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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
四章 華都の讃歌
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第63話 レッツ、ダンスレッスン♪

 あの日、誘拐犯から助け出された……もとい、自力で抜け出してきたエリスとユミナちゃん。

 幼い二人には怖い思いをさせてしまったという気持ちもあるが、姉としては危険な真似をした行為には叱らなければならず、まず私からお説教を受け、その後フローラ様からお説教を受け、更に証拠もなくプリミアンローズに乗り込んでしまった私までもが、お叱りのお説教を受けてしまった。

 おかげで私は連日公爵家に通い続けて、淑女教育という名の罰を受けている。

 なんでこうなった!?


「うぅ、今更私に淑女教育なんて必要ない気もするんだけど……」

 ぶっちゃけまともな教育を受けたのは、公爵家で居候していた数ヶ月程度だけなのだが、私には前世で経験した知識と技術は健在だ。さすがに社交ダンスを踊れと言われると困ってしまうのだが、簡単なテーブルマナーや話術程度なら、それなりにこなせる自信は持っているのだ。

 そもそも淑女教育が罰だなんておかしいでしょ。


「なにを仰っているんですか、これもフローラ様からの愛のムチではありませんか」

「でもねぇ」

 私の愚痴に紅茶の入ったカップを差し出しながら、一緒に付いてきてくれているカナリアが話しかけてくる。

 現在私は公爵家に用意された一室で、ダンスの合間のひと休憩中。お店の忙しさもひと段落ついたのか、私がいなくても順調に回っており、ディオンとランベルト、そしてリリアナを筆頭に優秀なスタッフ達が完璧な接客をこなしてくれている。

 まぁ、そのせいで私は公爵家に入り浸りの状態なのではあるのだが。


「でもさ、これでも最低限の礼儀作法はしっかりできているとは思っているのよ。それに私ってもう貴族ではないじゃない? 今更ダンスの練習なんて必要ないんだと思うんだけど」

 うんうん。私いいこと言った。

 お店の営業で貴族の奥様方とは交流するが、それはあくまでも商売人としての接客術だ。これでも簡単なマナーは心得ているし、使っていい言葉と使ってはダメ言葉ぐらい理解しているつもり。

 だいいちパーティーなんて年に数回程度招待されて、軽く微笑みながら挨拶を交わせば、後は会場の隅っこあたりで隠密スキルを発動させておけば、なんの問題もないことだろう。

 それなのに今更ダンスの練習なんてやったところで……。


「はぁ……アリス様」

「ななな、なんでしょうかカナリアさん」

 一瞬心を読まれたかと思い動揺するも、カナリアは深いため息を吐きながら。

「確かにテーブルマナーは100歩程譲って合格点としましょう」

「ひゃ、百歩!? それちょっと酷……」

「何か?」

「い、いえ、何でもありません」

 反論しようと口を挟むも、カナリアの厳しい視線で口ごもる可哀想な私。

「お忘れですか? 昨年の公爵家でのパーティーの事を」

「お、覚えてるけど、そんなに酷かったっけ? 私って」

 うーん、思い返してもそれ程失敗したという記憶は私にはない。

「まったく、ご自覚がなかったんですね。まずダンス!」

 ビシッ! っとカナリアが人差指で私を指し。

「アリス様はハッキリいってダンスはダメダメです! 昨年何度ジーク様の足を踏まれましたか!」

「うぐっ」

 そ、そういえばそんな事もあったわね。

 カナリアに指摘され、当時の記憶が鮮明に思い浮かぶ。確かフローラ様に無理やり踊らされて、何度も躓きながらジーク様の足を踏み続けてしまったんだったわね。

 ジーク様は大丈夫だとはおっしゃてくださったが、私が足を踏むたびに表情が引きつっていた事を覚えている。


「だ、だって仕方がないでしょ。実家は超貧乏がつく三流貴族なのよ。ダンスのレッスンなんて生まれてこの方、教わった事がなかったのよ。それをいきなりジーク様のリードに身を任せれば大丈夫だって、無理やり踊らされたんだから」

