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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
四章 華都の讃歌
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第71話 バカ兄との対決(前編)

「ご無沙汰しておりますデュランタン騎士爵様、クリス義姉様もお久しぶりです」

 まずは先制攻撃として、ドレスのスカートを摘みながら優雅にカーテシーでご挨拶。

 この一ヶ月、フローラ様にみっちり淑女教育を叩き込まれ、『喋らなければ完璧なのにね』とまで言わせた私の成長具合。少々言葉的に引っかかる部分もあるのだが、社交界の華とまで言われるフローラ様のお墨付きなので、其れなりには様になっているのだと自負はしている。


「誰だ?」

「……は?」

 あ、あれれ? もしかして私だと気付いてない?

 これが嫌味たっぷりな言い方なら、こちらも其れなりの返し方があるのだが、どうやら本気で誰だか分かっておられないご様子なので、逆に私の方がどう反応していいのかと戸惑ってしまう。


「もしかしてアリスちゃんなの?」

「バカを言うなクリス、あいつがこんな場所いる筈もないだろうが」

 いやいや、それがいるんですよお兄様。

 私だって出来ることなら来たくなかったのだが、陛下直々のご指名が入った招待状が届けば、それこそ本気の病欠でもない限り、私は勿論爵位を持つ貴族であったとしても、欠席はゆるされないという話だ。

 それにしてもまさか自分の妹すら見分けがつかないって、異母兄としてはどうなのよと、本気で問い詰めたくもなるというもの。血のつながりのない義姉様でさえ私だと気づかれたというのに、16年間も一緒に過ごした妹に『誰だ』は、失礼を通り越して呆れてしまう。


 やれやれ。

「お兄様、とお呼びすればご理解いただけるでしょうか?」

「なに? 俺を兄だと! まさか本当にアリスだというのか!?」

 だからそうだと言ってるでしょでしょうが。

 クリス義姉様は驚きから再会への喜びに変わられたようだが、お兄様の方は今まさに珍獣を見つけたかの様な驚きっぷり。このままバカ兄の反応を楽しむのもアリだけれど、今の兄の声に周りの人たちが反応されてしまい、とりあえず何事もなかったかのように『おほほほ』と、必殺天使の微笑みで躱しておく。

 多少頬が引きつっていたのは多めに見てもらいたい。


「久しぶりねアリスちゃん。それにしても驚いたわ、凄いドレスを着ているんですもの」

 感動半分、驚き半分といった様子で、クリス義姉様が私のドレス姿を見つめながら、再会の挨拶を返してくださる。

 確かに昔の私しか知らない義姉様には、お化粧した姿もドレス用に結った髪型も見せるのは初めてなので、『見違えた』と言われるとそれ程悪い気持ちというは起こらない。だけど私が想像していたリアクションより少々大きすぎる事で、若干私が間違ってるんじゃないかという不安も浮かんでくる。


「そんなに変な姿をしていますか? これでも一応地味なデザインでって、お願いしてたんですけど」

「それで地味なの?」

「えっと、そのつもりなんですけど……、やっぱり目立ちますか?」

「えぇ、目立つというかまるでお姫様ね」

「そ、そこまで!?」

 流石にお姫様とまでは行かないまでも、薄々は目立ちすぎてるんじゃないかな、とは思ってはいたのだ。

 ただ言い訳をさせてもらうなら、フローラ様やルテアちゃんも豪華なドレスに身を包まれていたので、これはこれでアリなのかも? と勝手に思い込んでいたのも事実である。

 まぁ、公爵夫人や公爵令嬢と比べるなと言われると、耳が痛いところではあるのだが。


「うぅ、何だか急に恥ずかしくなってきました……」

 仕立てて貰った身で言うのもなんだが、ドレスの凄さに私自身が負けてしまっている気がして、妙に周りの視線を意識してしまう。

「ふふふ、そこまで恥ずかしがらなくてもいいじゃない。私はアリスちゃんの可愛らしさを引き立てていて、いいドレスだと思うわよ」

「そ、そうですか?」

「えぇ。ちょっぴり遠くの存在になっちゃったんだなぁ、って感じるぐらいよ。ふふふ」

 いやいや、それ十分脅してますって。

 よく見ればお義姉様が着られているドレスは、以前騎士爵家に嫁がれる際に持ってこられた一着を、今風のデザインにアレンジされたもの。あの兄がお義姉様にドレスをプレゼントするはずもないので、この夜会に合わせてご自身でリメイクでもされたのだろう。

