第40話 生まれ故郷に(後編)
部屋に居られたのは予想通りの顔ぶれで、椅子に座るアインス異母兄とそれに詰め寄るツヴァイ兄様。お父様の為に駆けつけてくれたであろうオーグストと、その近くには不安そうに眺めるクリス義姉様と、ようやく歩けるようになったのか、息子のカイルが母親であるクリス義姉様の足にしがみつく様に怯えている。
「そんな言い方はないだろ? 父上が亡くなったと聞いて慌てて駆けつけたんだ」
「ふん、その割には随分と遅かったようだがな」
はぁ……、呆れてものが言えないとはまさにこのことだろう。
ツヴァイ兄様からお父様が亡くなったと、伝令役が報告を受けたのが5日前。
流石に馬を休めなければいけなかったのと、本人の睡眠と言う休息が必要だったので、多少の時間をロスしてしまったものの、それでも僅か3日という短い時間で王都と騎士爵領とを往復してくれたのは、感謝というべきしかないだろう。
そのあと大慌てて私たちが王都を飛び出したのだから、寧ろ最短と言っても差し支えのないレベル。それなのに『随分と遅かったな』とは私でなくとも頭に来るのではないだろうか
「相変わらずねアインス」
「フィオーネか、まさかお前まで来ているとはな」
一応二人が以前王都を訪れた際、フィオーネ姉様の話は伝えていたのだけれど、アインス異母兄の中では娼婦の館に売られた時点で、人生が終わっているとでも思っているのだろうか。
この国じゃ奴隷制度は認められてはいないので、例え娼婦の館に売られたとしてもの、人並みの生活と、必ず終わりとなる期日が設けられる様に定められている。
「別に貴方に会いに来たわけではないわよ」
「ほぉ、随分と偉そうになったもんだな。分かっていると思うが、お前はもうデュランタン騎士爵家の人間ではないんだぞ。もう少し口の聞き方を注意した方がいいんじゃないのか?」
「なんですって」
姉様も今更騎士爵家の名前に執着などないだろうけど、この領地の為に身売りをさせられ、ようやく戻って来たかと思えばこの仕打ち。これでは怒るなと言う方が無理ではないだろうか。
「よしなよ姉さん、アインス兄さんもそんな言い方はないだろう。俺たちだって仕事を休んで急いで駆けつけたんだ。アリスなんて今大変な時だと言うのに、父上の為に時間を裂いて来たんだよ」
「ふん、お前らの都合など知らんわ」
ドライ兄様が二人の仲裁に入るが、それ以上に煽ってくるアインス異母兄。
フィオーネ姉様の気持ちは痛いほど理解は出来るのだが、父が眠る前で醜く兄妹が言い争うのは本人も望まれていないだろう。
アインス兄様の性格は全員が知るところなので、ここで無駄な時間を過ごすより、少しでも早くお父様の元に駆けつけた方が良い。
姉様も弟でもあるドライ兄様に止められ、溢れ出てしまった怒りを抑え込まれる。
「そうね、こんな所で言い争っていても仕方がないわ」
「まぁいい、俺としてもさっさと帰ってもらいたいからな」
お互いまだまだ言い足りない感じの様だが、私たちの目的はあくまでお父様に会う為。
今じゃ私も兄様達も自分の家を持っているのだし、フィオーネ姉様も愛する旦那様が待つ家と、お腹の中には新たな命が宿っているのだ。こんな所で大切な体に無用な負担は掛けたくもないだろう。
「それでお兄様、お父様は今どちらに?」
私が代表と言うわけではないが、フィオーネ姉様の心情を気遣い、まずは当初の目的でもあるお父様との再会を願い出る。
流石の兄も私たちの再会を拒むわけもないだろう。
「アリス、実はその事なんだがな」
「ふん、葬儀などとっくに終わらしてやったわ」
「「「えっ?」」」
葬儀が終わった? それじゃお父様は?
