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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
三章 それぞれの翼
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第52話 来訪を知らせる合図

「アリスちゃんこれ、すごく美味しいよ!」

「あら、ホントに美味しいわね」

「フローラ、こちらの焼き菓子も美味しいわよ」


 本日はローズマリーに3人の客人を招いての試食会。

 兼ねてよりのチョコレートの試作品に改良を加え、ようやくお披露目が出来るまでにたどり着いた。

「まったく、うちの男ども何をしているのかしら。せっかくアリスがこんなにも沢山用意してくれたというの来れないだなんて」

「お仕事なら仕方ありませんよ」

 本当はこの場にエヴァルド様とローレンツさん、そしてジーク様も来られる筈だったのだが、ローレンツさんは急なお仕事が入ったのと、エヴァルド様とジーク様は何やら隣国に不審な動きがあるとかで、現在王都から遠征にでられているんだそうだ。

 ハルジオン公爵家って国外向けの軍部を取り仕切っておられるから、隣国に不審な動きがあれば直ぐに軍を率いて出兵されなければいけないのよね。

 今回は直接的な戦争の可能性はないらしいので、危険な事は何一つないとは聞いているが、単にこの様な話を聞くと小心者の私は何とも不安な気持ちになってしまう。

 そんな理由から急遽レティシア様とルテア様にご参加いただいたというわけ。

因みにユミナちゃんとエリスはこのあと学園帰りに合流する事になっている。


「どうでしょう? 色んなお菓子にチョコレートを加えてみたのですが、どれかお気に召すものはございましたか?」

 私が用意したお菓子はテーブルだけには載り切らず、臨時に設けたテーブルやキッチンキャリーにまであふれている。

「正直どれも美味しいわ」

「そうね、この中から絞るのは中々大変な作業ね」

 今回用意した試作品の数々は、実はローズマリーで販売する為に用意した商品ではない。

 現在ハルジオン公爵領で進められているチョコレート工場の目処が立ち、前々から依頼されていた箱菓子の案として、私が持つ知識を駆使して日持ちがする事を重点に置いて用意させてもらった。


「どれも美味しんだけれど、チョコレートパフェに使われているようなクリームはないんだね。私アレが大好きなんだけど、やっぱり家で食べるのは難しいのかなぁ」

 クリーム系のお菓子がなくて何とも残念そうに呟くルテア様。

 最初は茶色という色合いから、あまり注文の通らなかったチョコレートパフェだったが、他の商品にチョイ足ししていたチョコレートが次第に話題となり、今じゃすっかり大人気の商品となってしまった。


「お店で提供しているチョコクリームは正式にはチョコレートではないんです」 

 お店で取り扱っているチョコは、生地に練り込んだりソースとしてとろみを付ける事を前提で作っている為、当然常温の状態では保存が効かない。

 この世界にも冷凍技術があればいいのだが、輸送の際の冷蔵保存ですら難しいので、こればかりは私の力だけではどうしようもないだろう。

 それに今回は商会同士の卸売りから始まるため、できるだけ型崩れし難く、更に急激な温度差による変化も極力なくすため、どちらかといえば固めのお菓子として出来上がっている。

 そもそも生菓子と干菓子と分かれている様に、二つを両立させる事は非常に難しいのだ。


「そうなんだ、ちょっと残念だなぁ」

「こればかりは仕方がないわね、食べたくなればお店に来たらいいじゃない。アリスちゃんもいるんだし」

「うん、そうだね」

 まぁ実際のところ、固形のチョコレートが販売されるのなら、湯煎で溶かすだけでも似たようなソースは作れるのだが、肝心のホイップクリームが用意できなければチョコレートパフェは再現は難しいだろう。


「それにしても甘くて美味しいわね。これならどれを商品として売り出したとしても、大丈夫だと思うわ」

「えぇ、そうね。茶会のお菓子としても申し分ないし、ちょっとした手土産にも使えるわね」

「ねぇアリスちゃん。これ全部商品化する事は出来ないの?」

「流石にこれを全部というのはちょっと……」

 ルテア様の気持ちもわからないでもないが、いきなり全てを商品化するというのはリスクが高い。

 チョコレートが徐々に浸透してきたと言っても、所詮はローズマリーという王都に一軒ある菓子屋なのだし、日持ちがすると言ってもこの世界じゃ精々1ヶ月程度のものだろう。

 そんな状況では一度に種類を増やしてのは販売は、生産体制にしろ販売体制にしろ、売れ残る食品ロスが響いて来てしまう。

 なのでまずはこれらの中から幾つかを選び、チョコレートの知名度を上げて、徐々に人々へ浸透させて行く方が先決だろう。


「確かにそうね。工場の方もいきなり全ての商品を用意しようとすれば、人手も時間もかかってしまうわね」

「えぇ、それに工場が稼働したばかりだと何かと不具合も出てくるでしょうから、極力負担は減らした方がいいでしょうね」

 この辺りを冷静に分析できる辺り、お二人とも流石公爵夫人と言ったところだろう。

 そう思うと種類と規模で対抗してきた男爵家は、その辺り何も考えていなかったことがよく分かる。


「それじゃどうしても幾つかの候補に絞らないとダメなんだね」

「えぇ、それにチョコレート工場(仮)の最初の商品となる訳なので、今後の事を考えて長く親しまれるお菓子でなければいいけないんです」

 前世で例えるなら、このメーカーならこのお菓子、って具合にメーカー名とお菓子が結びつくイメージを作らなければならない。

 それはつまりそれだけそのメーカーが一番に力を入れている商品であり、最も長く多くの人たちに愛されている、言わば固有のブランド力。そのために最初となる商品はそれらも踏まえて、慎重に選び抜かなければいけないのだ。

「だから選択肢を選べるように、これだけの種類を用意したんだね」

「そういう事なんです」

 チョコレートは無限に近い可能性を秘めているので、まずはこういったお菓子にも使えるという意味で、少々無茶をして種類を用意させていただいた。


「取りあえず固形のチョコレートは幾つか採用するとして、他にも焼き菓子を幾つか選びたいわね」

「そうですね。おすすめは定番のクッキーやスコーン辺りでしょうか?」

 クッキーやスコーンは元々この世界でもあった、最もポピュラーで親しまれている定番のお菓子。

 チョコレートという名の通り、やはりメインとなるは固形型のチョコレートなので、後は多くの人たちに受け入れて貰えるよう、親しみやすいお菓子として売り出す方が賢明だろう。


「わかったわ。でも私だけでは判断が付けられないから、持ち帰ってエヴァルドとローレンツにも意見を聞くわね」

「はい。カナリアが持ち帰り用を用意しておりますので、お帰りの際にお渡ししますね」

「助かるわ」

 元々エヴァルド様とローレンツさんが来れないと分かった時点で、お屋敷の方へと届けるつもりだったので、この辺りは特に問題ない。


 後はこのままフローラ様達の意見を聞きつつ、商品一つ一つの改良すべき点など上げ、いつもと同じようなお茶会を楽しみながら、エリスとユミナちゃんの帰りを待っていると、そこへ急な来訪を告げる知らせが入る。


 コンコン。

「失礼いたします」

 やってきたのはフロアを任せているチーフのリリアナ。

「どうしたの?」

「実はプリミアンローズのオーナーと言う方が訪ねて来られまして……」

 それは予期せぬ来訪を知らせる合図だった。

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