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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
二章 陰謀の渦巻く中
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第34話 ローズマリーに漂う黒い影

「アリス、無事か!」

 大慌てでやって来られたのは騎士団服に身を包んだジーク様と、その後続々とやってこられる騎士団の皆さん。

 早朝のにも関わらず大勢で駆けつけてくださった事に申し訳ない気もするが、こちらとしても現場検証が終わらない事には片付けも出来ないので、ここは騎士団の早急な対応に感謝させて頂く。


「私はもエリスも無事です。それにしてもジーク様が来て下さるとは思ってもいませんでした」

「偶々俺たちの隊が夜勤組だったんでな。早馬が来たかと思ったらアリスの店だと言うからな、慌てて飛び出して来たんだ」

 何だかんだと言って、ジーク様とはずいぶん砕けた口調で話し合えるようにはなってきたが、これでも由緒あるハルジオン公爵家の跡取り息子。早朝より私のために慌てて駆けつけてくださったことには、正直嬉しさ半分、申し訳なさ半分といった感情を抱いてしまう。

「一応俺の方から父上達にも連絡を飛ばしておいたから、後で連絡が入ると思うが、そっちの方は任せても大丈夫か?」

「えぇ、寧ろ時間が時間なだけにどうしようかと迷っていたところなので、ジーク様からご連絡を入れて頂けたのなら助かります」

 今はまだフローラ様はおやすみ中の時間なので、親族でもない私が直接連絡を入れてしまうと、常識という礼儀にも反してしまうが、ジーク様から直接連絡を入れてもらえたのなら、私自身がそこまで気を遣わなくて済むというもの。

 一方的な感情にはなってしまうが、お世話になっている身としては色々失礼にならないよう考えてしまうのだ。


「すまんジーク、一応紹介してもらえるか?」

 そう言ってやって来られたのは隊長さんとおぼしき一人の男性。

 ジーク様は数ヶ月前にあった騎士への昇格試験を見事主席で合格し、現在は幾つかある部隊の小隊で副隊長を任されているのだと聞いたことがある。

 因みにいきなり部隊の副隊長に抜擢されるのは非常に珍しい事だが、今年は一度に二人も選ばれており、その方はジーク様のご友人であり私の数少ない友人でもあるルテア様の婚約者なのだという。

 いやー、世間って狭いわね。


「アリス、こちらはこの第8小隊を指揮されているルシアン・インシグネ隊長、以前一度会っているんだが覚えているか?」

「えっ、私、前に隊長様とお会いしているんですか?」

 うーん。ジーク様に紹介されてあたらめてお顔を拝見するも、先の社交界でご挨拶した人物とは一切該当しない。

 するとそれ以外という事になるのだが、私は王都に来てからほとんど街中を歩いた事がなく、また素敵な出会いをしたという経験も一度もないのだ。


 思い出せないわね。これでも人の顔を覚えるのは得意な方だけれど、どうしても目の前の隊長様の事だけは思い出すことが出来ずにいる。

 すると隊長様は私の心情に気づいてか、自ら前に出て当時の様子を簡単に説明してくださる。

 それは嘗て私がフローラ様と初めて出会ったあの山賊襲撃事件。どうやらその時指揮をとっておられたのが、このルシアン・インシグネ隊長なんだそうだ。


「一度お礼を言いたいと思っていたのだが、まさかこの様な形で再会するとはな。あの時は礼も言えず申し訳なかった」

「それじゃあの時助けていただいたのが隊長様の部隊だったんですね」

「やっと思い出したか」

 いやいや、やっと思い出したかってジーク様。あの時は相当パニック状態だったし、私も極度の緊張と助かったという状況から、その後すぐに気を失ってしまったのだから、寧ろ初めから説明してよと文句を言いたい。

