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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
三章 それぞれの翼
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第50話 新たなる策略

「何故だ、何故客足が戻ってこない!!」

 オーナーに言われるまま、私は生クリームを使ったアレンジメニューを数多く用意した。時にはドリンクに、時にはフルーツをそのまま器に使い、生クリームを盛り付けたメニューも用意した。だけど、依然客足はローズマリーに取られたまま。

 与えられた調査資料、言いつけられた商品を用意し、それでも遠く敵わないあの方の存在。

 この店が明らかに追い詰められている事は私にでもわかる。だけど一体何が悪いのかが全く見当もつかない。

 私が発案したメニューの何処がいけない? それほどローズマリーの商品と、プリミアンローズの商品と何処が違う?

 せめて私が直接出向き、あの店の商品を分析できれば、原因の一つでも突き止める事も出来るかもしれないのだが、未だ私はあの店のパフェやクレープなる菓子を食べた事がない。


「オーナー、私にあの店の調査をさせてください!」

「それはダメだと言っているでしょ!」

「ですがこのままでは……」

 パフェやクレープを出し始めて、一時は客足が戻り始めていた時も確かにあったのだ。

 ケーキの種類も豊富だし、メインとも言える焼き菓子もいまだ安定の売り上げ。その上あちらにも負けないカフェメニューだって充実させてきた。

 だけど戻りかけていた客足は日に日に減り続け、今や大好評であったケーキすらも売れなくなってしまった。


「何か、何か早急に策を考えなければ……」

 オーナーが慌てる理由は理解できる。

 私がいるこのプリミアンローズは1ヶ月に掛かるコストが非常に高い。スタッフの人件費にしろ、仕入れの食材にしろ、このお店の家賃にしろ。

 中でも最も圧迫しているのがメニューを豊富にした為に発生するロスの量。

 ローズマリーを比較対象として、常に彼方を上回る規模で展開してきた為、取り扱っている商品の量が非常に多いのだ。当然それに伴うスタッフの数もいるし、多種多様の食材を各商会から少量ずつ仕入れる為、まとまった値引き交渉が出来ない始末。

 おまけにここ一週間はケーキの売れ行きが完全に止まってしまっているので、早朝用意した商品がその日の夜にはそのまま廃棄処分となっている。

 唯一の救いはメインとなる焼き菓子が動いている事だが、ケーキ部門がそれを上まる勢いで足を引っ張ってしまっている。

 そして問題はもう一つ……


「オーナー、もう少しで氷が無くなってしまいそうなのですが」

 私がオーナーと打ち合わせをしている中、やってきたのは何かと私を目の敵にしてくるパティシエのラウロ。

「もう氷が……。わかりました、今ならばまだ手に入れやすいでしょうから、商会の方へ発注を出しておいてください」

 今までの季節では氷の製造も保存もそれ程難しいものではなかったのだが、これから夏にかけてはそうはいかない。

 もちろん夏場の王都でも氷を手にいれる事はできるのだが、その量は限りあるものとなり、当然その価格にも影響が出てきてしまう。

 ただでさえ生クリームの生成と、ケーキを陳列しているケースに氷が必要だと言うのに、春過ぎで店舗に保管していた氷がこの状態では、この先とてもじゃないが同じ価格で商品の提供は難しいであろう。


「……いや待ってください。そう、その手がありましたか」

「……オーナー?」

 オーナーが急に黙り込んだかと思うと、何かを閃いたようにラウロに指示を出していく。


「いいですか? すぐに王都で氷を取り扱っている商会を調べるのです。出来れば現在王都にある氷の量も探りなさい」

「氷を……ですか?」

「えぇ、生クリームを作るのに氷は必須。氷がなければケーキは作れないし、量が少なくなれば当然価格は高騰します。ケーキを取り扱う店にとって、提供する商品が用意できなければ営業も出来ないでしょう」

「!?」

 た、確かに、オーナーが言う通り氷がなければ生クリームは作れないし、当然それに伴ったケーキも作れない。

 だけど氷は何も私たちのように食品を取り扱う業種だけではなく、医療や生産の現場でも必要なもの。それを買い占めるような事でもすれば、多種方面でいろんな問題も浮上する事だろう。


「ま、待ってくださいオーナー。氷と言っても必要なのは私たちだけではないんです。それに買い占めるからといって、その量は相当なものになるはずです」

「勿論わかっていますよ。私だって何も王都を混乱させようなどというつもりはないのです。ただ少し王都に入る氷を操作しようとしているだけです」

 王都に入る氷を操作する?

