第62話 幼き精霊使い(後半)
「こ、これは一体……」
突如倉庫街に出現した一条の竜巻。私たちも急ぎ現場に駆けつけたのだが、その時はすでに結構な騒ぎになっていた。
「おい、何が起こった?」
「竜巻らしいぞ」
「竜巻? この倉庫だけでか?」
もともと王都外れの倉庫街ということで、人自体はそれほど多くは集まっていないが、それでもかなりの轟音が鳴り響いたのだし、目の前の倉庫には被害を物語るように、周りには屋根と思しき残骸散らばっている。
「一体何があったんですか!?」
馬車が停車するなり、エスコートもそっちのけで近くにいた人を捕まえ質問を投げかける。
「なんだ姉ちゃん、この辺の人間じゃないよな?」
「違います。そんなことより妹達が中にいるかもしれないんです。何が起こったのか教えてください!」
「お、おぅ……」
恐らく近くの倉庫で働いている方なのだろう。お世辞ではないが、私の着ている服や手入れが行き届いた髪なんかを見ても、ただの一般人だとは思われないだろう。
向こうからすればそんな女性から話しかければ気になるのも仕方がないが、私の切羽詰まった様子に一瞬怯んだあと、何があったのかを教えてくださる。
「お、俺たちも今来たところだから正直よくわからないんだが、突然ゴーッって音が鳴り響いたかと思うとよ、空まで届くかのような竜巻が現れたんだ」
それは先ほど馬車の中から見た光景そのもの。
目の前の倉庫がその被害に遭ったとされる倉庫なのだが、ここから見える範囲ではさほど被害の様子は伺えない。だが周りを見れば吹き飛ばされた屋根と思しき残骸は散らばっているわ、近くの倉庫にはその残骸が刺さっているわで、その竜巻の威力は明らかなもの。
「ねぇ、これってもしかして……」
「あぁ、考えたくはないが……ユミナだ」
「「……」」
あちゃー。ジーク様がおっしゃっていた悪い予想が的中した。
恐らくだが、ユミナちゃんが契約した精霊の力を使い脱出か反撃を試みたのだろう。そうでなければ偶然竜巻が発生するとは思えないし、竜巻が一箇所のみを吹きばせるとも思えない。
そもそも自然に発生する竜巻って、移動しちゃうのよね。今回のように一つの場所に留まる竜巻など、自然現象ではありえない。
「どうしよう、ジーク様」
「とりあえず、親父の雷は間違いないな……」
「ですよねー」
そう言いながら、二人して頭を抱えてしまう。
まぁ、誘拐されているのだから叱るに叱れないのだが、さすがに周りの被害を見ればジーク様でなくとも頭を抱えたくもなる。
たぶん、エリスも同罪なんだろうなぁ。
「い、いいんですか! 二人してそんな呑気に話されても! 早くお二人を助けにいかないと」
冷静に……というか、被害の状況に頭をかかえる私たちと違い、一人慌てるニーナ。
だけどこの後の展開が容易に想像できる私たちは逆に冷静になれ……
「二人の身を案じているのなら、たぶん大丈夫よ」
「えっ? でもこの被害だとお怪我をされている可能性のほうが」
そっか、ニーナは知らないのね。
「さっき説明したと思うんだけど、エリスの側にはフィーがいるのよ」
「フィー様……ですか?」
私の精霊でもあるフィーは、氷や雪といった系統の魔法しか使えない。するとあの竜巻はユミナちゃんとその契約精霊が起こしたものと考えられるので、フィーはあの竜巻騒ぎには関わっていないことになる。
「つまりねユミナちゃんが攻撃してるってことは、フィーは身を守るために防御に徹しているってことになるのよ」
我が子自慢じゃないが、フィーは幼いながらも非常に優秀。魔力自体は生後2年ということもあり、それほど強い部類ではないらしいのだが、生まれた時から人の言葉は話せるし、自分で考えて行動できるだけの知識も人並みにある。
因みに精霊には獣の形をした精霊もおり、そちらは言葉を話すことも出来なければ、契約者以外との意思疎通は出来ないとも言われている。
その代わり魔力による純粋な破壊力は、人型とは比べものにないぐらい強いらしい。たぶんこの威力から、ユミナちゃんの精霊はその獣型なのではないだろうか。
「じゃ、お二人は無事なんですか?」
「だと思うわよ」
それでも姉としては元気な姿を見ない限り心配ではあるのだけれど、ユミナちゃんが考えもなしで竜巻を起すとも思えないし、エリスとフィーがそれを素直に見過ごすとも思わない。
なんだかんだと言って、エリスとユミナちゃんは静と動でうまい具合に組み合っているのよね。そういう点では私は妹を信じている。
「とりあえず俺が中の様子を見てくるからアリスたちはここで待っていてくれ」
「私も行きます。天井が壊されているなら私の魔法が役に立ちますから」
「だがな、まだ誘拐犯が居るかもしれないんだぞ?」
「だったら尚更じゃないですか。ジーク様がお強いのは知っていますが、それは剣での戦いですよね? きっと倉庫の中は瓦礫が散らばっているはずなので、まともに動ける場所なんてありませんよ」
「それはそうなんだが……」
もっとも、あれ程の被害ならば誘拐犯たちが無傷だとは思えないが。
誰が倉庫の中の様子を見に行くか、そんなやりとりをしている時だった。
「けほっ」
「もうユミナちゃん、威力が強すぎだよ」
「し、仕方ないでしょ。ソラとの魔法合成したのは初めてなんだから」
「ユミナちゃん、さっき氷の防壁を解くまでは計算通りだって言ってましたよ」
「言ってたね」
「う、るさいわよ。もうフィーまで一緒に責めないでよ」
「キュー」
「ほら、ソラまでそうだって言ってじゃない。けほっ」
「「……」」
あ、あの子達……。
服や髪が埃まみれだが、その様子から大きな怪我をしていないことは明らか。
どうやらフィーも無事のようだし、ユミナちゃんの精霊と思しきイタチ? もどうやら元気の様子。
やがて全員が揃って倉庫から出てきたところで、彼方も私たちがいることにようやく気付く。
「お姉ちゃん!」
「アリスお姉さま! あとついでにお兄様も」
「俺はついでかよ……」
はぁ……。あれ程心配していた私が間抜けじゃない。
「二人とも怪我はない?」
「うん」
「大丈夫です」
「そう、なら……お説教ね♪」
そう、ニコヤカに私は微笑むのだった。




