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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
二章 陰謀の渦巻く中
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第38話 プリミアンローズ開店

 プリミアンローズの開店当日。


「うーん、流石に今日はお客様の数が少ないわね」

 隣国の有名菓子店のオープン日とあって、彼方のお店は朝から大賑わい。

 一方ローズマリーはというと、個室こそ全室埋まってはいるが、1階のカフェスペースは空席が目立ってしまう。


「そうですね。これがただ隣国の有名店の出店ならここまで減りはしなかったのでしょうが、あちらにローズマリーの類似品が並ぶとあっては、誰しも一度は食べ比べたいと思うでしょうから……」

 プリミアンローズの主力商品はパイやプレッツェルなどの焼き菓子関係。これだけならローズマリーのケーキと大きく被らないなのだが、今回はフェアリアルケーキなる新商品を店頭に並ぶと宣伝されていたので、まずは一度立ち寄って見ようと思うのが人の心情だろう。

 貴族は見栄や自慢をする人が大勢いるので、真っ先に来店してご婦人方の話のネタにと思う人もいる筈だ。


「参ったわね。隣国の有名菓子店ってだけでも脅威なのに、うちの類似品まで並ぶだなんて」

 そのうえ例の天才菓子職人の評判もあって、オープン前から大層な噂になっていたのだ。

 一応初日に偵察を入れるためにリリアナとエリクを客として向かわせたが、この状況だともっと本腰を入れて対策を練らないと、大きく顧客を取られてしまう恐れがある。

 今更ながらチョコレートの商品化が間に合わなかった事が悔やまれて仕方がない。


 いやね、チョコレートとして食べる分には、ほとんど完成に近い状態ではあるのだけれど、ケーキなどの製菓に混ぜ合わせるとなると、実はそう簡単に出来るものではない。

 これはお菓子作りを趣味としていない人にはあまり知られてはいないが、ケーキなどに使われる種類はクーベルチュールチョコレートといい、カカオ成分が35%以上かつカカオバターが31%以上という、非常に厄介な品質基準で作られている。

 流石にこの通りに作らなければならないというわけではないが、私はチョコレート職人でもなければ、工場の支配人でもないので、現在も試行錯誤の真っ最中というわけ。それでも徐々に納得のいく物は出来つつあるのだが、チョコレート自体の生成に手間と時間を取られてしまい、未だ満足のいく完成品が出来ていないのだ。

 せめてローレンツさんが進めてくださっているチョコレート工場が完成すれば、随分と楽にはなると思うのだけれど、こればかりは期待しながら待つしかないだろう。


「アリス様、偵察に向かわせていたリリアナとエリクが戻りました」

「そう、お店もこの状態だし、情報が新鮮なうちにミーティングを始めましょ」

 ランベルトからの報告を受け取り、ローズマリーの主力メンバーを集めての緊急ミーティング。

 本当は営業が終わってからの予定だったが、予想以上にお客様が少ないのと、私自身が抱いてしまった危機感から、予定を繰り上げてミーティングを執り行わせて貰う。


「それじゃリリアナ、エリク、報告をお願いしてもらっていいかしら」

「はい、それでは店内の様子からご報告させていただきます」

 集まったメンバーは私を含めて合計6名、執事であり副店長でもあるランベルト。フロアチームからは偵察に出かけたリリアナと、私の相談役でもあるカナリア。キッチンからは同じく偵察に出かけたエリクと、キッチンチーフであるディオンを徴集させてもらった。


「まず店内の作りですが、1階はカフェエリアとお持ち帰りエリアとに分かれており、入り口正面にはケーキや焼き菓子が入った大きなショーケースが配置。各エリアの広さもローズマリーと比べると倍近くあり、個室も大小合わせて24室。その全てが屋敷の2階に備え付けられておりました」

「まって、それってもしかして」

「はい、装飾やテーブルの配置等は違いますが、ローズマリーそのものだと私は感じました」

 ローズマリーの類似店……一体何が目的?

 私はこのローズマリーを作る際、ローレンツさんに事細かくレイアウトの指示をさせてもらった。それは言わば私が前世で見てきた知識から、この世界で一番適したレイアウトだと考えたから。

 だけどこれはあくまでも私が勝手に要望したレイアウトなのだから、必ずしもこの店作りがいいというわけでは決してない。


 わからないわね。

 考えられるものとしては、ローズマリーに似せる事でこちらへの嫌らせ。彼方の収容人数はこちらの倍以上だと言う事だし、来店されるお客様に見せつけるには、どちらが資産を投じているかはこれだけでも十分伝えられる。

 だが逆の見方をすれば、プリミアンローズがローズマリーを真似したとも捉えてしまうので、正直リスクを背負う方が高いと言ってもいい。

 単純にお屋敷を店舗に改装するという、同じ方法をとった為、たまたま似てしまったという可能性もあるが、どちらにせよ相手の意図がわからないでは、現状答えを出す事は難しいだろう。


「リリアナ、来店されているお客様の反応はどだった?」

「お店で収容できる人数の差か、ローズマリーのように店の外にまで行列が続くことは無く、待ち時間で声を上げるような光景はありませんし、店内の様子も十分にサービスが行き届いており、こちらも特に問題らしい問題も見当たりません」

「……そう」

 ローズマリーのオープン当時は結構な行列が店の外にまで続いていた。その為待たされた事で小さなトラブルが幾つか発生したのだが、その全てを収容できるお店の規模はやはり脅威的と言えよう。


「それで商品の方はどうなの?」

 店の規模とレイアウトは今更何を言ったところで仕方がない。お互い既に動き始めているのだし、店の作りが似ているなんて事もよくある話なので、どちらかが明らかに評判を落とさない限り、そう簡単に悪評も立たないはず。

