第30話 アルター男爵の来訪(後編)
「わ、わかりました。もう結構でございます。こちらに不手際があった事は認めましょう。正直納得がいかない部分もございますが」
「そうですか。それで他に質問は?」
正直まだまだ言ってやりたい事は山積みだが、こちらとしても早くお帰り頂きたいところなので、一旦こちらからの文句は切り上げさせていただく。
「コホン。では……先ほど貴女はこの店が借家だとおっしゃっていましたが、それはどちらの不動産で契約なされたのでしょうか? 私が見たところこのお屋敷は随分と手を加えられているようですが、改装費を踏まえて結構な額にはなっているはず。それを普通に支払えているという事は相当な資産を抱えていると見ますが、違いますか?」
中々に鋭いところを突いてくる。
先ほどはこの店を奪おうとしても無駄だと牽制したのだが、事前の投資から月々の支払いなどを考えると、相当な売り上げを確保しておかなければならないと考えるだろう。
実際私はこのお屋敷を公爵家から買い取る前提で話をしてもいいかなぁ、とさえ思っているのだから、その売り上げは追って知るべし。
「そうね、その質問には答えられない……いいえ、答える必要はないと返させていただくわ」
「それは何か疾しい事があると捉えますが?」
「どう取ってもらっても構わないわよ。赤の他人に答える内容ではないでしょ?」
それで私を脅したつもりだろうがそんな程度で怯むほど私は甘くはない。
これでも見た目は可憐な16歳だが、中身は20歳プラス16歳のオバさ……コホン。知的な美少女なのだから。
「なるほど、そこまで頑なに話さないという事は、やはり裏にカラクリがあるという事ですね」
一体なにが『やはり』なのかは知らないが、カラクリがある事はある意味間違ってはいない。
「そうね、失礼ついでにこれだけは教えてあげる。どうやら貴方は私が大量の資産を抱えていると思っているようだけれど、私が持っている資産なんて高々しれているわよ」
そう、公爵家に比べると私が保有している資産なんて、チロルチョコを買う程度の可愛らしいもの。
仮にも相手は男爵様なので、領地収入などで比べると私の資産など一ヶ月にも満たないだろう。
「旦那様、どうやら私の見込み違いだったようです。先ほどの名家一覧も何かの間違いでしょう」
「どうやらそのようだな」
「まったく無駄足を運ばされたものね」
そうそう、だからサッサと帰ってください。
でもそうね、今後また押し掛けられても困るので、ここで止めの一撃でも与えていこうかしら。
「まったく貴方のせいでこちらも迷惑を掛けられたわ、貴方も男爵家の執事なら事前にもう少し先にお調べなさい」
「それはどういう意味でしょうか?」
「貴方の情報収集能力が低いと言ったのだけれど、わからなかったかしら?」
私の嫌味たっぷりの言葉に怒り爆発寸前のファウスト君。
基本私は礼儀を尽くす方だが、失礼な態度をつく者までに寛容さは持ち合わせてはいない。それに今の私はこのローズマリーのオーナーなので、私が執事ごときに貶されては、スタッフ達に対しても示しがつかないだろう。
「何たる無礼な。ハッキリと申しておきますが男爵家に仕える私と、一介の店のオーナーとは立場が違います。貴女こそもう少し礼儀をわきまえられてはいかがでしょうか」
「ご忠告ありがとう、でも大丈夫よ。こちらの資産さえ掴めない無能な執事に礼儀を尽くす必要なんてないわ。でもそうね……この際だから教えてあげるわ。私が3ヶ月で蓄えられた資金なんてたった金貨3,000枚程度よ。どう? がっかりしたかしら?」
その程度の金額すら調べられなかったのかと、嫌味たっぷりに言ってやったのだが、なぜか今日一番驚く男爵家様ご一同。
「「「なっ!?」」」
ん? なんだこの反応は?
私はてっきり『話にならん! バン!』とかいって、怒って出ていく姿を予想していたのに、男爵様を含めた3人が口を開いたまま固まってしまった。
あれ? 私まずい事言っちゃた?
そーっとカナリアの方を見るも、何故か頭を抱えて呆れているし、失礼な執事も依然驚きの様子から抜け出せていない。
金貨3,000枚って白銀貨たったの3枚よね? 私がローレンツさんに付いて回っていた時なんて、普通に白銀貨で取引されていたし、この間頂いたドレスなんて装飾品を入れてお屋敷一軒分にもなるのだと聞いている。
それと比べると、3ヶ月も経っているのにドレス一着分すら貯まっていないのは、可愛らしいものではないだろうか。
「本当か! 本当にそんな資産を持っているというのか!?」
「え、えっと……」
「いいわ、その資産と引き換えにフレッドとの婚約を認めてあげるわ」
いやいやだから私にその気はないと言っているでしょ。
「どうだ婚約と言わずすぐにでも結婚を認めてやっても構わんぞ。なんだったら正妻として迎えてやっても構わん」
「そうねこの際高嶺の花より確実に手に入るお金の方がいいわ」
まさかとは思うが、今までの話は私をフレッドの側室として迎えると言っていたのだろうか?
