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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
三章 それぞれの翼
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第58話 アリスとニーナ

「お待ちください!」

「待ってくださいアリス様、一人で行かれるおつりですか!?」

 私の言葉を聞き、慌てたように立ちふさがるカナリアとランベルト。


「止めても無駄よ、もう決めたから」

 ジーク様はおっしゃった、今回裏で操っているのはファウストとブリュッフェルの兄弟だと。しかも私への口止めをされていたという事は、私が危険な行動に出ないようの心遣いか、もしくは私に責任を感じさせないかのどちらかか。

 もしかすると他にも聞かされていない秘密なんかがあるのかもしれないが、今はあの兄弟が犯人の可能性があるという情報だけで十分。


「待てアリス。それは幾ら何でも無茶だ」

「そうです。ただでさえこの前の出来事でうちの店とプリミアンローズは話題の的なんです。そんな時にオーナーであるアリス様が敵陣に乗り込んだとなれば、どんな噂が立つか。最悪殴り込まれたって騒がれて、捕まってしまうのはアリス様なんですよ」

「カナリアの言うとおりです。そもそも何故プリミアンローズなんですか?」

「少し冷静になれ、アリス」

 三人に必死に説得され、暑くなっていた頭が少しずつ冷静さを取り戻す。

 そうね、何も考えなく飛び出せば、止めに入るのは当然よね。

 依然私の決意は変わらないが、せめて理由と覚悟ぐらいは告げなければいけないだろう。


「……ごめんなさい」

 ふぅー。

 私は気持ちを落ち着かせるように一つ軽い深呼吸で心を整える。

「何故プリミアンローズか、だったわね」

 理由は色々ある。

 一つ、あの兄弟が犯人だった場合、流石に男爵家の敷地内にエリス達を隠すとは到底考えられない。

 二つ、男爵家の敷地内に二人がいないとすれば男爵家の関係先という事なる。だけど私が知る限り、近年までアルター男爵家は商会や商売をしているという話は、一度たりとも聞いた事がない。あのプリミアンローズを除けば。

 これでも私は一度は男爵家に嫁ぐ事が決まっていたのだから、その辺の事情には多少明るいので間違いないはず。


 その事を踏まえ、二人が誘拐された後はすぐに騎士団が動いてくださったという話だから、王都から出られたとは考えにくい。

 王都には四方を囲む城壁が設けられており、それぞれの門には非常時に対応すべく騎士様が常駐している。そんな状況から恐らく二人はいまだ王都にいて、どこかの建物に監禁されているんじゃと考えたのだ。


「流石に店に囚われているとは考えにくいけど、店のスタッフなら監禁できそうな施設に心当たりがないかと思ったのよ。それに弟のブリュッフェルが関わっているというのなら、あの店のスタッフが全員無関係とは思えなくてね」

 これはあくまでも私の勘だが、今回の犯行には複数の人間が動いている。それに加え、あの店のスタッフの何人かは、ローズマリーから盗まれたレシピと知ってケーキを作り続けていたはず。

 もしその事で共犯意識が芽生えていれば、何らかの形で加わっているのではと考えたのだ。


「ですが、乗り込んだからといって簡単に話すかはまた別の話です」

「そうです。せめて脅せるぐらいの証拠でもなければ」

 本来なら二人のいう事は正論だろう。

 だけど今の私にはそんな悠長にまっている時間も余裕もないのだ。

 今頃騎士団の皆さんも必死に動いてくださっているのはわかっている。それでも証拠を揃えて、二人の居所を見つけてとなると、それこそ数日を要する事だろう。

 そんな寂しい思い、私が……もとい、エリスたちにさせるわけにはいかない。


「大丈夫、考えはあるわ」

「考え……ですか?」

「えぇ」

「……その、考えとやらをお聞きしても?」

「そんなの決まっているでしょ、恐怖と実力で脅すのよ。場合によっては拷問でもいいわ」

「「ダ、ダメだぁーーーー」」

 自信満々に言い切る私に、カナリアとランベルト激しく頭を抱える。

 私が大の妹好きというのは周知の事実。二人もそれを知っているからこそ、ここまで見事にハモったのだろう。


「止めても無駄よ」

「はぁ、もういいです。その代わり私も一緒に行きます」

「仕方ありません。私だって気持ちは今すぐ飛び出したいのは同じ事。ですが私まで行くとそれこそ殴り込みになってしまいますので、私は騒ぎにならないよう根回しをする事といたします」