 随分とお互いの立場が変わってしまったというのに、それでも笑いながら他愛もない会話ができるのは、はやり純粋に嬉しいとさえ思えてしまう。

 今度お兄様に内緒でドレスをプレゼントするのもいいかもしれないわね。


 お互い『ふふふ』と笑いながら、懐かしさのあまり会話に華をさかせていると、ようやく今の事態に追いつかれたのか、お兄様が突然……。

「バカな、なぜお前がここにいる!? いや、それよりもそのドレス、一体どこで盗んできた!」

 コラコラ、人の話も聞かずにいきなり妹を泥棒扱いですか。

 クリス義姉様には前にお店を経営していると手紙で知らせたが、バカ兄には何を言われるかわからなかったので、その辺りの話は隠してきた。

 だからと言っていきなり泥棒扱いされるとは、異母兄としてどうなのかと声を大にして反論したい。


「お兄様、申し遅れましたが私は現在王都にて小さな菓子屋を経営しております。今着ているこのドレスは、その店を支援していただいている方からお借りしているもので、『盗んだ』と言うのは妹に対する言葉にしても、些か失礼なのではないでしょうか」

 普段ならここで大声を出して反論していただろうが、今の私は一味違う。この一ヶ月泣きながら淑女教育を学んできたというのもあるが、今日という日を何度も頭の中でシミュレーションを重ねて来たので、偶然出会ってしまった兄とは準備も心構えも違うのだ。

 ふははは、思い知れバカ兄!


 ……コホン。

「と言うわけですので、事情は察してもらえましたでしょうか?」

「お前が店の経営だと? まさか、彼奴らもここにきているのか!?」

「彼奴ら? もしかしてお兄様がおっしゃっておられるのは、ツヴァイ兄様達のことでしょうか?」

 バカ兄にそれほどの知り合いがいるとも思えないので、考え付くのは王都で暮らしている二人の兄と一人の姉。エリスは私とワンセットと考えると、恐らくはその辺りなのではないだろうか。

「ツヴァイお兄様達なら来られてませんよ? いま夜会にいるのは私だけです」

 実は私に送られてきた招待状には、親族までの同伴は許されていたのだが、兄達にその事を話すと全力で断られてしまったのだ。

 私的には誰か道連れがほしかったのだが、あそこまで怯えながら全力で拒否をされれば、泣く泣く一人で来るしかなかったというわけだ。

 まぁ、フローラ様に同伴しちゃってる時点で既に一人ではないわけなのだが。


「彼奴らは来ていないのか……。だが、たかが店を経営しているというだけで、何故お前がここにいる。この夜会は俺のような国から爵位をもらっている者しか参加できないはずだ!」

「ですのでそれを今から説明しようと」

 はぁ……、何故この人は一言一言こうも偉そうに話すのだろうか。

 そもそもその辺りを話すために、わざわざ会場内を探してやってきたというのに、これじゃまともな会話すらままならない。


「お兄様もご存知だと思いますが、私が今日ここにいるのは一般の招待枠に選ばれたからです」

「一般の招待枠だと?」

「はい。私が発案しましたチョコレートというお菓子が、来賓の方々のお土産に採用されまして、その説明役として招待状をいただいたのです」

 すでに気分的にも説明するのは嫌なのだが、ここで子供のように反論しあっていても仕方がないので、出来るだけ簡略し、私がこの夜会に呼ばれた経緯を説明する。

 ただ私が経営しているローズマリーの規模や、支援してくださっている公爵家の事は何かと反感を買いそうなので、あやふやにボヤかしての説明なのだが。


「チョコレートって茶色くて甘いお菓子よね? さっき頂いたのだけれど、あれはアリスちゃんが作ったものだったの?」

「正確には発案と試作品を作っただけで、実際に並べられているのはお世話になっている工場から、直送したものがほとんどなんです」

 一応チョコレートの製造レシピは極秘事項なので、王城の方にも敢えて詳細は伝えてはいない。ただパーティー会場にも幾つか並べられると伺ったので、チョコレートを使って作れるレシピの幾つかを、無償で提供はさせていただいた。


