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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
二章 陰謀の渦巻く中
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第36話 緊急!?ビジネス会議(後編)

「先にお断りさせていただきますが、本当に飾りっ気が全くございませんので、ガッカリされませんように」

 そう念を押しながらご夫妻の前に並べ、立っておられるローレンツさんにはお皿ごとお渡しする。

「ふむ、この黒い……いや茶色い塊がそうなのか?」

「こっちのクッキーにはその茶色ものが混ぜてあるのね」

 私は甘党なのでミルクや砂糖を多めに入れちゃったからね。差し詰めミルクチョコレートと言ったところだろうか。

 ご夫妻とローレンツさんは一通り観察すると、何の躊躇いもなくそれぞれ摘んで口の中へとパクリ放り込み、そして「あらっ」「ほう」「これは」とそれぞれ一言ごとに驚きの声を上げられる。

「美味いな」

「えぇ、私はケーキの方が好みだけれど、これはこれで美味しいわ」

「そうですね。ケーキと違い保存が利くのも利点ですね」

 と中々のご好評。

 私としてはもう少し形を整えるなり、生地や生クリームに混ぜ合わせたものでご提供したかったのだが、全員が全員差し出したお皿の物を全て完食されてしまった。


「それに何このお茶、普通のお茶ではないわよね?」

「あ、お気づきになられました? 最近ちょっとお茶にも凝ってまして。これは試しに作ったアップルティーなんですよ」

 私的にはミルクたっぷりのミルクティーが好きなのだけれど、たまにはあっさりとしたものが飲みたいと思い、今が旬のりんごを乾燥させ、アップルティーを作ってみた。

「紅茶にリンゴって、良くそんなものを考えたわね」

「いや、この発想こそがアリスの凄さであろう」

 いや、まぁ、お褒めのところ申し訳ないのだけれど、こちらは単純に前世であったものをそのまま作っただけで、何の捻りもなければ私のオリジナティーすら加わってはいない、いわば丸パクリ商品。

 流石にこれはちょっと申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。


「アリス様、私からご質問してもよろしいでしょうか?」

 ご夫妻がお茶とチョコレートで盛り上がっておられるところに、ローレンツさんが尋ねてこられる。


「このチョコレート、このまま販売されるご予定はあるのでしょうか?」

「販売ですか?」

 私は元々ケーキのレパートリー前提でチョコレートを求めていたので、正直チョコレートをそのまま販売というのはあまり考えてはいなかった。

 ……いや、多少考えてはいたのだが、今回の試作でそれは不可能だと悟ってしまったのだ。

 その原因はカカオ豆からチョコレートに加工するまでの手間と時間。

 簡単に工程を説明すると、まずカカオ豆を取り出し発酵と乾燥で約15日。そのあと約120~130℃の温度で45~60分間焙煎し、豆の皮を取り除き細かく粉砕。あとは時間経過とかき混ぜを2時間ほど繰り返せば、カカオマスというペースト状の物が出来上がるので、それを砂糖やミルクといったものと混ぜ合わせると、よく見る一般的なチョコレートが完成すると言うわけ。

 つまりローズマリーのような店で作るには、あまりにも時間もコストも掛かり過ぎてしまうのだ。


「ですので用意できたとしてもごく少量、それも結構の高額品になってしまうのです」

 ただでさえローズマリーのケーキは高いらしいので、そのうえ高額のチョコレートを並べるのは正直心苦しいと言うのが本音。しかもケーキに使用する分も確保しなければいけないので、チョコレートそのものを販売するとなると、そう数は用意できないだろう。


「なるほど、それで一ヶ月もの期間が必要だったと」

「そうなんです。発酵と乾燥だけはどうしても日数が必要になってきますので」

 こればかりはケーキのように素材の選定だけはどうしようもないので、試作の日数を合わせて長めの一ヶ月という期間を設けさせていただいた。

「ではここかららがご提案なのですが、チョコレート工場を作る気はこざいませんか?」

「工場ですか?」

 うーん、確かに工場でチョコレートまでの整形を管理してもらえるなら、これほど楽なことはない。コスト的な事を考えてもローズマリーでちまちま作るより、工場で専門のスタッフを雇い一気に作れば安くも出来るし、雇用面でも多くの人達を救う事も出来るだろう。


「幸いカカオは公爵領で採れますので、生産と製造の面で雇用が生まれますし、チョコレート自体の売り上げも期待できます。場合によっては公爵領の特産物として、他国に売り込む事だって可能でしょう」

 なんだか予想していた以上に大掛かりな内容になって来たが、公爵家で一括に管理していただけるのなら私にとってもいい話。

 別に私はチョコレート職人ではないわけだし、ケーキのレパートリー欲しさに求めていただけなので、工場設立には喜んで協力させていただくつもりだ。


「如何でしょうか旦那様」

「ふむ、確かに公爵領を豊かにするにはいい考えかもしれんな」

「今お聞きした内容ですと、大きな設備投資も必要なさそうですし、半年もあれば建屋から機材の準備、スタッフの確保まで用意できるかと」

 この世界じゃ電気なんてないからほぼ手作業だからね。焙煎も粉砕も大掛かりな機械を作る必要もないので、それだけの期間があれば十分に準備も間に合うのだろう。


「いいだろう。お前の事だから心配いらないだろうが、念のために後でもう少し詳しい詳細をまとめた資料を用意してくれ」

「だったらこの紅茶もいいかしら? この際だから茶葉の販売をしてもいいんじゃないかしら?」

「確かにな。せっかく工場を一から作るのなら、この際幅広く用意するのもいいかもしれん」

「そうですね。そちらもまとめて資料を用意させて頂きます」

 なんだか大掛かりな事になってきたがこれは公爵家の問題。工場の設立には協力はさせてもらうが、私が大きく関わる必要もないので、今回は安心して三人のやりとりを拝見させて頂く。