「助かるわ」

 二人とも何と頼りになる事か。

 カナリアは護衛として付いてきてもらい、ランベルトは後方から憂いを取り除く。

 これで後は私が暴れるだけ暴れて、二人の居場所を突き止めれば万事解決するというもの。


「ジーク様、無駄ですから」

 私は最後の一人、ジーク様に向かって決意は変わらない事を言い放つ。

「あぁ、わかっている。俺も行くよ」

「えっ、いいんですか?」

「仕方ないだろ? 種を蒔いてしまったのは俺なんだし、このままアリス達だけで行かすというわけにはいかないだろ。それに騎士団に所属している俺がいれば多少の抑止にはなるだろうし、場合によってはアリスの無茶っぷりも止める事ができる」

 少々私が暴れる事前提のように思われているのが腑に落ちないが、これ程頼もしい存在はいないだろう。

 もしかしてこうなる事が分かっていたから、公爵様は私には話すなとジーク様にクギを刺されたのだろうか?


 うーん、そう考えると公爵家の人間であるジーク様を巻き込むのは、多少責任を感じてしまうわね。


「あ、そうだ。ジーク様、公爵家の人間だとバレないようにマスクを付けません? 正義のヒーロー的なかっこいいやつ!」

 イメージは目元だけ隠して黒のタキシードにマントを付けた姿。

「恥ずかしいわ!」

 しくしく、全力で拒否されてしまいました。いい考えたと思ったんだけどなぁ。





 数十分後、私とカナリアを乗せた馬車は、愛馬に跨るジーク様の先導元、プリミアンローズの前へとたどり着いた。


「いらっしゃいませ」

「オーナーはいらっしゃるかしら」

 来店で挨拶をかけてくるスタッフを捕まえ、まずはブリュッフェルの所在を確認する。


「大変申しわけございません。ただいまオーナーは外出中でして」

 やはり予想通りブリュッフェルの姿は店にはない。仮に裏で隠れて居たとしても引きずり出せばいいだけの事。

「そう、行き先はわかるかしら?」

「申しわけございません、行き先までは教えられない事になっております」

「ふーん、じゃそうね。店長か副店長、今この店にいる一番上の人間を呼びなさい!」

 申し訳ないと思いつつ、若干語尾に怒気を含めて脅しをかける。

 これでも同じ飲食業に携わる者として、クレームの対応の仕方は十分に理解している。ならば今はその逆をすればいいだけの事。

「わ、わかりました。少々お待ち下さい」

 慌てたようにスタッフの女の子がバックヤードへと走っていく。

 この場合、まずは相手の名前や責任者を呼ぶ理由なんぞを聞くのが定石だが、スタッフの女の子は慣れていないのか、はたまた私が怖かったのかわからないのだが、スタッフの教育としては下の下ではないだろうか。


「アリス様。顔がちょっと怖いですよ」

「そう?」

 隣にいるカナリアが、周りに聞こえないようにこっそり耳打ちしてくる。どうやら後者のようだったらしい。



「お待たせしました。この店のチーフをしてります、ニーナと申します」

「サブチーフをしていますラウロです」

 出てきたのは以前ブリュッフェルと一緒にいたラウロという青年と、年の頃は私と同じぐらいの若い女の子。

 自ら名を名乗った通り、彼女が例の10年に一人を言われた菓子業界の天才少女なのだろう。

「そう、貴女が……」

 正直同じ菓子作りを志す者として、このような形で会いたくはなかったが、今はそんな甘いことは言ってられない。

 少なくとも彼女はケーキのレシピの出どころを知らないわけがない筈なので、私の中で今回の2番目の目標に定めていた人物。


 正直こんなアッサリと彼女が出てきてくれるとは思ってもいなかったわね。


「私はアリス、悪いけれど挨拶は省かせてもらうわ」

「アリス様……構いません、それでどの様なご用件でしょうか?」

「単刀直入に言うわ、さっき私の妹とジーク様の妹が乗った馬車が襲われた。心当たりはないかしら?」

「えっ! 襲撃!?」

 私の話を聞き、明らかに驚きの表情を見せるニーナ。

 たぶん先ほど私が名前を名乗った反応からして、彼女は私のことを知っているのだろう。そんな私がついに乗り込んで来たんだ、レシピの事で何を言われようと覚悟はしていた筈。それなのに出てきた言葉はまるでお門違いの事件の話を聞かされ、驚きが隠せない様子だ。