「凄いわね。パーティーのスィーツとして採用されるだけでも名誉なのに、夜会にまで招待されるだなんて」

 褒めて頂いているところも申し訳ないのだが、公爵家が王家に献上された事がそもそもの始まりなので、私やローズマリーが凄いというわけでないとご理解いただきたい。


「ふん、相変わらず運のいいヤツめ」

 兄なりに皮肉のつもりなのだろうが、私もその通りだと思うのでここは黙って微笑んでおく。

「それでどれだけ金をもらった? 当然こちらにも回すんだろうな?」

「……は?」

 どれだけお金をもらった? こちらにも回すんだろうな? 一瞬バカ兄が何を言っているのか、私の脳ではすぐに意味する答えが理解出来なかった。

 まさかとは思うが、今回チョコレートが夜会に採用された事で、私が利益を得たとでも思っているのだろうか?

「もしかしてお兄様は、今回夜会のお菓子に選ばれたことで、私が国から利益を得ているとでもお考えなのでしょうか? そしてその得たお金を騎士爵家にも入れろと?」

「当たり前だろ。お前は騎士爵家の金で育ったのだ、たとえ家を出たとしてもその責任だけは消えるものではない」

 横暴な性格だとは思っていたが、まさかここまでとは。

 理由はともあれ騎士爵家を出た時点で、私が実家にお金を貢がなければいけないという責任は、どこにも存在してはいない事だけは伝えておく。

 むしろ跡目争いが嫌だからといって、継承権を放棄する代わりに手切れ金をもらう方なのだ。

 ツヴァイ兄様達もその辺りは理解されているし、実家の実情も把握しているからこそ、文句を言わずに毎月請求される仕送りをやっておられるのだ。その上私にお金が入ったからといって、当たり前のように要求されても呆れるだけだろう。


「お金、という話なら私のところは1銅貨も入っておりません」

「何?」

「先ほども申し上げた通り、私はあくまでもチョコレートというお菓子をご提案しただけで、製造には携わってはいないのです」

 言われるまで気にもしなかったが、もし金銭のうんぬんの支払いがあるのだとすれば、それは商品を直接入れられているハルジオン商会にだろう。

 ぶっちゃけ今の私は名誉の意味合いの方が多く、直接的な売り上げはこの後に続く宣伝効果の方が遥かに高い。それなのに今日の売り上げを寄越せなどと、どの口が言えるというのか。

「ふざけるな! 今からでも正当な報酬だといって、金を奪ってこい!」

 この人は本当に名誉と責任がある貴族なのだろうか。領地を運営する為にお金が必要なのはわかるが、その資金を独立した弟妹から奪っていては、領主でいる意味がまるでない。

 もし資金を得ようとするならば、商会を立ち上げるなり特産物を用意するなりして、未来へ投資することだろう。もしその為の資金が足りないというのなら、私は幾らでも用意するつもりだが、ただ貧乏領地だからといって金をせがめば、それはもう領主の仕事を放棄していると言ってもいいのではないか。


 はぁ……。私は重いため息を吐きながら、真っ向からバカ兄に対峙する。

「お断りします」

「なんだと?」

「お断りしますと言ったのです」

「貴様……俺の言う事が聞けないというのか!」

 昔の私ならば震え、怯えながら言葉通りに従っていたかもしれないが、今の私にはエリスやローズマリーのスタッフ達の生活を守るという責任がある。

 もちろんその程度のお金など、今の私にとっては些細なものだが、バカ兄が求めているのはただの欲望に過ぎず、そこには領民を思いやる気持ちなど1ミリすらない事だろう。


「お兄様、もうお忘れですか? お父様の葬儀の件、私はまだ忘れてはいないのですよ」

 父の死に目に立ち会えなかったのは仕方がなかったが、それでも最後のお姿ぐらいは一目お目にかかりたかった。それなのにこの兄は、ただ葬儀代が掛かるという理由だけで、早々に父のご遺体を埋葬してしまったのだ。唯一先に駆けつけたツヴァイ兄様からも隠すように。