確かにマリエラとの婚約もあるだろうが、それでは余りにも私を下に見過ぎているし、夫人が言った『高嶺の花』という言葉も妙に引っかかる。
もしかしてユミナちゃんを狙っていただけじゃないわよね。
「申し訳ございませんが、私にその気はございません」
「なんだと? これほど譲歩してやっていると言うのに断ると言うのか!」
今のどこに譲歩があったのかと問い詰めたいが、本人にその感覚はないのだろう。
「この際ハッキリとお申しますが、私と男爵様の間には信頼という言葉はございません」
「貴様、自分の立場が分かっているのか!」
「さっきから聞いていればなんて無礼な子なの」
はぁ……、一体どちららが無礼なのだか。男爵様もご夫人も、私が従って当然だと思い込んでしまっている。フレッドにも同じようなところがあったが、その両親は更に酷いの一言。
正直失礼な執事とは違い、相手が男爵様なので気を使ってはいたが、ここまで人を侮辱されてはこちらとしても黙ってはいられない。
「先ほどから無礼だの失礼だのとおっしゃっていますが、押しかけておいて無理やり婚約の話を進めるのは失礼ではないとおっしゃるので?」
「当り前でしょ、私たちは貴女にいい話を持ってきてあげてるのよ。それを断るなんて貴女の方が失礼でしょ」
「そうでしょうか? 私にはご夫妻がこの店と資産を欲しがっているようにしか聞こえませんが?」
「な、なんて酷い子なの! それじゃまるで私たちが貴女の資産目的でフレッドの婚約を求めてるみたいじゃないの」
『みたい』じゃなくてそのものでしょうが。今までの話の中でどうやれば私やこの店のためと言うのだろうか、もしそのように聞こえるのなら私はぜひ入院をお勧めしたい。
「では仮に私がこの申し出を受けるとして、ローズマリーとその資産を妹のエリスにすべて託すと言っても、大丈夫なのですよね?」
「ふざけないで! 貴女が持つこの店と資産を引き換えに婚約を認めると言ってあげているのよ。そうでなければ貴女のような気持ち悪い子を迎えようとは思わないわ」
ホント嫌になるわね。バカ兄といい、この夫人といい、私の銀髪を気持ち悪いという。
この王都に来てから思ったことだが、お会いしたご夫人方は誰一人として私の髪を蔑む人などいなかった。寧ろ逆に綺麗だ羨ましいだと褒められたほどなのだ。それなのにこのご夫人やバカ兄は他人の容姿を見た目だけで批判する。そんな人間にどうして寛容になれと言うのだろうか。
「どうやら話が纏まったようですね、私はどうも失礼極まりない女性のようですし、これ以上話をする必要もないでしょう。どうぞお帰りくださいませ」
「男爵様になんてことを、貴女は本当に無礼極まりない人ですね」
「ですからそう言っているではございませんか」
主が主なら執事も執事ということだろう。ランベルトやローレンツさんをもう少し見習えと言いたいところだ。
「貴様、そこまで私を侮辱して覚悟は出来ているんだろうな」
「なんの事でしょう? 私は男爵様を侮辱したことなどございませんが?」
「いいだろう、どこまでも惚ける気ならそれでも構わん。後で吠えづらを掻いても泣かないことだな」
ピクッ
「それはどういうことでしょうか?」
「私がその気になればこんな店、潰してやるといっているのだ!」
潰す? 私の店を?
この店は今の私と前世の想いが詰まった大事な店、エリスの未来も掛かっているし、スタッフ達の生活も掛かっている私達家族の家でもあるのだ。
それを潰すですって? そんな事させるわけないでしょ!!
「わかりました、男爵様がその気ならば私も受けて立ちましょう」
「なに?」
「ですがこれだけはお忘れなく、相手に敵意を持って剣を抜くというのは、ご自身も切られる覚悟があるということ。果たして最後に泣いているのはどちらでしょうか?」
「貴様! 私を脅すというのか!!」
「どうされましたか? そこまでムキになられて、もしや何か疾しい事でもあるのでしょうか?」
今回私とこの店のためにと思いランベルトは同席しなかったが、こちらは男爵家に不正がある事を確証している。流石に証拠までは無いと思うので、決定打にはならないだろうが、それでも脅し文句としては十分発揮するのではないだろうか。
「その言葉忘れんぞ」
それだけ言うと男爵様はご夫人と執事を連れて帰っていかれた。
今回の件は私個人の事が多いので、フローラ様のお力は借りられないが、店を潰すとまで言われては黙っていられない。
私は覚悟を決め、アルター男爵家との対決を決意するのだった。
追記:うっかり資産をしゃべってしまった事を、このあとカナリアにめっちゃ叱られました。