「ど、どういう事なんでしょうか? 馬車が襲われたって」

「言葉通りの意味よ」

 どうやらこの反応、ニーナは何も聞かされていない様ね。

 おそらく根は悪い子ではないのだろう。誘拐事件はなんの進展もしていないが、彼女が関わっていなかった事にはホッと安堵してしまう。


「お怪我は、妹様のお怪我は大丈夫なのですか?」

「ありがとう、ただ二人の容態はわからないの」

「わからない?」

「えぇ、誘拐されたのよ」

「ゆ、誘拐!?」

 まさか事件が未だ継続中だとは思ってもいなかったのか、先ほど以上に目を見開き、驚きの表情を見せてくる。


(アリス様、彼女は白です)

(えぇ、そのようね)

 耳打ちしてくるカナリアに、私も同じ意見だと小声で返す。


「私は今エリスとユミナちゃんの行方を捜しているの。別にこの店に捕らわれているなんて思ってはいないけれど、何か心当たりのある場所ないかしら?」

「心当たりを言われましても……」

「そ、そもそも誘拐されたからって、俺たちが関わっているって証拠は……」

 ニーナは多少なりともオーナーに疑惑を抱いているのだろう。先の殴り込みの一件から、今回の誘拐騒ぎまで繋げるのはそう難しいものではない。

 何と言っても一度は窃盗という悪事に身に覚えがあるのだ、それが大きくなっただけと思えば、多少なりとも私がここへと足を運んだ理由も推測できるというもの。

 一方ラウロは以前の失敗で酷く叱られたのか、未だレシピの事を含めて誤魔化そうとしているのだろう。


 正直今回の事件にラウロは関わっていないと考えている。理由は彼じゃすぐにボロを出し、自らの首を絞めてしまう可能性が高いから。

 先の口論戦ではラウロは大ポカをやらかした。それもどうでもいい場所でポロッとこぼしてしまったのだ。

 流石に彼をかっていたブリュッフェルも今回ばかりは見切りをつけた事だろう。私がもしラウロに利用価値を見出すなら、それはもう罪の擦りつけぐらいにしかないのではないだろうか。


 隣で話を聞いていたジーク様が、ラウロに言い聞かせるように事件の根本を説明してくださる。

「犯行は計画的に仕組まれた痕跡があり、アリス自身とハルジオン家が最近トラブルを抱えた痕跡はない。あるとすれば一週間ほど前にあったローズマリーでの出来事のみ。俺たちがここへ来た理由はそれでわかると思うが?」

 誘拐と聞けばまずは身代金と考えるのが普通。だけどこの世界で貴族に手を出す事がどれだけ危険かは、今更説明する必要もないだろう。

 ならばあと考えられる可能性があるのは怨恨のみ、そしてこの店のスタッフなら、ブリュッフェルが私に恨みを抱いている事も当然理解しているはずだ。


「それは……その……ただの言いがかりで…」

「黙りなさい! 今更レシピ云々の事なんでどうでもいいのよ。下手な言い訳なんてしてないで、私の質問にだけ答えなさい!」

 未だウニョウニョ誤魔化そうとしているラウロを一括。

 少々私の声が大きかったせいか、お店の客がこちらに視線を送ってくるが、今更気にする事でもないだろう。お客様の数も予想以上に少ないしね。


「どうなの! オーナーの立ち寄りそうな場所に心当たりはないの? 親しくしている取引先や借りている倉庫、今日休んでいるスタッフでオーナーと親密な関係の人間でもいいわ」

「そう言われましても、仕入先はつい先日オーナーがコスト削減で変えられたばかりですし、倉庫を別の場所で持つような理由もございません。それにスタッフも今ここにいるだけで全員なんです」

