したいんだ」


「おいおいおーい、聞こえてんぞ? 傷つくなあ」


 言いながら、カシュッ、と明日香さんはジュース缶を開ける。

 見ていて気持ちいいくらい一気飲みして、「かーっ」と満足げに叫ぶ。


「めぐむ、あれが傷ついてる人間の反応なのかバカな俺に教えてくれ」


「残念だけどあんたの疑問はもっともだわ。あれは、中身だけはあんたといい勝負してる」


「外見だけは美人なのになあ」


 残念美人、というやつだった。


 中身が残念なら外見も残念な俺とは、世間的評価がかけはなれている。


「んふふ、照れるじゃねーの」


「明日香さんて黙って何もしないでいればかなりの美人ですよね」


「こう?」


 表情を引き締めて、明日香さんが壁に寄りかかって立つ。


 完璧に宝塚に出てくる人種だった。


 ここでめぐむが口を挟み、


「ワーホントステキ。ウォーキングでもすれば本当にモデルに見えるかも。ちょっと歩いてもらえます?」


「んー? しょーがねーなー」


「そうそう、そのまま廊下を、そう」


 めぐむに誘導されるまま、明日香さんは玄関に向かっていく。


「キャーカッコイイ。じゃあちょっと颯爽と玄関から出てみましょうか。朝出かけるかっこいい美人、みたいな感じで。あたしそういう人を見送るのが夢だったんです」


「おー、見てろよ。しっかり見てろー」


 明日香さんが自分から家の外に出たところで、めぐむがドアを閉めて鍵をかけた。


「あれ? なんで鍵かけんの? おーい、めぐむちゃん、遠野くん。オレまだ外にいるよ、凍えて死んじゃうよー?」


「徹、くさいからとっととシャワー浴びてきてよね」


「あ、すまん」


 さっそく俺は自分の部屋から着替えを取りに行く。


「ねー? 聞いてる? 聞こえてるだろー? オレオレ、守山明日香。次はどうする? お酒のCMみたいなことやっちゃう?」


 着替えを取ってくると、そのまま脱衣場に行って服を脱ぐ。


 外からはまだガラガラ声が騒ぎ立てるのが聞こえていたが、無視した。


 シャワーから出てくる頃には、インターホンが連打されるようになっていた。


「めぐむ、これやめさせられないか?」


 ピピピピピピピンポーン、という具合で連打されまくっている。


「こっちの受信機の電源切ればいいでしょ」


 器用にゲームの技入力をしながら、めぐむはあっさりと教えてくれる。


「めぐむは本当に頭がいいな」


 元凶を取り除かなくても、対処をすることはできるのだ。


 さっそく言う通りにすると、少しの間平穏が訪れた。


「それよりさっさとご飯食べてゲームの相手しなさいよ。何時間待ったと思ってんの? 何様のつもり?」


「さすがに一時間も待たせてないはずだけど。すぐ食うよ」


 そのとき、窓のすぐ外で物音がした。


 泣き顔の明日香さんが、リビングの大きな窓に張り付いて叫ぶ。


「入れてよおおおおおおお!」


 庭に回りこんでくるくらいの知恵があったらしい。

 俺と同程度の中身をしている、というのは改めないといけないかもしれなかった。


 まあ無視するんだけど。


「めぐむ、接待するからゲームしよう」


「まああたしはそれでもいいけど、そろそろあんたのおばさんの立場がかわいそうだわ。女の人を締め出して泣かせてたって、外聞悪すぎでしょ」


 スマホをいじったかと思えば、めぐむは窓に近寄って鍵を開けた。


 当然、明日香さんは喜んで中に入ってくる。


「ありがとう、ありがとう! やっぱめぐむちゃんはかわいくて優しい子だ! それに比べてそこのゲロ少年ときたら!」


「ちょっと黙っててもらえますかねゲロお姉さん」


 罵られるのは慣れてるけれど、同類から言われるのは違和感がある。


「まあ落ち着いてください明日香さん。水でも飲んで」


 甲斐甲斐しく、めぐむが水を明日香さんのところに運ぶ。


「ありがとう、めぐむちゃん。ほんといい子! うちの莉世といい勝負!」


 莉世、というのは守山さんの下の名前だ。

 一回だってそう呼んだことはないけれど、俺の脳の奥深くに刻んである。


「それに比べて遠野くん、ゲロくさいわ二股かけるわ、ちゃんとしろ!」


「ゲロくさかったのはあなたのせいだしもうゲロくさくないです」


 ちゃんと体を洗って着替えてきた。


 違うでしょ、とめぐむに否定もされる。


「ゲロとかどうでもよくて。二股って、どういうことです?」


「だから、そこのゲロ野くんが、めぐむちゃんと、うちの莉世に二股を」


 そのあだ名、中学時代をちょっと思い出すからぜひやめてほしい。


「はいい?」


 めぐむが聞き返した途端のことだった。


 明日香さんが突然凍りつく。


 そして流れるような美しい動きで、フローリングの上に土下座した。


「ごめんなさい!」


 どうも、めぐむのほうを見て、明日香さんはこんな反応をしているらしい。


 一体何があったのか、めぐむを見るが、にこにこしているだけだった。


 よくわからないが。


 なんとなく今日のめぐむにはしっかりご奉仕しようと、本能が告げていた。




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