「話は妹から聞いていたが、まさかこの人気店のオーナーになっていたとは驚かされたよ」

「それじゃやはりパフィオさんの?」

「あぁ、二番目の兄の方だ」

 パフィオ・インシグネ様、ルテア様からご紹介いただいた私の数少ない友人の一人で、貴族の女性では珍しく騎士を目指されている素敵な方。

 家の方の爵位は伯爵で、兄二人、姉一人の四人兄妹。しかも一家揃って騎士団に関係するお仕事をされているのだというのだから驚きだ。

 まさかジーク様が所属する小隊の隊長さんだったなんてね。


「それで早速で悪いのだが被害状況を教えて貰えるか?」

「それでしたらランベルトの方から」

 私は近くでメイド達に指示を出していたランベルトを呼び、ルシアン様とジーク様に今分かっている被害状況を説明させる。


「北側の勝手口からの侵入……、そしてレシピ帳や書類の盗難か。ドアノブが破壊されていたところを見ると、ピッキングでは開けられなかったのだろう」

 このお屋敷って元をたどればハルジオン公爵家の持ち物だから、安っぽい鍵は使われてはいないのよね。

 犯人も音を立てたくなかっただろうが、侵入するにはドアノブごと破壊するしかなかったのだろう。


「あと参考になるかわかりませんが、犯行時刻は深夜の2時から早朝の5時までの3時間かと」

「それは一体どうして?」

「ローズマリーでは深夜0時に見回りを一度行っているのと、昨夜はアリス様が居住エリア側のキッチンで、2時頃までお仕事をされておられましたので、恐らくそれ以降かと」

 現在ローズマリーには昼間の警備や馬車で来られる際の誘導などで、常に3名の警備員を配置しており、閉店後の見回りと深夜0時の見回り、そして早朝の見回りと営業時間以外に計3回の見回り行っている。

 若干ランベルトが何故私が起きていた時間まで把握しているのかと、聞きたいところではあるのだが、流石に私が起きている時間なら気づけただろうから、恐らく犯行時刻は深夜2時から早朝の間に掛けての約3時間程度。元々この地区自体が犯罪率の少ないエリアという事もあり、夜間の警備はそこまで力を入れていなかったのだ。


「なるほど、見た感じでは金目の物に手をつけられた痕跡はない様だし、やはり初めから目的はこの店のレシピと考えるのが妥当だろうな」

「しかも物音一つ立てていない事や、警備の巡回時間の隙間を突かれているところを見ると、事前の調査を行った末の犯行かと」

「だろうな、そうでなければ誰も気づけなかったというのは考えにくい。更に他の物に見向きもしないとなると、恐らくプロの犯行とみて間違いない」

 ルシアン様とジーク様がランベルトから聞いた内容と、騎士団の皆様から集められる情報を元に、考えられる可能性を次々と上げていかれる。

 犯行当時、店側にはお金は一切置いてなかったとはいえ、売れば其れなりの額にはなる装飾品は幾つかある。中には重たくて運べない物もあるが、それでも盗もうと思えば盗めるだろうという物も多くあるのだ。

 だけどそういった物はやはり売らないとお金にはならないので、そこから足がつく事もあるのだが、今回は物品に一切手を付けられていないので、お二人はレシピ目的のプロの犯行と行き着いたのだろう。


「それでアリス、心当たりはないのか?」

「それはその……」

 心当たりが無いのかと問われれば『ある』と答えたいところではあるのだが、現状では何の証拠も無い上にレシピという誰でも欲しそうな内容から、正直断定するまで自信が無いというのが本音だ。


「まぁこれ程の人気店だ。知らぬ間に恨みを買っている事もあるだろうし、貴族相手の商売なら言い難い事もあるだろう」

「すみません」

「構わんさ、この辺じゃよくある話だ」

 聞けば貴族相手に商売していると、足の引っ張り合いや犯罪ギリギリの嫌がらせなどは良くある話なのだという。

 そうよね、ローズマリーが出来たせいで売り上げを下げているお店もあるだろうし、客足が少なくなったお店もあるだろう。そう考えると私の知ら無い場所で恨みを買っていたとしても不思議ではないだろう。


「現場視察はここまでだな。後は周辺の聞き込み調査を行ってくれ」

 調査書類をまとめたルシアン様が騎士の方々に次の指示を出して行かれる。

「それじゃ俺たちはこれで引き上げるが、そう気を落とすな。犯人の方は俺たちが責任を持って捕まえてやるから」

「よろしくお願いします」

 こうして現場視察を終えた騎士団の皆様は帰られるが、監視カメラのない世界では犯人の特定までは難しいだろう。

 例え犯人の目星がついたとしても、証拠の品が見つからなければ意味もなく、二重三重に依頼を回されてされていれば、犯人の特定にまでたどり着く事はまず不可能。もしこれが男爵家の陰謀ならばその目的は一体なに?


 単純にローズマリーのレシピ欲しさの犯行ならばいいのだけれど、私は今アルター男爵家と喧嘩中。タイミング的に偶然とは言いにくく、いきなりの犯罪行為に出られた事は若干の恐怖すらも感じてしまう。

 私はてっきり貴族としての権力や、実家の騎士爵家を巻き込んでの嫌がらせかと踏んでいたのだが、まさかこうも直接的に攻撃を受けるとは予想すらしていなかった。

 幸い今回の一件でスタッフ達の気持ちがより一層深まった事は心強いが、もし店が襲撃なんて合えば私に防ぐ術はないだろう。

 とにかく今はジーク様や騎士団の皆さんを信じ、店側で対策を打てる事をやっておくほか方法は残されてはいない。


 私はローズマリーに漂う黒い影に、不安な気持ちを抱くしかなかった。

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