「これで全員?」

 周りを見渡すだけでスタッフの数はわずか数名。ローズマリーの広さだけでもフロアには10人以上居るというのに、とてもじゃないがこの広さで、お客様へ最高のおもてなしをするのは厳しいのではないだろうか。


「その……大変言いにくい事なのですが……」

 つまりは経営不振でスタッフの数を減らされた、という事だろう。

 原因はおそらくローズマリーの復活。オープン以来怒涛の勢いでお客様をもてなしてきたプリミアンローズも、リニューアルオープン後のローズマリーには手も足も出なかったというわけか。

 これは私が思っていた以上にこの店は追い込まれていたのかもしれないわね。


「ごめんなさい。私が言う言葉ではなかったわね」

「……いえ」

 だけどこれで一つの可能性がなくなった。

 複数犯の仕業なら、もしかしてここのスタッフの誰かが関わっているんじゃないかとも思っていたのだが、解雇されたというのならばワザワザ犯罪に協力するはずもないだろう。


「悪かったわね。いきなり乗り込んで来てしまって」

「いえ、お力になれずすみません。その……オーナーが戻りましたら、私の方からも聞いてみます」

 それは彼女なりに事件の重みを感じてくれているという事だろう。

 確かな証拠はどこにもない。だけど既に一度、窃盗という犯罪を身近で味わっているのだ。良識のある人間ならならば、今ならまだ引き返せると理性が働いたとしても不思議ではない。

 もしかすると彼女は自分の意思ではなく、気付いた時には巻き込まれていた被害者なのかもしれないわね。


「ありがとう、でも無茶はしないでね。妹を助けたいと言っても、誰かを犠牲にしたいとは思ってはいないわ。もし犠牲がいるとすれば、私だけで十分よ」

 そう、私はエリスとユミナちゃんを助けられるなら、この身がどうなろうと関係ない。これはあの日、実家を出ると決めた時の誓いなのだから。


 なんの収穫もなく、店を後にしようとした矢先。

「あ!」

「どうしたのラウロ?」

「あ、いや。倉庫で思い出した事があって……」

 ラウロの一言で、帰りかけていた私たちの足がその場で止まる。

「実は少し前、氷の買い占めで倉庫を一つ借りた事があって……」

「氷の買い占め?」

 その言葉から思い出せるのは、少し前にあった王都の氷不足騒動。

 確か氷を取り扱う商会で氷の買い占めがあり、一事的に公爵家は保有している氷を目当てに、商会がローレンツさんに泣きついて来られたという話だった。

 あの時はローレンツさんの依頼で、フィーに頼み氷を作って貰い大変感謝された事を覚えている。

 いやー、精霊であるフィーの姿を見て、商会の会長さんが是非フィーを売って欲しいと、大金を積まれてすごく困っちゃったのよね。結局ローレンツさんの脅しの一言で事は収まったのだが、精霊がどれだけ貴重な存在なのかを、あたらめて思い知らされた出来事でもあった。

 するとあの時の買い占めって……


「もしかしてあの氷の買い占めって、貴方達がやったの?」

「うぐっ!」

 あー、ラウロ君、どうやらまたウッカリやらかしたらしい。

 だけど氷の買い占めってどんな効果が? って、あぁそう言うことか、どうせクリームを作るのに氷がいるから、夏場になる前に嫌がらせでも仕掛けようとでも考えたのだろう。

 だけど不運だったのは私の元には氷を生み出す製造機があり、その可能性を全く考えなかったという推察の不足。

 おそらくその倉庫とやらに買い占めた氷でも保管しているのだろう。


「この際オーナーには黙っててあげるわ。なんだったらお礼もするから、その倉庫の場所を教えなさい」

「いや、でも……」

「ラウロ、人の命が関わっているのよ! 貴方は犯罪者になりたいの!?」

「妹とユミナちゃんに何かあってみなさい、全身すっぽんぽんにして氷の標本にするわよ!」

「アリス様、女性としてその発言はちょっと……」

 何やらカナリアから注意を受けるがこの際無視。私と味方であるはずのニーアに迫られ、ラウロは怯えながら倉庫の場所を口にするのだった。

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