 そのとき私を含め王都にいる兄妹はバカ兄と決別したと言うのに、肝心のバカ兄が未だ弟離れできていないのだから、呆れかえってものもいえない。


「くだらん、その話はもう済んだ話だろうが!」

「くだらないって……、私たちのお父様なのですよ。それをくだらないという一言で済ますなんて、お兄様には感謝の心や愛情といった気持ちはないのですか?」

 少なくとも私を含め、王都にいる兄妹は父には感謝していたし、凶作の為に売られてしまったフィオーネ姉様ですら、くだらないと一言で切り捨てるような事はなさらなかった。

 それなのに長子でありお父様の後を継いだいお兄様がこれでは、亡くなった父は報われないだろう。

「何が感謝の心や愛情だ。そんなものでは腹は満たされん! そういえばお前もまともな仕事に就けているんだったな。どうせしみったれたボロ屋だろうが、これからはお前も毎月騎士爵家へ貢いでもらうぞ。そうだな……まずは売り上げの50%といったところか」

 こ、このバカ兄は……

 どこの世界に売り上げの50%ものお金を実家に送れと言うのだろうか。売り上げはあくまでも商品を売った合計金額、そこには材料の仕入れに掛かった費用、スタッフへの労働賃金に公爵家からお借りしている建屋の家賃、そして売り上げに対する税などは一切含まれてはいないのだ。

 もし毎月売り上げの50%ものお金を実家に送れば、流石のローズマリーも経営自体が難しくなるだろう。


「バカなのですか? 売り上げの50%が何を意味するかをまるでわかっておられない。どんな大商会であったとしても売上総利益は全体の2・30%、そこから家賃やら税金やらで更に出費は重なります。それなのに売り上げの半分を寄越せとは、とても領主をされている方から出る言葉だとは思えません」

 実際は私のお給料も差し引いて2・30%だが、そこまで説明する必要もないだろう。

「これは言いたくはなかったのですが、お兄様のされているのはただ用意された領主という椅子に座っているだけ。経理にしろ運営にしろお父様がやってこられたことをそのまま引き継がれているだけで、ご自身が行った改革がどこにも見当たらない。はっきり言ってその程度の領主ならば私にだって務まりますよ」

 私の一方的な話を聞き、兄がみるみる顔を真っ赤に染めながら怒りの形相でこちら睨めつける。


「き、貴様! この俺をバカだと言ったな!!」

「えぇ言いました。ならばお尋ねしますが、私に要求されるお金で何をなされるので? 騎士爵家の生活が大変なのは私も理解しておりますし、ツヴァイ兄様達から送られてくるお金は其方に当てられるのもよくわかります。ですが妹である私から50%もの売り上げを要求されるのは、其れなりの理由が当然おありなのですよね? もし領民の為に水田や農地を開拓されると言うのなら、私は喜んで協力させてただきますが、無計画のうえでただお金のみを要求されるならば協力は出来ません」

 これが単純に生活が苦しいから少しお金を入れてくれないだろうか、ならば私だってここまで意固地にはならなかっただろう。

 お店のお金自体は私一人の一存では使えないが、私個人としての資産ならば幾らか用立てる事ぐらいは問題ない。そもそも私がローズマリーを経営している事を隠していたのは、地盤が固まっていない時にバカ兄からの介入を恐れていたからなのだ。今じゃそれもすっかり地盤が固まり、私自身も自由に使える資産を得ているので、クリス義姉様や可愛い甥っ子のためならば、金貨の1,000枚や2,000枚どーんと実家に入れても、私は後悔する事などない筈だ。


「ぐぐぐ……っ」

「どうなのですか? 当然ございますよね? ご自身がデュランタンの領主とおっしゃるのなら、計画を立てたうえでの資金調達。もし何の考えもなく、ただ妹にお金をせがむとおっしゃるのなら、ツヴァイ兄様に領主の座を引き渡してください」

「くっ……貴様ぁぁぁ!!!」

 言いたい事は言い切った。

 視線も兄から外さず、後ずさるという逃げ腰も我慢し、私は思いのまま言うべき言葉を口にした。

 話を聞き、兄は見た事もないほど顔を真っ赤に染めながら、怒りの感情を私に向けてくるが、不思議な事に恐怖という感情が今の私には微塵も感じられなかった。

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