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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
三章 それぞれの翼
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第61話 幼き精霊使い(前半)

 時はアリスたちが倉庫街に向かっている少し前に遡る。


 ゴソゴソ

「もう、こんなにキツく縛らなくてもいいじゃない」

 学園の帰り乗っていた馬車が事故を起こし、代わりにやってきた迎えの馬車に乗り込んだまでは良かったのだが、何故か馬車はローズマリーへは向かわず、訪れた事がないような王都の外れにまで連れ込まれてしまった。

 本当ならば馬車の行き先が違うとわかった時点で逃げ出せばよかったのだが、生憎と走っている馬車から飛び降りるわけにもいかず、扉にも鍵がかかっていた事から、結局たどり着いた先で手足を縛られた末に現状にいたる。


「エリスちゃん大丈夫?」

「うん、大丈夫。きっとお姉ちゃんが助けに来てくれるから」

 エリスちゃんは絶対的にアリスお姉さまを信頼している。

 実際、実家にいた頃から今に至るまで、エリスちゃんを守ってきたのはのは間違いなくアリスお姉さまだ。

 だけど普段のエリスちゃんはアリスお姉さまの事を『お姉さま』と呼んでいる。王都に来た頃はまだ『お姉ちゃん』だったのだが、学園に通うにようになってからは男子共にからかわれたせいで、お姉ちゃんからお姉さまと呼び方が変わった。

 たぶん普通に振舞ってはいるが不安でいっぱいなのだろう。一時的に昔の呼び方に変わってしまっていることからも、その心情は隣にいる私にまで伝わってくる。

 やっぱりこんな時はお姉様(二ヶ月だけ)である私がしっかりしないといけないわよね!


「クソ、なんで俺らがガキのお守りなんだよ」

「愚痴を言うな、頭からの指示なんだから仕方がないだろう」

「そんな事を言うがな、聞けばあのガキの一人は公爵家の娘だって話だぜ? 今にも騎士団が乗り込んで来るんじゃねぇかって、気が気じゃいられないんだよ」


 部屋の外から私たちを誘拐した犯人たちの話し声が聞こえて来る。

 やっぱり私の素性を知っている。狙われた馬車が公爵家の紋章が入っていたのだから、知らないわけがないとは思っていたが、犯人の目的は私という可能性が非常に高い。

 するとエリスちゃんは私のせいで……

 以前も同じような理由で、エリスちゃんとアリスお姉さまを巻き込んでしまったが、今度もまた公爵家絡みで巻き込んでしまった。

 もしエリスちゃんに何かあれば、私はアリスお姉さまに顔向けができないだろう。幸い犯人は私が公爵令嬢だとわかっているせいで、意識が完全に建物の外へと向いている。

 さすがに犯人もただのご令嬢が魔法が使えたり、私たちの近くに二人もの精霊が潜んでいるとは思ってもいないことだろう。


「それにしても少し寒いね」

 動けない体で軽く身震いをしながらエリスちゃんは話しかけてくる。

「たぶんこの倉庫で氷を保管しているんだと思う」

 今いるところは事務作業部屋なのか、簡単な机や椅子が置かれているだけだが、扉の隙間から真冬のような冷たい風が時折流れ出してくる。

 これが寒い時期なら凍えきっていたのだろうが、夏に差し掛かろうとしている今なら、かえって心地よさすら感じられる。


「氷? 地下じゃないのに?」

「どうせ地下室のある倉庫が用意できなかったんでしょ。こんな所に保管していればすぐに溶けてしまうのにね」

 そういえば少し前にローレンツが誰かと氷を買い占められたって話をしていたっけ? もしかするとその時の氷がこの倉庫に移されでもしたのだろうか。

 氷は重ね合うと溶けにくいとは聞いた事があるが、それは涼しい場所で保管する事が大前提。地上の熱が篭りそうな倉庫では、暑い夏をやり過ごす事は難しいのではないだろうか。


