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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
二章 陰謀の渦巻く中
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第33話 盗まれたレシピ

「うにゅ……むにゃむにゃ、えりすぅ、ふぃー、もうたべられないよぉ。むにゃむにゃ」

 ここ数日、夜遅くまで居住エリアにあるキッチンで、チョコレートの試作を作っているため、少々寝不足気味の私。今日も気を利かせて仕込みの時間に起こされないのをいい事に、隣で眠る可愛い妹にこっそりと抱き付きながら幸せな時間を過ごす。

 だけど……


バタバタバタ、ドンッ!

「大変ですアリス様!」

「どど、どうしたのカナリア!?」

 カナリアの余りの慌てっぷりに、寝ぼけていた脳が一気に覚醒する。

「泥棒です、泥棒に入られました!」

「なんですって!?」

 驚きの余り思わずエリスとフィーの横で大声を出してしまったが、それでも眠り続ける二人の姿を確認し、そっとベットから抜け出るように起き上がる。

「とにかくすぐに行くわ」

 カナリアが用意してくれた簡単に着れるワンピースに着替え、足早に私とエリスの寝室から飛び出す。

 一応もしもの事があると怖いので、近くを通りかかった使用人を捕まえ、寝ているエリスの傍にいてくれるよう指示を出しながら、カナリアと共に現場となった店側のキッチンへと急ぐ。


「ランベルト、ディオン、一体どういう状況なの?」

 荒らされたというキッチンにたどり着くと、そこにはランベルトが指示を出しながらディオンと何やら話している姿が。

 聞けばどうやらディオン達キッチンスタッフ組が今朝の仕込みのため、調理場へとやってきたら既に荒らされた後だったのだという。


「騎士団の方へは既に早馬を飛ばしました、恐らくすぐに駆け付けてくれるでしょう」

「そう、ありがとう」

 この世界じゃ騎士団が警察の役割を担っており、犯罪や窃盗といった事件は騎士団へ連絡するという決まりが定められている。

「申し訳ございませんアリス様」

「ディオンが悪いわけじゃないでしょ、それよりスタッフ達に被害はないの?」

「そちらはすぐに確認いたしましたので大丈夫です」

「そう、なら取り敢えずは安心ね」

 誰も気づけなかったと言うのは落ち度だが、泥棒と鉢合わせになってバッサリなんてことになれば、私はスタッフを預かる立場としてご家族に顔向けが出来ない。

 まずは誰も怪我がなかった事には喜ぶべきだろう。


「迂闊でした、居住エリアと店側を仕切っているせいで、賊が侵入している事に気づけないとは」

 このお屋敷は菓子店としての店側と、私やスタッフ達が寝泊まりする居住エリアに分かれており、お客様がうっかり立ち入らないよう壁で塞ぎ、鍵が付いた扉でスタッフのみが行き来出来るよう遮っている。

 どうやら今回はそれが防音の効果となってしまい、侵入者がたてる音まで遮ってしまったのだろう。

「それで盗まれたものはもう分かっているの?」

 見たところ引き出しや棚が荒らされてはいるが、何かが破壊されたような痕跡は見当たらない。もしガラスの1枚でも割られていれば流石に気づけたのだろうが、どうやた犯人の目的は盗みだったのか、生命線ともいえる石窯やキッチンに被害がなかった事は幸いだ。


「それが……」

「ん? どうしたのディオン、何か大変な物が盗まれちゃったの?」

 正直キッチンはローズマリーにとっては生命線だが、盗まれて困るというものは殆ど置いてない。仮に料理器具を盗まれたとしても買いなおせばいいだけだし、売り上げや釣銭は常にランベルトが居住エリアにある金庫へと片付けているので、金銭面での被害は出ていないはず。


「実はエリクが自分の技術を向上させるために、アリス様から与えられたレシピ帳をキッチンに残しておりまして……」

「レシピ帳? それってお店で出している商品のよね?」

「はい。他にも仕入れや発注関する帳簿に予約を頂いているリストなど、キッチン側で管理していた書類一式が見当たらないのです」

 レシピ帳か……。

 キッチンスタッフ達には全員、私が試作を繰りかえして書き加えたケーキを作るための基本知識と、現在お店で出している一通りのレシピが書かれた、オリジナルのレシピ帳を渡してある。

 エリクやフリージアはそのレシピ帳に私が口頭で説明した内容、特に注意すべき点などを独自に事細かく書き込んでいたので、言うなれば彼らにとっての宝物だ。しかも予約を頂いてるリストまでなくなっているとなると、本日の仕事にも支障が出てきてしまう。


「金銭面の被害がなかったのとは良かったけれど、それじゃどなたがご予約されているかも分からないの?」

「それはご安心ください。キッチン側で保管していたのは先三日間に入っているケーキの発注のみ、本帳の予約表はフロア側で保管しておりましたので、そちらの被害は受けておりません」