「すまない、俺がちょっと隣町まで手紙を出しに行っている間に埋葬されてしまってな。葬儀らしい事もやらないまま今は土の中で眠っておられる」
ツヴァイ兄様も仕事に穴を開けて実家に戻られている。その関係で現状の報告を伝える手紙を出しに行かれている間に、アインス兄様が独断でお父様を埋葬してしまったのだという。
「勘違いするな葬儀はちゃんと執り行った」
「あれがか? 聞けば数人の手伝いが神に祈っただけで、牧師すら呼んでいないと言うじゃないか。そんなのは葬儀とはいわないんだよ!」
そうか、先ほど聞こえていた言い争いはこの事だったんだ。
実家に戻っていたツヴァイ兄様すら埋葬の現場に立ち会えず、しかも屋敷を空けている僅かな隙をついての行動となると、流石の温厚な兄も怒らずにはいられなかったのだろう。
「ごめんなさいアリス、私もオーグストも止めたのだけれど、どうしようもなくって」
現場を見ていたであろうクリス義姉様が謝られるが、アインス異母兄の性格を知る者として、二人ではバカ兄を止める事はまず不可能だろう。
仮に止められる者が居るとなれば次男であるツヴァイ兄様ぐらいだが、本人がその場に居なかったのであれば、もはやバカ兄の暴走を止められる者は誰一人として存在しない。
それが分かっていたからこそ、アインス異母兄は留守の間に決行したのだ。
「呆れたわね。そんなに私たちにお父様の最期を見せたくなかったのかしら」
辛うじて感情を抑えておられたフィオーネ姉様が、再び怒りの感情を示しながら口を開く。
どうせ私たちが居たら葬儀だなんだと騒ぎ出し、余計なお金がかかるとでも思っていたのだろう。
実際質素ならがも葬儀は行いたいとは相談していたし、御世話になった方々だけでもと話もしていた。オーグストも恐らくそういった準備の為に、老体にムチを打って駆けつけてくれていたのではないだろうか。
それなのにこのバカ兄とき来たら……。
「言ったはずだ、これは由緒ある騎士爵家の問題。部外者の人間は口を挟むな!」
貴族貴族と、そんなにも貴族という人種が特別だとでも言うのだろうか。家族よりも兄妹よりも大切だと言うのなら、私はそんなものなど破り捨ててやるというのに、このバカ兄は兄妹の絆よりも貴族としてのプライドが欲しいのだという。
これじゃフィオーネ姉様じゃないが呆れて怒る気にすらなれない。
「やめましょうお姉様、どうやらここに居られる人は私たちとは暮らす世界が違う方のようです」
「……そうね」
アインス異母兄が私たちを兄妹だと認めないというのならそれもいいだろう。元々王都組の私たちは誰一人として実家に戻る気などないのだし、オーグストやクリス義姉様には屋敷の外で会えば良い。
あとは年に一度お父様とお母様のお墓前りさえ出来れば、このお屋敷に戻る必要など何一つ存在ないのだから。
「ふん、ようやく理解したか。これからは俺に対しての口の聞き方に注意するんだな」
こちらとしては皮肉として言ったつもりなのだが、どうやらバカ兄には私が折れたとでも勘違いしたのだろう。
わざわざ訂正してやるほど暇ではないので、クリス義姉様とオーグストに頼んので、お父様が眠っているであろう場所に案内を願い出る。
「それではお兄ぃ……いえ、デュランタン騎士爵様。これにて失礼いたします」
「まて、お前らがどうしてもと言うのなら一晩泊めてやらんでもないぞ。ただし金は払ってもらうがな」
本当にこの人は……。
今ここに居る全員が同じ事を思ったのではないだろうか? こんな人間が領主では、この地に暮らす人たちは相当不幸なのではないかと。
「いいえ結構です。この家は既に私たちが帰るべき場所ではございません。騎士爵様がご心配なさらずとも、宿は私たちで何とか致しますので」
この騎士爵領には宿屋はないが、隣町まで足を運べば今からでも夕食には十分に間に合う筈。昼食とる場所がないという点だけはどうする事も出来ないが、一食や二食抜く事などバカ兄に頭を下げる事に比べると余程いい。
外で荷物の搬入を待ってくれているカナリアには悪いが、今日は隣町にまで戻り、宿を取るしかないだろう
こうして私たち兄妹は生まれ育った家と、アインス異母兄との決別をするのだった。