「そんな事よりエリスちゃん。いまってフィーはいるの?」

「ポッケにいるよ、フィー、出てこれる?」

「なんですかエリスちゃん」

 ひょっこりエリスちゃんのポッケからフィーが顔だけを出してくる。

「フィー、今の状況ってわかっている?」

「ハイです。悪い人たちに捕まっているんですよね?」

 どうやらフィーなりに状況を把握し、静かに身を潜めてくれていたのだろう。

 私が契約をしている動物型の精霊と違い、人型をしているフィーは考えたり知識を蓄えたりする事ができるのだと、最近紹介してもらった精霊の先生から教わっている。


「話が早くて助かるわ。さっそくで悪いんだけど、フィーの氷魔法で私のロープを切れたりできる?」

「少しだけ時間をもらえれば出来るんですが、アリスちゃんを待ったほうがいいんじゃないです?」

「うーん、それはそうなんだけどね……」

 さすがアリスお姉さまに契約しているだけあって、フィーもアリスお姉さまに絶対的な信頼を置いているわね。

 確かに付き合いが短い私でも、アリスお姉さまなら何とかしてくれると思えるし、あの他人には用心深いお父様とお母様でさえ、何処となくアリスお姉さまを信頼しきっている節もある。

 それだけ凄いアリスお姉さまを日頃から目にしているのだ、エリスちゃんにしろフィーにしろ、必ず助けに来てくれると信じているから今は耐え忍んいられるのだろう。

 でもね。


「やっぱりダメ。私たちだけで何とかしよう」

「えっ? でもユミナちゃん、危ないよ」

「エリスちゃん、よく考えて。私たちは確かに今危ない目にあってるけど、それって逆を言えばアリスお姉さままで危険に晒すっていうことなの。だってあのアリスお姉さまだよ、騎士団なんかに任せておけないって、絶対一人でも飛び込んでくると思うの」

「「うっ……」」

 二人とも心当たりがあるのだろう。アリスお姉さまの事だ、私たちが誘拐されたとしれば、周りが止めようとも今頃一人で飛び出されている事だろう。

 もしかすれば今頃犯人の目星を付け、どこかのお屋敷に殴り込んでいる可能だって考えられるんだ。


「それは……」

「ありえるかもです……」

 うん、そういうところは流石アリスお姉さまの家族。絶対的な信頼を置ける以上に、数々の巻き込まれたトラブルを目にしてきた事だろう。

 お母様曰く『ユミナ以上のトラブルメーカーを見たのは初めてよ』との事だとか。

 まって、私はそこまでトラブルは起こしていないから!


「だったらユミナちゃん、どうすればいいの?」

「私に考えがあるの」

 いま誘拐犯たちの意識は襲撃に備えて建物の外へと向いている。幸いただの無力な子供だと侮られたのか、この部屋には見張りどころか何もない。さらに付け加えると、ろくに身体検査はおろか、持ち出せたカバンの検査すらされていないのだ。

「わ、わかりました。まずはユミナちゃんの手のロープを切ればいいんですね」

「そう、お願いフィー」

 フィーはポッケから顔だけ出した状態で小さく頷き、誘拐犯たちに気付かれないように私の後ろに移動すると、そのまま氷魔法で小さな刃物作り縛られたロープを切ってくれる。


「ありがとうフィー」

 私がフィーにお礼を言いながら、持ち出せた学業用品が入ったカバンを手繰り寄せ、蓋をあける。

 まったくもう、ご主人様がピンチだというのにこの子は呑気に寝息をたててるなんて。


「そ、それでそユミナちゃん考えっていうのは?」

 私はカバンで寝ている子を起こしながら、考えていたプランを口にする。

「そんなの決まってるじゃない。強行突破よ!」

「「……えーーー!!!!」」


 その直後、建物の天井を突き抜けるような竜巻をアリスたちが目撃するのだった。


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