「なら安心ね、これで誰が予約が入っているか分からなくなると、お店の信用度まで落ちてしまうわ」

 とは言え、今日の営業は取りやめにしないといけないだろう。このあと騎士団の調査が入るだろうし、うちのスタッフ以外の者がキッチンに入ったとなれば、衛生面でも安心してケーキ作りは行えない。

 残る問題はローズマリーに泥棒に入られて、お店自体の評判が落ちる事なのだけれど……


「取り敢えず騎士団が来られるのを待ちましょ、その後対策会議をしたいから主要メンバーに声をかけておいて」

「畏まりました……が、それだけですか?」

「えっ? 他に何かあるの?」

 泥棒に入られたことは迂闊だったが、スタッフには被害はないし、破壊されたという痕跡も見当たらないうえ、盗まれた物と言えば補充がきく書類一式。

 エリクにとっては愛着のあるレシピ帳だったのだろうが、失ってしまったものは今更取り戻せないし、彼ならば今一度初心に帰るという意味で一から学ぶには丁度いいのではないだろうか。


「アリス様はレシピ帳を盗まれたことを咎められないので?」

「咎めるって、エリクやディオンが悪いわけじゃないでしょ? 」

 心の中で私が単にもう一冊手描きで用意すればとだけ付け加えておく。

 いやーね、チラシのように大量に用意する必要もなかったので、版画としては一枚も残していないのだ。こんな事になるなら商業ギルドに頼んで、版として作って貰っておくべきだったと後悔してしまう。


「いえ、そんな事を言っているのではなくてですね……」

「もしかしてアリス様、ローズマリーのレシピ帳の価値をご理解されてないのでは?」

 私の話を聞いて、ディオンとランベルトが何やら困った表情をしならが尋ねてくる。

「そのぐらい勿論分かっているわよ。ケーキなんてうちの店以外には出していないんだし、欲しがるところはいっぱいあるでしょうね」

 実際そういった話が全くないわけでなく、ある貴族のお屋敷からはケーキの作り方を教えてくれだとか、修行の一環としてローズマーのキッチンで働かせてくれだとか、そういった相談が既に何件か私の耳にもとどいている。

 だけど敢えてどれも受け入れていないのは、ローレンツさんとフローラ様から固くレシピを口外するなと止められているから。

 理由は至って簡単、私が苦労して素材の選定から出来上がるまでの工程など、こと細かく生み出したという価値と、ローズマリーで独占販売できるというメリットを考え、レシピの流出は出来うる限り防ぐいう話に纏まっているのだ。


「だったらなぜ、その様に冷静になっておられるのですか」

「それは簡単な話よ、私自身がレシピを流出させてもいいと思っているからよ」

 お店の事を思うとローレンツさんやフローラ様が言う通り、ローズマリーで独占販売する事が一番なのだろうが、私はそれではダメなのではとずっと考えていた。

 独占すると言うことは競い合えるライバル店がいないという事、もしそんな状態が長く続けば人々はいずれ飽きて来るだろうし、ローズマリーとしても知らぬ間に平和な場所で胡座をかいてしまい、自ら成長するという行為を見失うのではと感じていた。


 人間というのは余りにも弱い。楽な方があれば知らずに傾き、競争相手がいなければ自分が早いのか遅いのかも見定める事すら出来ない。

 もちろん今すぐそんな状況にとは言わないが、いずれはいろんなケーキ屋が出来て、それぞれのオリジナル性を活かして競い合えるような、そんな素敵な環境になればと私はそう思っている。


「貴女という人は本当に……」

「だからもしディオンやエリク、フリージアが独立したいと言えば私は心の底から応援するわよ」

 私に恩義を抱いているディオンはともかく、若いエリクやフリージアにはまだ未来という可能性があるからね。このローズマリーで修行をして、自分のお店を持ちたいと言い出した時、私は温かく送り出してあげたいとすら思っている。


「あ、でも勘違いしないでね。それはあくまでも筋を通したらの話よ。今回のように人の物を盗んだり、脅したり脅迫したりっていうのは私が望むものではないわ」

「分かりました……いえ、改めてアリス様の偉大さを理解いたしました。この身、この忠誠心を今一度アリス様の為に」

『『『アリス様の為に』』』

 うわっ!

 ランベルトとディオンに気を取られて気づかなかったが、周りを見渡せばいつの間にかスタッフ達に囲まれ、全員が一斉に私に向かって臣下の礼を向けてくる。

 普段はもっと和気あいあいとした関係なのに、改めて見るとやはり全員が全員一流の使用人なのだと改めて感じてしまう。


「ありがとう皆、これからもよろしくね」

『『『はい!』』』

 泥棒に入られてこんなことを言うのもなんだが、今回の一件で改めて全員の気持ちが一つになった気がしてしまう。

 恐らく今後なんらかの形で盗まれたレシピが私たちの前に現れるだろうが、今の私たちならどんな苦難な道もきっと乗り越えていける、そんな明るい未来すらこの時の私は感じたのだ。

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