 うん、今日もお茶がおいしいや。


「それではアリス様、ご契約の話になるのですが」

「へ? 契約?」

「えぇ、チョコレート工場を作るにあたり、まずはアリス様の立ち位置を確認しておかなければなりません。なにかお望みの役職はございますか?」

 ございますか? と言われてどう答えろと言うのだろう。私はチョコレートになるまでの工程を提供するだけとしか考えてなかったので、自分の立ち位置とか聞かれてもいまいちピンと来ないと言うのが本音。

「お望みならチョコレート工場の代表、もしくはローズマリーとの専属契約か、レシピの買取という形でも構いません」

 いやいや、そんな大それたものなんていりませんって。公爵家にはお世話になっているし、工場を管理出来るほど私は能力が高くないので、ここはきっぱりとお断りさせていただく。


「まったく相変わらず欲がないのぅ」

「そうよ、これは正当な報酬なのよ。遠慮する事なんてないわ」

 正直ローズマリーの売り上げだけでもどうしようかと迷っているのに、これ以上お金を持ちたくないというのが本音。別に私は領民を抱えている訳ではないし、発展させなければいけない土地がある訳でもないので、エリスやフィー、そしてローズマリーのスタッフ達と生活が出来るだけで十分なのだ。


「そこまで認めていただけるのは嬉しいのですが、この後も商品化したい物とかもございますし、カフェメニューをもっと充実させたいとも思っていますので、とてもチョコレート工場まで見る余裕は……。勿論協力させていただけるところは協力させていただきますので、後方支援という事では如何でしょうか?」

 今は人員的な問題で手が付けられていないが、カフェエリアのメニューを充実させたいと思っているし、チョコレートが増えればバリエーションも一気に増える。

 そうなればとてもじゃないが、ローズマリー以外の事までは手が回らないだろう。


「なるほど、ですが困りましたね。それではレシピの買取というので如何でしょうか? 流石に金額が金額だけに一括で支払いという訳にはいきませんので、工場の稼働後で毎月のお支払いという形にはなりますが」

 ローレンツさんが言う『金額が金額だけに』という言葉に、若干冷や汗が流れ出るが、さすがに金貨何千枚とい事はないだろう。

 でも前に頂いたドレスの事もあるしなぁ……。

「えっと……、参考までに伺いしますが、買取だとローレンツさんはどれ程の額を想定されておられます?」

 あはは、まさか金貨1000枚とは言わないわよね。

「チョコレートと紅茶のレシピを合わせて、白金貨100枚では如何でしょうか?」

 ブフッ。

 待って待って、白金貨1枚って金貨1000枚だよね! それが100枚ですって!?

「ほぉ、結構な額になるな」

「ですが私はそれ程の価値があると考えております」

「ふむ、お前がそう言うのならそうなのだろう。どうだアリス、この金額では不足か?」

 不足かと言われて誰が不足だと言えると言えるのだろうか。白金貨100枚もあればこのローズマリーがスタッフ込みで2軒は立つぐらいの金額、それを何もしないでお金だけ貰うといういうのは流石に罪悪感が半端ない。


「要りませんから、そんな大金!」

「ですがそれでは公爵家がアリス様のレシピを盗んだと思われてしまいます」

 ローレンツさんが言うにはチョコレート工場が出来上がるまで約半年。ローズマリーでは私の試作が終わり次第メニューに乗るのだし、フローラ様のお力で試食会も開くだろうしで、順序的にも公爵家が私のレシピを盗んだ様にも見えてしまうのだとか。

「でしたらアドバイザーとして、ローズマリーとの共同開発って名目なら如何ですか? 私も協力させて頂きますし、チョコレートの構想にもアドバイスは出来ると思うんです」

 これなら建前上はローズマリーから盗んだとも思われないし、アドバイザーという名目ならそれ程費用も掛からないだろう。

 できる事なら礼金はすっぱりとお断りしたいところだが、それが無理なのは今までの経験上、十分に理解出来ている。


「共同開発ですか、それではアリス様にお支払いする額は、毎月の売り上げから20%といったところでしょうか?」

 いやいや分かりやすく共同開発とは言ったけれど、ただのアドバイザーだから!

「でもそうね、アリスが拒む気持ちもわかるわ」

 いい加減私にお金を支払う考えをやめてと思いかけた時、思わぬところから救いの手が伸びてくる。

 やっとわかって頂けましたかフローラ様!


「どういう事だ?」

「毎月アリスに支払うのだったら、いずれ必要なくなるでしょ? そうなれば寧ろ支払い続ける方が変に見られると思うのよ」

「あぁ、確かに。それは盲点でした」

「なるほど、そう言うことか。今支払ってもいずれはアリスのものになるのなら、確かに意味はないな」

「???」

 フローラ様の言葉に公爵様とローレンツさんが何故か納得される。

 なぜ共同開発の提案から私のものになるの?


「だってアリスがお嫁に来てくれたら全部貴女のものになるでしょ? ジークはあの通りおバカだから、商会や領地の運営は自ずとアリスが主体となってしまうのよ」

 ブフッ

 なんでそんな話になるんですか!

 そらぁ確かに最近ジーク様とはちょっといい関係にはなってはいるが、それでも公爵家と平民という格差は埋められない。そもそも公爵家と言えば王族の親戚みたいなものだから、国王様や王妃様が許さないでしょ。


 結局チョコレート工場設立の準備は進められる事が決定し、私と公爵家との契約は一旦保留。未来はどうなるか分からないという事で、とりあえずは現状維持のままで落ち着いた。

 そしてこの日から多くの問題が起こる中、この世界にチョコレートが誕生する事になる。だけどそれはもう少し先のお話。

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