 それよりも今一番重要な点は、彼方のケーキの完成度なのだけれど……

「それが……」

「商品の方は僕から報告させていただきます」

 言い淀むリリアナを遮り、声を上げたのはディオンの息子でもあるエリク。

 確かに彼なら毎日ローズマリーのケーキを作っているのだし、自身もパティシエという事もあり適切な判断が出来るだろう。


「僕とリリアナで幾つかの商品を頼んで試食したのですが、生地、生クリームの質は共にローズマリーのケーキとほぼ同等。しかも多少アレンジは加えられていましたが、こちらの定番商品と季節限定商品が全て網羅され、中にはこちらには無いアレンジされた商品もあり、その数およそケーキだけで50種類」

「50種類!?」

 エリクの報告を受け、思わず声を上げながら立ち上がってしまう。

 現在ローズマリーで取り扱っているケーキの種類は全部で25種類。その内の15種類が季節限定で定期的に入れ替り、残りの10種類が通年を通しての定番商品としている。

 この数は今の店の規模とスタッフの数、そして仕入れや売れ残りのロスを考えて、この数に落ち着いたという経緯がある。

 別に種類が豊富な方がいいと言うわけではないが、店の規模や商品の種類などすべてが倍々となっては、総合評価でどうしてもプリミアンローズの方に軍配が上がってしまう。

 おまけに彼方には主力商品である焼き菓子が別にあるのだから、ローズマリーの失速は避けられない。


「これは僕とリリアナの感想なのですが、彼方はニーナという菓子職人を利用して、ローズマリーを潰しにかかっているのではと感じました」

 聞けばプリミアンローズは天才菓子職人であるニーナを全面的に押し出し、私VSニーナ、ローズマリーVSプリミアンローズという構図をワザと作り上げ、明らかにローズマリーを意識した店づくりになっているのだという。


「そうね……今聞いただけでも余りにも似すぎているわ」

 エリクの言う通り、ローズマリーを意識しているのは間違いないだろう。


「それとこれは偵察とは関係ないのですが、来店されているお客様が変な話をされているのを聞いてしまって……」

「変な話?」

「はい。ローズマリーがプリミアンローズの商品を盗作したって」

「えっ、こちらがプリミアンローズから盗作? 逆じゃなくて?」

 レシピの盗難事件は当時の新聞にも乗ってしまったので、この事実を知る人は大勢いる筈。

 それがなぜ盗まれた方のローズマリーが疑われる?


「どういう事? ランベルトは何かわかるかしら?」

「そうですね、考えられる可能性は隣国の店という点と、その積み重ねて来た絶対的な知名度。ローズマリーは半年ほどの歴史しかありませんが、あちらは隣国で何年もの実績がございます」

 言われてみれば確かに。

 プリミアンローズという名前を知っていても、直接店舗を訪れた人はそう多くはいないはず。

 この世界には車や電車なんてものはないのだから、わざわざ時間と危険を伴い隣国に遊びに行く人はほとんどいない。

 もし誰かがローズマリーって隣国にあるプリミアンローズに似ているよね、なんて嘘の情報を広められてしまえば、当然歴史が浅いこちらの方が疑われてしまう。


「まさか、店の作りを似せられたのはこれが目的?」

「可能性は否定できませんが、現状では情報が少なすぎます」

 まぁそうよね。

 一人二人が呟いただけでは噂は広まらない。フローラ様あたりならば何とかしそうだけれど、ここにはSNSなんてものはないのだから、王都中に広めようとすれば、それこそ彼方此方に噂の種を蒔かなければいけないだろう。


「ただの妬みや皮肉ではないんですか?」

「妬みや皮肉?」

「はい。何処にでも成功を妬む人っていますから、アリス様とローズマリーの事をよく思っておらず、皮肉のつもりで言った嘘の情報です」

 カナリアの言う通り、何処の世界でも成功者を妬む噂はよく聞く話。前世でも急に有名になった途端、過去の経歴や発言などから自分はこう思う的な、誤解を招くような呟きは良く見かけていた。

 今回も偶然耳に入ったというだけだし、リリアナもローズマリーのスタッフとしての立場から、余計に意識してしまったのかもしれない。


「ありがとうリリアナ。一応心には止めておくわ」

 『煙が立たないところには』とはよく言うが、今の時点では噂レベルにもなっていないので、ここで議論し合う議題でもないだろう。

 仮にもしこの噂が大きくなったとしても、こちらは悪い事などしていないので、堂々と正面切って対峙すればいいだけの話。

 とにかく今は確証もない噂より、プリミアンローズのオープン対策をとる方が先決。噂を気にしてお客様を全部取られてしまいましたでは、それこそこちらの店が潰れてまうだろう


「迷っていても仕方がないわ。ランベルト、ディオン、季節限定メニューからもう一度練り直しましょ」

 ケーキにケーキで対抗するのは当然として、こちらももっとのレパートリーを増やさなければいけないし、焼き菓子に対抗する商品も生み出さなければならない。

 本音を言えばチョコレートの準備が間に合えば良かったのだが、今の中途半端な状態では最大の効果は期待出来ないし、正直そこまで掛かれるほど時間の余裕もない。ならば私が今できるのは前世の知識を駆使して、主力商品でもあるケーキの強化を行う事だろう。

 そう、私には前世で学んだ知識と記憶があるのだから。


 私は覚悟を決め、皆んなに指示を出そうとするも、突然ノックと共に部屋の扉が開かれる。


「失礼しますアリス様! たった今ツヴァイ様が来られまして、ご実家でお父上様が倒れられたとご連絡が」

「えっ?」

 私は言葉の意味が理解できないまま、ただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。

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