 私だって踊りたくて踊ったわけではない。だけどフローラ様がその場のノリで、無理やりジーク様と踊らされたのだ。しかも私はダンスなんて踊れませんと、ハッキリ言葉に出して一度お断りしているのに。

 うん、私は悪くない。


「はぁ……、フローラ様もまさか言葉通りにまったく踊れないとは、思われていなかったんですよ」

「そうなの?」

「そうなんです。ですから来月から始まる社交界シーズンに向けて、こうしてダンスの特訓をしているんじゃないんですか」

「……えっ? これってこの前の罰じゃないの?」

 あれ? 私はてっきり、この前のお説教から『貴女は少しレディとしての振る舞いを教育しなければいけないわね』っと、フローラ様から罰を与えられているのだと思っていた。

 道理でエリスとユミナちゃんは早々に解放されたというのに、私だけ今でも継続されているのは変だと思っていたのよね。


「だったらここまで本気でダンスを学ぶ必要もないんじゃない? 最低限簡単なワルツを踊れるだけで問題ない気はするんだけれど」

 一般的に社交界で踊られるのは、スローワルツと言われる初級向けの簡単なステップ。だけど私が今教わっているのは、ワンランク上のウィンナ・ワルツといわれるのも。

 ダンスの種類は音楽隊が奏でるメロディーによって変わるのだが、たとえ公爵家のパーティーであっても気軽に踊れるワルツの方が主流。ステップの難しいダンスは、お城など高貴なパーティーでたまに教育度を見定める意を込めて、流れる程度なのだと聞いたことがある。

「いいんですか? エリス様に先を越されても」

「へ? どういう事?」

「エリス様が通われている学園は、貴族の方々が通うこの国でも最高位の学園です。授業の内容だってダンスの練習は必須科目なんですよ」

「な、なんですと!?」

 すると何? このままだと今の私のダンスのレベルは、妹にも劣ってしまうという事なの?

「そ、それは姉としての威厳が……」

「ご理解いただけましたか?」

「う、うん」

 確かにそれはダメだ。私は常にエリスが憧れる存在で居続けなければいけない。そうでないと『お姉ちゃんってダンスも踊れないんだね』なんて事にも。

 きゃーーー、ピンチよ!


「早速再開よ!……って、言いたいところなんだけど」

 ふっ、今までの私ならその場のノリで上手く乗せられていたのだろが、生まれ変わった私は一味違う。

「そもそも私もそうだけど、エリスが社交界に出て、ダンスを踊る機会なんてないじゃない」

 そう、私はただお菓子屋さんのオーナーにすぎない。昨年はお店のオープンを兼ねての宣伝という事もあり、幾つかのご贔屓にしていただいているお屋敷のパーティーに出席したが、今年はそこまで頑張らなくてもいいだろう。

 精々フルで居続けるのはハルジオン家ぐらいなんじゃないだろうか。


「はぁ……」

 勝った!

 上手くカナリアを言いくるめ、勝利を確信する私だったが。

「何言っているのよ、今年は王家主催のパーティーに参加することが既に決まっているわよ」

 突如休憩しているところにやってこられたフローラ様が、何だか聞きなれない単語を並び立てる。


「へ? 冗談……ですよね?」

「私が冗談を言うと思って?」

「い、いえ、まったく……」

 つる〜っと、私の額から冷たい汗が滴り落ちる。

 でも、一体どうして?

