第44話 亡き父への想い
「うーん、迷った」
気分転換の為に一人散歩へと出かけたのだったが、思い返せば移動はもっぱら馬車だったし、こうして一人で出歩いたという記憶も王都に来てからは一度もない。
おまけにただのちょっとした散歩気分だったので、手提げ鞄もなければ当然お金なんで1銀貨すら持っていない。もしこのまま王都を迷い続ければ、私はいずれは空腹に耐え切れず倒れてしまうのではないだろうか。
それはちょっと言い過ぎか。
「ん? くんくん、なんだろこの香り」
なんとなく甘くて優しい香りが漂って来ると同時に、自然と香りが漂う方へと足が向かう。
なんとなく見た事がある景色、どこか懐かしの香りに導かれるまま、辿り着いた先は一面に広がる緑と花のコラボレーション。
「ここは……華の公園……」
そこは以前に一度だけジーク様の案内で連れて来てもらったことがある、レガリアの王都レーネスにある華の公園。
前に来た時とは入り口が違うのか、目の前には大きな円状の花壇に、中央には白く磨き上げられた一人の美しい女性の像と、その傍らには一匹の虎の様な像が寄り添うように立っている。
おそらくこの像の女性がレガリア王国を創設したと言われている初代女王、レーネス様なのだろう。私も物語の中でしか知らないが、精霊達に愛され、多くの人たちに慕われていたのだと言う、別名レガリアの聖女様。
それにしてもその傍らに寄り添う獣は何なのだろうか?
すーはー。
やっぱりここはいいわね。
日が落ちかけているせいか人の姿は疎らだけれど、夕焼けと公園の姿が相まって、一枚の絵画の様にすら感じてしまう。
思えば久々の里帰りだったというのにゆっくり懐かしむ事すら出来なかったわね。
結局私は前世でも今世でも両親に親孝行すら出来なかったのだ。なんであの日こうしなかったんだろう、なんであの時もっと甘えなかったのだろう。
そんな後悔ばかりが頭の中をグルグルとひたすら駆け回っている。
あの日、父との最後の別れすら出来なかったと知った日、私はエリスやバカ兄の手前、一人無理やり強がってしまった。
本当は勝手に埋葬してしまった事に文句を言いたかったし、掘り返してでも棺の蓋を開けたいとすら考えてしまった。そうしなかったのは一重に私の中にあった諦めと良識だったが、それでも一言お別れの言葉ぐらいは掛けたかった。
「アリス・ローズマリー……か……」
前世の名前は思い出そうとしても思い出せないが、今の私は完全に実家から独立してしまった状態。
本来ファミリーネームを名乗れるのは貴族か名家だけなのだが、ローレンツさんとフローラ様から何かと便利だからと勧められ、商業ギルドにお金を積んで登録させてもらったこの名前。
もしここに父が居ればどう思っただろう。デュランタン家の名前が名乗れなかったとは言え、兄や騎士爵家と決別してしまった今の私を見れば、お父様は何て言っただろうか?
結局私はどれもこれも自分の事しか考えていなかったのだ。お父様が悲しむかどうかも考えずに。
「私はなんて親不孝なのかしらね」
見上げれば赤く染まりかけた夕焼け空。近くには誰も居らず、私の問いかけに答えてくれる人は誰もいない。
私は知らぬ間に心の底に両親を失った悲しみを押し殺していたのだ。
自分でも分からない間に、誰にも気づかれないように、ただ私という存在を保つためだけに強がって。
私は弱い。もしエリスという存在が居なければ、実家を飛び出す事すら出来なかったのではないだろうか。
「そんな私がローズマリーのオーナーだなんてね」
こんなにも脆く弱い私が、多くのスタッフを守れるだなんてお笑い種もいいところね。
本当は私の力なんて大したことはないんだ。ローズマリーだってたまたま前世の記憶があったのと、フローラ様との奇跡的な出会いがあったから実現しただけで、どちらか一つでも欠けていれば今頃娼婦館で体を売っていた事だろう。
実際お父様を失ってからの私は何をやっても失敗続き。今もこうして父の死を理由に自分を甘やかそうとしている醜さだ。そんな私がどうして人の上に立てるというのだろうか。
なんで……、なんで死んじゃったのよ。お父様……
もっと話したかった。もっと触れ合いたかった。もっと甘えたかったというのに、お母様もお父様も私やエリスを残して逝かれてしまった。
残されたのは嘘と意地で塗り固められた、無能な負け犬が残されただけ。
死の世界って、一体どんな場所なんだろう。私はその世界を一度体験しているはずなのに思い出す事すら出来ずにいる。
もしそんな世界があれば4人の両親に会えるのかもしれない。そう考えると案外悪くないのかもと、そう思えてしまう自分がいてしまう。
私がいなくなってもフローラ様が何とかしてくれるだろうし、エリスとフィーだけなら十分に暮らせるだけのお金も残っている。
だったらこのままいっそ……
「アリス!!」
今の空の様に、傷付いた真っ赤な姿から、暗く闇の底へと落ちかけていた時、突然私を呼び戻す声が響き渡る。
「じーく……さま?」
そこにいたのは、ここに居る筈がないジーク様だった。




