第57話 その事件は突然に
「なんですって! エリスとユミナちゃんが誘拐された!?」
突如私の元に舞い込んだエリスとユミナちゃんの行方不明の知らせ。
聞けば学園からの帰りに二人が乗った馬車が事故に遭い、急遽別の馬車を呼び寄せて二人を送り届けるはずが、その迎えに来た馬車ごと行方不明になったという事だった。
「すまんアリス。どうやら最初の事故から全て仕組まれていたようで、公爵家の馬車に偽装した別の馬車に乗せられ、そのまま何処かへ連れさられてしまったようなんだ」
知らせに来てくださったジーク様が、頭を下げながら謝罪を告げられる。
なんでも故意に事故を引き起こさせ、護衛の一人が別の馬車を呼びに行っている間に、如何にも依頼を受けて迎えに来ましたよと、迎えの馬車が二人を乗せてそのまま行方をくらましたのだという。
これは後でわかった話らしいが、馬になんらかの毒が塗られた針が刺さっており、護衛の騎士様もまさか迎えの馬車が偽物だとは気づけなかったようで、護衛の仕事を引き継ぐ形でニセ馬車とニセ騎士に、二人を託してしまったという話だった。
その後はすぐに本物の代わりの馬車が来たお陰で、すぐさま騎士団に連絡が行き検問が敷かれたが、その頃には時全て遅し。現在も二人の行方はわかっていないのだという。
「謝罪は要りません、とにかくに今は二人の行方を探さないと」
ジーク様にとってもユミナちゃんはたった一人の可愛い妹。今回の事件は公爵家側の落ち度とはいえ、ジーク様が現場に居合わせていたという訳でもないし、馬車の警備もいつも以上に厳重にされていたとも聞いている。それなのに謝罪に来られたジーク様に怒りをぶつけるのは間違いであろう。
幸いエリスのポッケには、意地悪のご令嬢を警戒してフィーについてもらっているので、最悪魔法だなんだと身を守ってくれるだろうが、危険な事にはかわりない。
「ジーク様、犯人の目星は付いておられるのでしょうか?」
動揺を隠せない私に代わってランベルトがジーク様に尋ねてくれる。
「すまん、それもまだ不明な状態で……」
二人が誘拐されてからまだそれ程時間が経ってないのに、犯人を特定しろと言う方が無茶であろう。
「やはり可能性があるのはアルター男爵家でしょうか?」
隣で話を聞いていたランベルトが犯人の目星を立ててくる。
「可能性としては十分ありそうだけど、多分それはないわ」
「その根拠は?」
「公爵家のご令嬢であるユミナちゃんまで誘拐されているからよ」
ランベルトの立場からすると、アルター男爵家が真っ先に頭に浮かぶのは仕方がないことだが、私はその可能性はかなり低いのではないかと考えている。
仮にもこの国から男爵という爵位を預かる正当な一族なのだ。しかも公爵家といえば王女様の嫁ぎ先として有名で、その一族には王家の血を色濃く引いているともいわれている。
そんな公爵家のお姫様を誘拐するなど、家族どころか一族全員を路頭に迷わすと言っているようなものだろう。
「私も男爵様の事をそこまで知っている訳じゃないけど、貴族ならどんなバカでも王家と四大公爵家にだけには、手を出そうとは思わないでしょうね」
恨みでもなければと、心の中でつけ加える。
私も幼い頃から貴族としての最低限の振る舞いと教えは、亡き父や兄様達からも聞かされている。
もちろん王族や四大公爵家が、小さな田舎貴族程度が関わることもないだろうが、それでも貴族階級のことは厳しく躾けられた記憶が残っているのだ。
「ではアリス様は今回の一件、アルター男爵家は関わっていないと思われているので?」
「確証はないけれど男爵家はかかわっていないわ。ただ、無関係とも言い切れないと言うのが本音ね」
おそらく……だけれど、私には心当たりのある人物が二人いる。
でもまさかそこまでする? というのが本音だけれど、今回明らかに二人が狙われたのは紛れもない事実。
ただこの憶測はあくまでもエリスが狙われただけであって、一緒にいたユミナちゃんは完全なとばっちり。もし犯人の目的がユミナちゃんであった場合は、エリスが巻き込まれたということになり、私では全く見当がつかない状況に至ってしまう。
何か情報があれば……、せめて二人のどちらかが狙われていただけでも判明すれば、そこから犯人を絞り込んで行けるというのに……。
「私が一度アルター男爵家に忍び込んできます」
「ダメよカナリア、行くなら私が忍び込んでくるわ」
「それこそ無茶です。アリス様は魔法は使えますが、争いごとには素人じゃないですか」
「でも貴女は私が雇っているんじゃなくて、公爵家の関係者なのよ。もし見つかりでもすればフローラ様になんて報告すればいいのよ」
カナリアの凄さはよく知っているが、犯人がアルター男爵家に関わっているとはまだ言えないのだ。そんな状況で公爵家の人間であるカナリアを使うわけにはいかないのだ。
「ならば私が、アルター男爵家の王都邸なら何度か伺ったことがございます」
「ランベルト、気持ちは嬉しいけれど貴方は護身用の訓練しか受けていないでしょ? それなら魔法が使える私の方がまだいいわ、少しの間なら姿を消して忍びこめる」
「姿を消せるって、それフィー様の事じゃないですか。アリス様自身は姿を消す事が出来ないって、知っているんですよ。大丈夫です、ここは私が」
「ダメよカナリア、行くなら私が」
「いいえ、ここは一人の男性としても譲れません。私に何かあれば切り捨ててくださってかまいませんので」
ワイのワイの。
私、カナリア、ランベルトの三人が言い争い合う中、ジーク様が何かを決意したかのように話しかけてくる。
「アリス、その……父上達から口止めされてたんだが、多分今回の黒幕はファウストとブリュッフェルの兄弟だ」
「ファウストとブリュッフェル? それじゃやっぱり私のせいでユミナちゃんが……」
何の根拠かは知らないが、公爵様に口止めされていたというのなら確かな情報なのだろう。だが同時に私のせいで大切な妹だけではなく、ジーク様の妹でもあるユミナちゃんまで巻き込んでしまった事を意味する。
私はその言葉を聞き、血の気が引くようにフラついてしまう。
「「アリス様!」」
「アリス!」
その場で倒れそうになるところを、何とか自力で踏ん張る。
ダメよ、倒れるのは二人を助け出してから。今はとにかく頭をフル回転させ、行動に移すのよ。
「大丈夫、ごめんなさい」
私はカナリアに支えられながらも何とか体制を持ち直す。
「アリス様?」
「ちょっと行ってくるわ」
「どこへ?」
「プリミアンローズへ」
それだけ告げると、私はフラつく体で歩き出すのだった。