「まさか公爵家の権限を使って、なんてことじゃありませんよね?」

 王家主催のパーティーと言えば、この国でも選ばれた者しか参加できないといわれていほど格が高いもの。

 しかも時期的に王家主催のパーティーとなると、恐らくレガリア王国の生誕祭に行われる夜会の事だろう。

 昨年亡き父と兄がデュランタン家の代表として参加したが、その堂々たる参加メンバーを目にすれば、どれだけ肩身の狭い思いをしたかは容易に想像がつくというもの。

 だいたい貴族であったとしても、爵位を貰っている本家の人間しか招待されないのだ。


「そんな事はしないわよ」

「でしたら何故? 私って王様にも王妃様にもお会いした事がないんですよ? それなのに王家主催のパーティーに呼ばれるなんて、おかしいじゃないですか」

「そうね、そういえばそういう事になっていたんだったわね。理由は貴女が発案したチョコレートが原因よ」

「チョコレート?」

 何だか引っかかる言い方だが、フローラ様の話によると、ハルジオン領で作られたチョコレートを、少し前に陛下と王妃様に新しいお菓子として献上されたんだそうだ。

 そしてチョコレートをお二人方がたいそう気に入られたそうで、今回他国からお越しになられる客人に、お土産として提供してはどうかという話になったらしい。

 公爵家としてはチョコレートを宣伝するいい機会だし、ゆくゆくは他国への出荷を模索していた事から、この話を快く承諾されたんだそうだ。

 そしてその話の過程で、公爵様から私の名前が出てしまった。


「チョコレートの発案者は貴女でしょ? 宣伝をするにも説明するにも、肝心の貴女が居なければ始まらないじゃない」

「そ、それはそうかもですけど」

 フローラ様にしろ公爵様にしろ、チョコレートの説明を求められても恐らくは答えられないだろう。そもそも相手はこの国の四大公爵家の方々なのだから、お菓子の説明ごときで、そうそう時間を無駄には出来ないはず。

「それにね、公爵家が表に出るよりアリスが表に立ってくれる方が、国にしろ公爵家にしろ色々都合がいいのよ。理由は言わなくてもわかるでしょ?」

 それってつまり、貴族特有のパワーバランスを気にしてという事なのだろう。

 国としても、ハルジオン家にばかり肩入れしているとは思わせたくはないだろうし、ハルジオン家としても国から優遇されているとは思われたくもない。

 ただでさえ王女様の嫁ぎ先一つで、微妙なバランスが崩れると、配慮されているぐらいだ。如何に派閥が少ない四大公爵家といえど、一つの公爵家ばかりにスポットが当たっていれば、他の家からは不満の声も上がるということだ。


「正式な通知はその内来るとは思うけれど、これで納得はできたかしら?」

「まぁ、理由だけは……」

 だから急にダンスの練習なんてものが湧いて出てきたのね。

「でも、私で大丈夫なんでしょうか?」

 別に陛下に拝謁しろと言われているわけではないのだから、適当に顔見知りの方々に挨拶を交わし、チョコレートの事を尋ねられれば丁寧に説明をする。

 どうやらパーティーのスィーツとしても用意してもらえるらしいので、現物を交えた解説ならばそれ程難しい課題でもないだろう。

 ただ問題があるとすれば実家の兄の事、そしてフレッドとアルター男爵家の事が引っかかる。


「気にしなくても大丈夫よ。貴女は王家が招いた客人、堂々としていればいいわ」

「そうなんでしょうけれど……」

 王家からの招待を私ごときが断れるわけもないのだから、今更騒いだところでどうにもならないのは理解できる。だけど余計な問題を持ち込んで、騒ぎを起こしては本末転倒というものだろう。

 多少の不安を抱えつつも、私ごときがどうにかできる事案でもないので、ここは諦めついでに覚悟を決めるしか選択肢は用意されていない。

 仕方がないわよね。


「さて、今日はこの後の練習を抜きにして、少し話をしましょうか」

 私が覚悟の決意が伝わったのか、フローラ様は続けて別の案件を持ち出される。


「話……ですか。それってやっぱり例の?」

「えぇ、先ほど騎士団から連絡が入って、ファウストとブリュッフェルが捕まったそうよ」

 それは私たちが待ち望んでいた朗報だった。

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