 大半の氷が保管されているのは夏場でも比較的涼しい山岳地帯。そこから定期的に運ばれる氷が、保管施設のある商会へと卸されるのだが、その道中で自然災害やら事故やらに巻き込まれたら、当然卸先には届かない。

 もしその時王都にある氷が全て買い占められていたとすれば? もし輸送事故が偶発的に起こされていたとすれば?

 当然わずかな氷をめぐり対立は起こるだろうし、大金を積んで氷を手に入れたとしても、必要な場所に氷が届かなかったとして、その人達は吊るし上げられることであろう。


「まさか、輸送馬車を襲わせるおつもりではありませんよね?」

「余計な詮索はしない事です。貴女は氷が手に入らなくなった場合の事を考え、新たな商品を開発していなさい」

 本来プリミアンローズのメインとなるのは本店譲りの焼き菓子たち。例え一時氷が手に入らなかったとしても、焼き菓子をメインに切り替えればいいだけなのだが、ケーキをメインに販売しているローズマリーは営業を自粛しなければいけないだろう。

 その時予め準備をしていた当店と、いきなりケーキの販売が出来なくなった彼方では、その対応の仕方に大きな差が出てくる事だろう。

 確かに一時でも氷を抑えられれば、これ以上にない対抗策になるはずだ。だけどこれは本当に正しい判断?

 商品で負けているからといって、犯罪にまで手を染めてまで勝つ意味が何処にある?

 私にはお金が必要だが、それで苦しむ人を生む事が本当に正しい事なの?


「やめてください! こんなやり方間違っています! それにもしあの店に……公爵家に氷を保管する施設があれば、意味がないじゃないですか」

 ローズマリーが開店したのは昨年の夏前。それまでは只の空き家だったという話だし、冬場から氷の保管なんて事もしていなかったはず。

 ならば後は仕入れに頼るか、氷を保管しているであろう施設に頼るかしか方法はないのだが、私はどうしてもこの一点だけは引っ掛かってしまう。

 恐らくラウロは知らないだろうが、私は例のレシピと一緒にあの店の仕入れ伝票を直接目にしている。実際その伝票を元に仕入れをしたのだから間違いない。

 そこで一番最初に疑惑を感じたのがレシピには載っているのに、肝心の氷を仕入れたという実績が見当たらなかった。ケーキの生地をふわふわに仕上げる為、小麦の産地を指定する程のこだわりようだ、そんな細かく指示をされている伝票には、氷を仕入れたなんて記述が見当たらなかったのだ。


「私の記憶が確かなら、あの仕入れ伝……、いえ、頂いた調査書類には氷を仕入れたという記述はありませんでした。もしかしてローズマリーでは独自で氷を仕入れる方法を持っているか、何か別の方法で氷を保存……いえ、生成する仕組みを編み出しているのかもしれません」

 自分で口にしておいてなんだが、夏場で氷を作るなんて事は誰がどう考えたって不可能に近い。

 それでも多くの菓子職人が女神だと称えるような人物だ、ケーキやパフェを生み出したように何か特別な方法で氷を作っているのかもしれない。そうでなければ夏場でも安定した価格でケーキを提供できるとは、到底考えられないのだ。

 

「あん? お前何言ってんだ。馬鹿か! 馬鹿なのか!! 夏場で冷たい氷が作れるわけがないだろうが!」

 オーナーに意見した私が余程気に障ったのか、ラウロに乱暴な口調で当たられてしまう。

「ふむ。氷が作れるという考えには賛同できませんが、氷が重要なものという認識は同じでしょう。ならば敷地内に何らかの施設をとは考えられますね」

 小さなお屋敷ならいざ知らず、公爵家のような大きなお屋敷には、独自で氷を貯蔵する地下室を持っていたとしても不思議ではない。

 オーナーが私ごときの言葉で考えを改めるとは思えないので、可能な限り有りえそうな状況を出して説得にあたる。


「確かにニーナの言う事にも一理あります。何方にせよ今すぐ取りかかれるわけではありませんので、一度調べてみましょう」

 まずは説得出来たようでホッと胸をなでおろす。

 先ほどは出任せのように氷の生成などと絵空事を口にはしたが、氷を仕入れていたという記述が無かった事もまた事実。恐らく公爵家かそれに連なるお屋敷から提供されていたのだろう。そうでなければ夏場だけでも値上げしなければ、営業を続けていく事など不可能であろう。


 結局その日の打ち合わせはこれで終了。

 ラウロはオーナーに頼られた事で意気揚々と商会に出向き調査を始め、オーナーも独自のルートでローズマリーの店へと探りを入れられたが、出てきたのは僅か数回氷を仕入れたという実績と、ローズマリーの敷地内には、氷のみを大量に保管出来るよう地下室は存在しないという事だった。

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